後編
ヴィクトリア・ウェルスはエドワード・タロンに殺され、エドワードは自殺した――。
都ではそんな噂が流れ、タロン家は医者の病死診断書を新聞に載せて釈明した。だが、その程度のことは金を積めばなんとでもなる。噂は消えることはなかった。
またウェルス家もほぼ同時期に、ヴィクトリアは領地で静養中であると声明を出したが、信じた者はない。
それらの騒動で迷惑を被ったのは、今年社交デビューを果たしたばかりの令嬢、サファイア・リードだった。
サファイアが異変を感じたのは、ヴィクトリアが失踪したらしいという噂が流れて数日後のことである。サファイアは知らないが、丁度エドワードが姿を消したとされている頃だ。
偶然、伯父が厄介な風邪にとりつかれ、見舞の為に都を離れていた彼女は、戻ったその日から、どの社交場やパーティに行っても無視されるようになった。おまけに、ありとあらゆるパーティに招待されなくなった。すでに届いた招待状を頼りにパーティへ行っても閉め出されることさえあった。
サファイアは女中や従僕に命じ、また年の離れた兄や領地で詩文の製作にいそしんでいる父へ連絡して、自分が社交界からつまはじきにされた理由をさぐった。
「つまり……」
信頼している女中の報告を聴いて、サファイアはデスクに肘をつく。「わたくしがヴォーテクス卿をそそのかしたと?」
「そのようでございます」
女中達は身をすくめている。サファイアは頭を振った。
サファイアとエドワードとは、母を経由しての親戚だ。といって、さほど面識もない。数回挨拶をし、一度お茶会で同席したくらいの仲だった。エドワードは装飾的で華美な詩文で名が知られているのだが、普段はいたって口数が少ない。サファイアの父が詩集を数冊上梓する程、詩作にこっているので、その娘と詩で有名なエドワードが親しくしている筈だ、という、世間の思い込みがある。
寧ろ、サファイアが言葉をかわしたのは、ヴィクトリアとのほうが多い。優しく、遠慮がちで、よく口ごもる可愛らしい令嬢だった。本当の姉のように思って、慕っていた。庶民のやるレースあみをこっそりするのが親への反抗、という、おとなしいひとである。
サファイアは水彩画をたしなんでおり、ヴィクトリアとは姉妹弟子だった。ふたりに水彩画を教えた人物が同じなのだ。だからこそ、噂に自分の名前が出ているのだろうが。
優しく、美しいヴィクトリアは、はかなげな雰囲気をまとっていた。彼女がなぜ、婚約さえできていないのか、サファイアは不思議だったが、彼女のしっかりした手が男性達から敬遠されていたらしい。
「ヴォーテクス卿がおねえさまを殺すなんて、ありえないわ」
それだけは断言できた。お茶会の際に、エドワードから訊かれたのだ。君の師匠は、ヴィクトリアの師匠でもあるだろう、と。そしてエドワードは、ヴィクトリアのことを聴きたがった。サファイアがエドワードとしっかり会話したのはその時だけだ。ついでに、あの元気な若者が病死なんて、信じられない。
ヴィクトリアはどうか、といえば、パーティでエドワードを恨めしそうに見ていることが何度かあった。ふたりの心は通じ合っていたとサファイアは思っている。
それがどうして、殺すの死ぬのという話になるのだろう……。
「よし」サファイアは椅子を立つ。「調べるしかないわね」
女中達がうーんと呻く。
「レイク商会……ここね」
サファイアは早速、自力での調査を始めた。ただ単に、関係のありそうな人物に突撃するだけだ。といっても、高位の貴族に簡単にあってはもらえないので、まずはヴィクトリアと親しかった若者が居るらしい商会へ来た。
噂に拠れば、ヴィクトリア失踪の数日前、ここの若旦那がヴィクトリアへ求婚すると息巻いていたらしい。母親が貴族出身で、社交界では羽振りがいいので有名な若者だそうだ。ヴィクトリアの信奉者で、パーティなどでは彼女についてまわり、貴族達はそれに眉をひそめていた。身分を弁えない行動である、と。
