表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/54

第31話 異世界の淑女教育

「妾は聖女じゃからのう。礼儀は尽くされる立場であって、誰かに礼儀を尽くすことなどないのじゃ」

「あ……」

「というわけで、今日はゲストを呼んでおいたぞえ」

「ゲストですか?」

「うむ。そうじゃ。ゲストにはそなたが異世界から来たということは伝えておらぬからのう。バレぬようしつつ、しっかり礼儀作法を学ぶのじゃ」

「わかりました」

「これ、呼んで参れ」


 聖女が身振りでそう指示すると、遠くに控えていたはずの侍従が一礼して立ち去っていった。


 するとすぐに一人の背の高い美女が茶色の長いウェーブがかった髪をなびかせ、まるでモデルのように綺麗な姿勢で優雅に歩いてきた。彼女は太ももが露わになる短いスカートを履いており、その長い脚と高いヒールが相まって美脚がこれでもかと強調されている。


 彼女はガゼボの手前で立ち止まると、高いヒールを履いたままちょこんと膝を折り、スカートの裾を摘まんでカーテシーをした。


 どう見てもきつそうな姿勢だが、彼女はニコニコと微笑みながら聖女に挨拶する。


「お招きに預かり、参上いたしました。アニエシアの太陽、聖女アニエス様にオリアンヌがご挨拶申し上げます」


 すると聖女はにこりと微笑んだ。聖女は微笑んだままオリアンヌをじっと見つめており、オリアンヌはというと、そのまま微動だにせず、笑顔のまま聖女のほうを見ている。


 それから数分し、ようやく聖女はオリアンヌに声を掛ける。


「オリアンヌ、よく来てくれたのう。さあ、こちらに来るが良い」


 そう言われ、オリアンヌはようやくカーテシーを止め、テーブルのほうへと近づいてくる。


「そこに掛けるが良い」

「ありがとう存じます」


 オリアンヌは優雅にそう答えた。するとすかさず侍従の男が寄ってきて、オリアンヌが着席するのを補助する。


 オリアンヌが着席すると侍従は離れていくが、彼女は侍従にお礼を言うどころか見向きすらもしなかった。


「さて、オリアンヌ。ご苦労じゃったのう」

「いいえ。当然のことをしただけですわ」


 聖女の労いに、オリアンヌは涼しい顔でそう答えた。


「さて、ヒーナよ。身分の差があるというのはこういうことじゃ」

「えっと……」

「先ほど、妾が許可を出すまでオリアンヌは身じろぎ一つしなかったであろう?」

「はい」

「あのまま妾が動くことを許可しなければ、オリアンヌは妾がいなくなるまでずっとあの姿勢を取り続ける必要があったのじゃ」

「そんな、ひどい……」

「うむ。じゃがな。身分の低いものが身分の高い者の機嫌を損ねると、そのようなこともあるということじゃ。それで礼儀を失し、罰を受けることになれば……」

「っ!?」


 聖女は脅すようにそう言うと、陽菜は顔を青くした。


「そうならぬよう、オリアンヌからよく学ぶのじゃぞ。オリアンヌ、こやつがヒーナ・ヨゥツバーじゃ。ヒーナ、オリアンヌじゃ」

「陽菜です。よろしくお願いします」

「オリアンヌですわ」


 そう言ってオリアンヌはじっと陽菜の顔を見つめ、そしてふっと表情を緩める。


「可愛らしい子ですわね。おいくつかしら?」

「十六歳です」

「そう。まだまだ子供なのにあそこまでするなんて、よっぽどあの彼氏くんが気に入っているのですわね」

「えっ? 彼氏? あの、どこかでお会いしましたっけ?」

「ええ。だってヒーナちゃん、建国祭のときに彼氏くんとフルーツサンドを売っていましたでしょう?」

「はい、そうでしたけど……どうしてそれを?」


 陽菜はオリアンヌに心当たりが無いようで、こてんと首を(かし)げた。


「わたくし、下僕に買いに行かせましたの。でも少し離れていたのに、彼氏くんからあなたのフェロモンが臭ってきたんですもの。さすがに覚えていますわ」

「あっ……すみません……」

「ふふ。いいのよ。これだけ若い子なら、そういうこともあるでしょう?」


 オリアンヌはニコリと笑うと、聖女のほうに顔を向ける。


「聖女様、この子に礼儀作法をお教えすればよろしいのですわね?」

