第10話 建国祭の縁日(前編)
神官の人に相談してみたところ、なんと建国祭の当日に神殿で屋台をやらせてもらえることになった。どうやら縁日のときに神社の境内や参道に屋台が出るのと同じように、こちらの神殿の敷地にも色々な屋台が出店されるのだという。
場所代として売上の半額を神殿に寄進しなければならないのは痛いが、お金がないのだから仕方がない。
というわけで、神殿でお世話になりながら色々と準備をし、ついに建国祭の当日を迎えた。
やるのはもちろん食べ物の屋台で、売るのはサンドイッチだ。メニューは色々と用意してあり、庶民向けと富裕層向けでラインナップを分けてみた。
まず庶民向けはしゃきしゃきレタスのハムサンド、ふわふわの玉子サンド、ツナサンド、BLT、カツサンドだ。これらは全部大銅貨一枚で販売する。
続いて富裕層向けのラインナップだが、とろけるチーズハンバーグのホットサンドと三種のフルーツサンドセットの二つを用意した。こちらはなんと強気の小銀貨一枚という値段設定だ。
冒険者ギルドの酒場のメニューから考えるとあまりに強気な値段設定だと思うかもしれないが、実はこの値段、ターゲットとする富裕層に取ってはかなりリーズナブルだと感じられるはずだ。
というのも、俺たちが調べた限り女性は全員が富裕層だ。というのも、どうやら女性は少なくとも五人、多い場合は何十人もの男を侍らせているものであり、その彼らが女性のすべての面倒を見ている。
そして女性に侍ることができるのは、商会の会長やエリート官僚、町を守る兵士――町に雇われた兵士になれるのは冒険者として大活躍をしたエリートだけらしい――などといったある程度以上のお金持ちだけだ。
そんな女性が口にするものは当然のことながら、銅貨などでは絶対に買えない。
たとえば女性が行くようなレストランだとランチプレートが一皿で銀貨一枚とかだったりする。だから小銀貨一枚という値段はかなり安く感じるはずだ。
ではなぜフルーツサンドを選んだかというと、それはスイーツだからだ。
やはり女性が好きな食べ物といえばやはりスイーツで、その中でも手軽に食べられ、かつ見た目でも楽しめるスイーツとしてフルーツサンドをチョイスしたというわけだ。
さらにハンバーグサンドもラインナップに入れたのは、侍っている男たちの胃袋をがっつり満たすためだ。
どちらも同じサンドイッチなので、材料も一部は使いまわせるし、用意する手間だって削減できる。それに男女一緒に食べることもできるため、こうしたラインナップにしたというわけだ。
さて、俺たちは指定された木の下に神殿から借りたテーブルを置き、そこにサンドイッチを並べた。
「祥ちゃん、頑張ろうね」
「うん。頑張ろう」
それからしばらくすると神殿の門が開き、大勢の男たちが入ってきた。彼らは立ち並ぶ屋台に見向きもせず、一直線に神殿へと向かっていく。彼らの目的は神殿で祈りを捧げることなので、買い物をするとしたら帰りになるだろう。
ちなみに男しかいないのは、別に差別があるというわけではない。単に女性は朝がゆっくりなことが多いというだけらしい。
そんな彼らを見送り、三十分ほどで神殿から出てきた。人の流れも神殿に向かう人と帰る人がごっちゃになり、少しずつカオスになっていく。
「よーし、そろそろやるか」
「あ? やる? 祥ちゃん?」
「うん。ちょっと俺がやってみるから」
「わかった」
「いらっしゃーい。新鮮な野菜を使ったサンドイッチはいかがですかー!」
俺は大きな声で呼び込みを始める。すると通る人がちらりとこちらを見て、そしてギョッとした表情になった。
それから連れの人たちとひそひそと何かを話し始めるが、すぐに立ち去ってしまった。
ああ、残念。でもこんなもんじゃへこたれないぞ。客商売は大変だって話はよく聞くし。
「いらっしゃいませー! サンドイッチはいかがですかー?」
頑張って声を張り上げるが、やはり遠巻きに見てくるだけで足を止めては貰えない。
すると見知った顔が声を掛けてきた。
「あれ? ショータじゃねぇか」
「あ! 冒険者ギルドのおじさん!」
「なんだ? こんなところで商売か? って、ヒーナ様まで!?」
「はい、そうですけど……まずかったですか?」
するとおじさんはギョッとした表情になった。
「まずいっつーか、この時間に来る庶民にはちょっと立ち寄れねぇかなって」
「え? なんでですか?」
おじさんは大きなため息をついた。
「まぁ、お前の国じゃどうだったかしらねぇがよ。アニエシアじゃ女性のお方の頼みを普通の男が断るなんざ、あり得ねぇんだよ。付き人だったり、よっぽど無茶な話なら別だけどよ」
「ええと……?」
「つまり、遠巻きに見てるあいつらはヒーナ様に買ってほしいとお願いされたら買わざるを得ないんだ」
「え? なんでですか?」
「は? 当たり前だろう。屋台の軽食なんかを断ったら、そいつは甲斐性がないって宣言したも同然だ。そうしたらそいつは一生女性に相手をしてもらえなくなるだろ?」
「???」
本気で何を言っているのか理解できない。
「あの……」
「はい、なんでしょうか? ヒーナ様」
「じゃあ、あたしが声を掛けたらみんな買ってくれるんですか?」
「ま、まあ、それはそうでしょうけど……よろしいんですか? ヒーナ様の評判が下がってしまいますよ?」
「え? どういうことですか?」
「どういうことって……そりゃあ、相手は立場が弱くて断れないですから……」
「そうなんだ……」
よく分からないが、とりあえず太田さんの選んだこの世界がとても歪んでいるということだけは理解できた。
「じゃあ、あたしは部屋に帰ってたほうがいいんですか?」
「いえ、そんなことは……。時間が遅くなれば金持ちも増えますんで、そうしたらヒーナ様がいることで逆に客は増えると思いますよ」
「そっか。じゃあ祥ちゃん、あたし大人しくしてるね」
陽菜はそう言うと、残念そうな表情で木陰に置いた椅子に腰かけた。
「ところでおじさん、買っていきません?」
「え? あ、ああ。そうだな。って、ええっ!? これが大銅貨一枚だって!?」
おじさんは目を丸くし、大声でそう叫んだ。
「え? 高すぎましたか?」
「いや! そうじゃねぇ! 安すぎるんだ! 白パンを使ってるのになんんでこんな値段が!?」
あ……そういえば町の庶民向けパン屋で見かけたパンって、みんな黒パンだったな。
「買う! これとこれとこれをくれ!」
「あ、はい。ありがとうございます」
おじさんはハムサンドとカツサンド、そしてBLTを買ってくれた。そしてその場でカツサンドにかぶりつく。
「うおっ!? なんだこれ!? こんな厚切りの肉なのに柔らかいだと!? しかも臭くねぇし、この甘辛いタレはなんだ!? うめぇ!」
するとそれを聞いた人々が集まってくる。
「お、俺にも一つくれ」
「俺にもだ」
「ありがとうございます」
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