だがこのところ、社交界では貴族も商人もなくなってきている。貴族でも困窮して爵位を維持できないものがあれば、商人がどうにかこうにか策をめぐらせて爵位を戴くこともあった。レイク商会は飛ぶ鳥を落とす勢いだし、その若旦那が望めば、適当に家系図を偽装するなどして、爵位を戴くことだってできなくはないだろう。
女中達は意気揚々商会の建物へのりこむサファイアへ、呆れ顔である。サファイアはそういう、令嬢らしくなく動きまわるところがあった。
しかし、目標の人物は居なかった。
「若旦那さまは、お出掛けしてらっしゃいます」
「あら、どこへ? 競馬でも見に行ったの?」
競馬を見に行ったとなると、数日帰ってこない可能性がある。サファイアは一刻もはやく自身の名誉を回復し、社交界に顔を見せなくなったふたりについても不名誉な噂を消したかったので、レイク商会の若旦那に会えるなら自分も競馬へ行こうか、と少し思う。
だが、使用人は項垂れた。
「投資のことでお出掛けです。近々、物件を買うので。雛菊荘という邸を見に行かれました……」
「わたしは、ヴィクトリアさまとは、少し話したことがあるくらいで、親しくして戴いた訳ではございません」
「なんでもいいの。覚えていることはない? わたくしたまたまその頃、都に居なかったものだから。ヴィクトリアさまの様子を教えてくれるだけでもいいのよ」
サファイアの言葉に、コーラルはすねたみたいに口を尖らせ、きらめく黄金色の目を伏せた。後れ毛を神経質に撫でている。小さな手だ。
コーラルは控えめに云って、美人だった。ただ、身長が低すぎる。その点はヴィクトリアさまのほうがずっと素敵なのに、どうしてこの子が社交界の花だともてはやされているのかしら、とほぼ社交界に興味のない(しかし結婚に響くので不名誉な噂は消したい)サファイアは考え、結局は男性にとって制御しやすそうな体格の令嬢が好まれるのではないかしら、と結論する。
「ですから、わたしはなんにも……その、お話ししたことはなかったし……」
「でも、ヴィクトリアさまが居なくなる前に、あなたとあっていたと聴いたわ」
「は? わたしと会っていたのではありません」
コーラルは目の辺りを赤くし、どうやら少し腹をたてたらしい。うすい胸を張る。
「たまたま、わたしの家のパーティにいらしていただけです」
「ヴィクトリアさまがあなたの家のパーティに行ったのは、あなたと話す為ではないの?」
コーラルは不満げな顔だ。可愛らしいが負けん気は強いらしく、サファイアをほとんど睨んでいる。頭ひとつほど小さな彼女がそんな態度をとったので、サファイアは正直に驚いた。
だが、さほど歴史のある訳でもない男爵家のパーティに、ヴィクトリアが出席するということ、それ自体が異常だ。ヴィクトリアは、それなりの歴史ある伯爵家の娘である。隠れて格の低い社交場へも行っていたようだが、お忍びでそういう場所へ行くのと、男爵家主催のパーティに顔を出すのとでは、行動の重みが違う。
サファイアの乏しい知識からしても、ヴィクトリアがコーラルの家のパーティに出るのはおかしなことだった。家系図をかなり遡れば血がつながっているらしいのだが、これまでヴィクトリアがコーラルの家のパーティに出たことはない。
交流がなかった家格の釣り合わない家のパーティに行ったとなれば、そのパーティで会いたいひとが居た、と考えるのがはやい。
コーラルはふんと鼻を鳴らし、左手の親指にはめた指環をいじった。小さな手だ。その指環にかすかに見覚えがあったサファイアは、それをじっと見ている。
「もし、誰かと会いたくて、我が家のパーティにおいでになったのだとしても、相手はわたしじゃありません。ヴィクトリアさまがわたしになにを話すと云うんです? わたしは彼女のように恵まれた才能はないの。水彩画も、レースあみも、わたしにはできないことだわ」
