表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/54

第19話 近づく距離(物理)

 それから俺たちは重苦しい空気の中食事を続け、何を食べたか分からないような状態で宮殿内に与えられた部屋へと戻ってきた。


 そしてようやく二人きりになれたのだが……。


「……祥ちゃん」


 陽菜がかなり不安げな表情で俺を呼ぶ。


「仕方ないよ。ここは日本じゃないんだし、社会って全然違う。だから、教えてもらえるのは悪いことじゃないでしょ?」

「そうだけど……」

「魔窟がなんなのかはわからないけど、俺だって戦い方を教えてもらえるのはありがたいし」

「うん……」

「それに、聖女様は考え方を変えろとは言ってないじゃん? ちゃんと常識をわきまえた行動をしろって言っているだけなんだと思うよ」

「うん……」

「大丈夫だって。このまま旅していて、おかしなことをしちゃって処刑なんてのは絶対に嫌じゃん」

「うん……」

「ちゃんと強くなって、陽菜を守れるようになるからさ」

「うん……」


 ダメだな。この話題を続けてたらきっと陽菜の表情はずっと晴れない気がする。


「あ、そうだ。それよりさ。着替えちゃおうよ。そのドレスじゃ窮屈でしょ?」

「……うん、ありがと」


 陽菜はそう言うと、まずハイヒールを脱ごうとし始める。


「あああ、ちょっと待って。スリッパ取ってくるから」


 俺は慌ててルームシューズから適当に二足のスリッパを取り出し、陽菜の足元に置いた。


「ほら」

「うん、ありがと」


 スリッパに履き替えた陽菜は、ようやく安堵(あんど)したような表情を浮かべた。


「じゃ、着替え、選んできて」

「うん」


 陽菜は小さく(うなず)くと、寝間着が入っていると言われたクローゼットのほうへと向かう。


 ちなみにこの部屋には二つの衣装室があり、一つは陽菜が昼間に着るドレスが、もう一つは陽菜が夕食やパーティーなどのときに着る夜用のドレスが収納されている。寝間着が入っているクローゼットは夜用のドレスが収納された衣装室に置いてある。。


 これらはもちろんすべて借り物だが、どれでも自由に着ていいと言われている。


 え? 俺の服? 俺の服は昼用のドレスの衣装室の端にある小さなクローゼットに入っていた。


 この世界ではどこまでも男は女の添え物という扱いなのだから仕方がないし、そもそも別に服ぐらいで困るようなことはない。


 ……それにしても、クラスのみんなはどこにいるんだろう?


 男子はみんな帰りたいって思ってるだろうけど、女子はどうだろうなぁ。


「祥ちゃーん!」

「どうしたー?」


 陽菜に呼ばれ、夜用の衣装室へと向かった。するとそこにはスケスケのセクシーな服を手に持ち、立ち尽くす陽菜の姿があった。


「陽菜? それ……」


 大人が着る下着じゃないのか?


「ど、ど、どうしよう。寝間着って、みんなこんなの……」


 あんなのを陽菜が着たら……うっ! 想像しただけで股間の息子が……!


 落ち着け! 俺! 陽菜が胸を張れるような、陽菜の隣に立って恥ずかしくない男になるって決めたじゃないか!


 俺は大きく深呼吸をした。


 よし! 大丈夫!


「他に無いの?」

「うん。全部こんなのばっかり」

「でもドレスを着て寝るわけにはいかないよね?」

「うん。着てた服は洗濯するって持っていかれちゃったし……」


 ……俺は紳士だ。大丈夫、大丈夫、ダイジョウブ……!


「陽菜、ないなら仕方ないじゃん。俺、ちゃんとじろじろ見ないようにするから。それに起きてるときは上に着れるの、貸してあげるからさ」

「祥ちゃん……うん。ありがと」


 そうして陽菜はそのスケスケで下着のようなワンピースのような寝間着に着替えた。そんな陽菜はものすごくセクシーで……。


「祥ちゃん……」

「あ、ああ。とりあえずこれでも羽織ってて」

「うん」


 俺は慌てて顔を背け、着ている上着を差し出した。


「……これ、ちょっとごわごわしててこの上からだと着心地悪いよ……」

「そう? あ、じゃ、じゃあ、シャツは? たしかあっちにあったはず」


 俺は急いでもう一つの衣装室へ向かい、俺用のワイシャツを持ってきた。


「ありがと」


 陽菜はそれを着ていく。


「あれ? あっ、そっか! ボタン、逆なんだね」


 陽菜は慣れない手つきでワイシャツを着ていくのだが……。


 ん? これってもしかして、彼シャツというやつでは!?


 そう思ってワクワクしていたのだが、ワイシャツを着た陽菜の姿はちょっと想像と違っていた。


 陽菜の女性らしい体のラインはすっかり隠れ、どことなく太っているように見えてしまっている。


 そのうえ陽菜は俺よりも少し背が低いのに袖の長さはピッタリ……あれ? ちょっと袖が短いような?


 ……俺、もしかして腕が短い?


 いやいやいや、そんなはずはない。このワイシャツは借りたやつなのだから、こっちの人の体型も似たようなもののはずだ。


 外人は手足が長いってよく言うし、それでピッタリってことは俺だって悪くはないはずだ。


 そう。俺のが短いんじゃなくて、陽菜のが長いのだ。そうに違いない。


「祥ちゃん、ありがと」

「え? ああ、うん」


 陽菜に笑顔でお礼を言われた喜びに、手足の長さなんて話は一瞬でどうでも良くなってしまった。


 ううん。これが惚れた弱みというやつか……。


◆◇◆


 それから少しの間のんびり他愛のないおしゃべりをしていると、陽菜が大きなあくびをした。


「寝る?」

「うん。ちょっと眠くなってきちゃった」

「じゃ、行こうか」


 そうして連れ立ってベッドルームへと向かう。


 ちなみに、実はこのベッドルームに入るのは初めてだ。なぜなら昼間に案内されたときはまだ準備ができておらず、俺たちが聖女様と夕食を食べている間に用意してもらったからだ。


 少しワクワクしながら扉を開け、ベッドルームに入った俺たちは愕然とした。


 ……狭い。宿泊所のベッドは大人四人くらいは寝られそうなベッドだったのに、ここのベッドは間違いなく二人用だ。


 あ、いや、もちろん二人なんだから二人用のベッドが運び込まれるのは当然のことだが……。


「どうしたの? 寝ようよ」

「え? ああ、うん」


 陽菜はワイシャツを脱ぐと、いそいそとベッドに潜り込んだ。


 ……大丈夫だ! 俺は陽菜が胸を張って彼氏と紹介できる男に、隣に立って恥ずかしくない男になるんだ!


 俺はそう自分に言い聞かせ、陽菜の隣に潜り込む。


「おやすみ」

「うん。おやすみ」


 それからすぐに陽菜は寝息を立て始めた。だが普段よりも陽菜の体温が近くに感じられ、中々寝付けなかったことは言うまでもない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