「そのとおりじゃ」

「かしこまりました。お任せください。ちょうど暇つぶしを探していたところですから、ちょうどいいですわ」

「そうか。ではあとは頼んだぞえ」

「お任せくださいませ」


 そう言い残し、聖女はガゼボから退出していった。するとオリアンヌの表情がすっと厳しいものへと変わる。


「さぁて、ヒーナちゃん。ちょっと立ってちょうだい」

「え? はい」


 陽菜はオリアンヌに言われ、立ち上がる。


「ふぅん……」


 オリアンヌはジロジロと陽菜の体を舐めまわすように見る。続いて陽菜の横へと回り、少し離れるとまた戻ってきた。


「あの?」


 不安げな様子で陽菜はオリアンヌに視線を送る。


「はい! 背筋を伸ばす!」

「えっ?」

「シャンとなさい!」


 オリアンヌは陽菜の背中とお腹に手を当て、姿勢を矯正していく。


「膝を曲げない! ハイヒールを履いているときは上から吊られたような姿勢を意識なさい! そう!」


 オリアンヌに強制され、陽菜の背筋がピンと伸びてまるでモデルのような立ち姿となる。


「この様子なら歩くのも無様なんでしょうね。ちょっとそこまで歩いてみなさい」

「は、はい」


 陽菜は未だにハイヒールに慣れていないようで、よろよろと歩きだす。それを見たオリアンヌは大きくため息をついた。


「ヒーナちゃん、よくこれで聖女様の前に出られましたわね」

「う……」

「あなたの歩き方は、ヒールのない靴の歩き方ですわ。いいですこと? 正しい歩き方はこうですわ」


 オリアンヌは手本として歩いて見せた。背筋はピンと伸び、軸は一切ぶれず、それでいて彼女のお尻が左右にくねくねと揺れ、艶めかしい色香を放つ。


「え……すごい……」

「当然でしょう? ハイヒールは自分を美しく見せるために履くもの。正しい歩き方も知らずに履くなんて愚か者のすることですわ」

「う……でも……」


 それしか無かった、という言い訳を陽菜は飲み込んだ。


「でも、ヒーナちゃんはまだ若いですもの。一度だけ、教えてあげますわ」

「は、はい」

「まず、足のつき方が違うのですわ。ヒーナちゃんはこうして、踵から降ろしているでしょう?」

「はい」

「それはヒールのない靴の歩き方。男歩きというものですわ」

「男歩き……」

「そう。ハイヒールを履いて男歩きをするなんて、下品で教養のない卑しい女のすることですわ」

「……」

「正しい歩き方はこう。膝を伸ばして、つま先と踵を同時に地面につける。膝を曲げるのは足を前に出すときだけ」

「こうですか?」

「ええ、そう。そして、歩くときは地面に一本の線が引いてあるとイメージなさい。その上をつま先を少し外に向けて土踏まずで踏むように……そう。そうですわ。最初は狭い歩幅で、それから少しずつ広げていきなさい。そう」


 陽菜はオリアンヌの指導を受け、徐々に歩き方が様になっていく。だがやはり筋力が伴っていないためか、すぐに体の軸がブレてしまう。


 するとオリアンヌは怪訝(けげん)そうに眉をひそめた。


「ヒーナちゃん、どうして身体強化をしないんですの? 軸がブレていますわよ?」

「えっ?」

「え? とはなんですの? 身体強化ですわ」

「えっと……」

「えっ!? まさか使えないんですの?」

「あ、いえ、ちゃんと習いましたけど……」

「けど?」

「綺麗に歩くために使うだなんて考えたことも……」


 するとオリアンヌは大きなため息をついた。


「ヒーナちゃん、あなた、一体どういう教育を受けてきたんですの?」

「す、すみません……」


 すっかり恐縮した陽菜に、オリアンヌは再び大きなため息をついた。


「ヒーナちゃん、女は簡単に謝るものではありませんわ。頭を下げることなど、すべて男にやらせればいいのですわ。ヒーナちゃんは女ですのよ? 常に堂々となさい」

「……はい」

「さあ、続けますわよ。こことここに身体強化を……」

次回更新は通常どおり、2024/03/06 (水) 18:00 を予定しております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