サファイアは目を細くしてコーラルを見、頷いた。「あらそう。そうね。あなたの云う通りかもしれない。それなら、誰に会いに来たと思うの」
「それは……」
「ヴィクトリアさまと親しくしていたひとが出席していた? もしかしたら、アーサー・レーキとか」
「ピート」コーラルは焦ったみたいに云う。「ピートと話していたかもしれないわ。でも自信はありません。わたしはもうなにも知りません」
「はあ……?」
サファイアは籐椅子に座って、行儀よく膝の上に手を重ねて置いていた。
隣の籐椅子に腰掛け、長い脚を組んでいるのは、アーサーだ。伯爵位を持つレーキ家の次男で、数年前ほんの一瞬だけサファイアの婚約者だった男である。
アーサーはサファイアを見て、呆れたみたいに鼻を鳴らした。
「俺がヴィクトリア嬢となにを話すと?」
「さあ。わからないから訊いているのだけれど」
「ああそうか。俺もわからんね。俺と彼女とで話が弾むことはおそらくないよ。ダンスはうまいけれど、俺には彼女は荷が重い。彼女は完璧なひとじゃないか? 美人で、おとなしくて、令嬢らしくて、血筋も申し分ない」
ふたりの傍を、着飾った男性ふたり組が通りすぎた。「ヴィクトリア・ウェルスのことをききましたか、卿」
「ああ、彼女、美人だったけれど、あの手ではね……だとしても、殺さなくてもいいだろうに」
そんな会話がきこえてくるのは今夜だけでも十回以上なので、サファイアはなにも気にしなかった。多くの人間が、ヴィクトリアが死に、エドワードも死んだと考えている。でなくば、どうしてヴィクトリアのドレスが運河から引き上げられるのか、と。
それなりに格式高い社交場でもこれだ。商人でも出入りできるようなところではどんな噂が飛び交っているか、わかったものではない。口さがない者というのはどの階級にでも居るけれど、大概要領がよくて、場に合わせて話題を選ぶ。本来、令嬢の失踪や殺人事件は、こういった場では避けるべき話題であるのに。
アーサーが不服げにサファイアを見た。
「サファイア、何故俺を疑う? 俺は彼女と関わりはなかった」
「そうね。そうなんでしょう」
サファイアはクラレットをすする。アーサーは黙っていたが、こらえきれなかったのか、喚くみたいに云った。
「なにかあるのか? 俺を疑う理由が?」
「どうかしら。ああでも」サファイアは声を低め、アーサーへ少しだけ身をのりだした。「怪しいひとなら見付けたわ」
「誰だい」
「コーラル嬢」
アーサーは信じられないとでもいいたげに、サファイアを睨む。サファイアは顎に手を遣る。
「なにを云ってる?」
「彼女に会ったの。態度がとてもおかしかったわ。なにか知っていると思う。隠している感じだったのよね。もしかしたら彼女が、ヴィクトリアさまになにか」
「怪しい人間ならばほかに幾らでも居るだろう!」
アーサーは自分で自分の大声に驚いたらしく、咳払いして声を低くした。
「少なくとも、その、うら若い令嬢はなにも関わりないさ」
「あら? じゃあ誰? おねえさまになにかしたかもしれないってことなら、わたしはコーラル嬢が一番怪しいと思う」
「それは、ああ、だから、ほら、ピートとか……」
サファイアと目を合わせ、アーサーはきまずそうに顔を背けた。「それがあなたの悪い癖なのよ、アーチー。ねえ、あなたのお気にいりだった指環はどうしたのかしら……」
「あらあらまあまあ……」
サファイアは新聞をひろげ、溜め息を吐いた。ウェルス家が、静養していた娘ヴィクトリアが病死した、と届けたのだ。おまけに、遠縁の男爵家のコーラルを養女に迎えるとも発表があった。
サファイアは新聞をたたむ。
「今度こそ、ピートというひとに会いましょう。どんなかたかしら? 素敵なかたでしょうね、とても」
「初めまして、サファイアさま」
「はじめまして」
サファイアはレイク商会の応接室に通され、優雅にお茶を楽しんでいた。
あらわれたのは分厚いレンズの眼鏡の青年だ。青年――ピートは腰が低く、やわらかい性格をしていそうな、親しみやすい笑みをうかべていた。
サファイアは手をひらひらさせて、一番信頼できる女中ふたりを残し、残りを追い出す。ピートが一瞬、不安そうにそれを見たが、なにも云わない。
「単刀直入に話したいのだけれど」
「……ええ」
「おねえさま達はどこ? 一体どういう経緯で、アーチーとコーラル嬢が関わったの?」
ピートは面喰らったようで、口をぱくつかせる。サファイアは追撃した。
「アーチーもコーラル嬢もばか正直だわ。なんて善良なひと達でしょう。彼らに嘘を吐かせるのは無理な話なの。貴族も町のひとも、わたしの女中でさえ、ヴィクトリアさまやヴォーテクス卿の話をする時は過去形だったのに、あのふたりは絶対に過去形にならなかった。勿論、しばらく前にあったパーティの話なんかでは過去形をつかったけど、それ以外は現在進行形。ふたりがどこかで生きているのを知っているのよね」
「……サファイア嬢」
「待って、凄まじい商才の若旦那さん。ほかにも理由はあるの。ヴィクトリアさまはレースあみのことを隠していた。ご両親がいやがるっていう至極当然な理由でね。どこの誰がご注進するかわからないから、本当に信頼した相手にしか喋っていない筈よ。コーラルはそれを知っていた。それなのに、自分はヴィクトリアさまと関わりはないと云った。それは、公にできない関係だからではないの? 家出や死の偽装に手をかす、というような」
サファイアはピートへ向けて頷いた。微笑む。
「あなたが関わっていることも、あのふたりに教えてもらったようなものだわ。あのふたりはお互いを凄く大切に思っているみたい。コーラルにアーサーが怪しいと云えば、あなたの名前を出し、アーサーにコーラルが怪しいと云えば、あなたのことを喋ってくれた。間違ったことを云われると。人間って反射的に訂正しようとしてしまうのですって。それになにより、あのふたりはお互いにお互いを庇いたかったのでしょうね」
ピートは両手を軽くあげた。「参りました。ええ、僕がやりました。なにもかも、筋立てを考えたのは僕です」
ピートはヴィクトリアを愛していた。
といっても、恋愛感情ではない。ヴィクトリアに対して、とても大切な花を愛でるような気持ちがあった。
「花を扱うのには骨が折れる。ヴィクはもっと骨の折れるひとですよ。でも僕はそれが好きだ。彼女の為に走りまわるのが好きなんです。けど、僕が彼女と一緒になるのは不可能だった。彼女には、出会った時から大切に思っているひとが居ましたからね。それが誰かわかったのはついこの間だったけれど」
ピートは肩をすくめる。「まったくもって理解に苦しむけれど、彼女はエドワードを愛し、エドワードは彼女を愛していた。それなのに、お互いがお互いを避けていた。ヴィクは、自分はエドワードに相応しくないと思い、手を見られるのがいやだったから。エドワードは、彼の母親がヴィクの手について暴言を吐いたから。顔を見たらそれを思い出すのではないかと心配していたらしい」
「まあ……」
「エドワードははじていたんです。自分の親が、自分の愛するひとを傷付け、一生涯の劣等感を植え付けたことを」
ピートは「ヴィクトリアに求婚するかもしれない」と、親しい友人達に吹聴した。
幾ら母親が貴族出身と云っても、商人のこせがれがヴィクトリアに求婚するなど、どう考えてもだいそれている。それが気にいらない貴族は、確実に話をひろめてくれる。そう思っての行動だった。
案の定、噂はひろまり、エドワードがひっかかった。一体どんなつもりかと、ピートに文句を云ってきたのだ。
「彼女の婚約者でも親族でもないひとから文句を云われる筋合いはない」
それがピートの答えだった。エドワードは詰まったけれど、引き下がらずに云った。「では、お前に文句を云える立場になってこよう」と。
「その後、なにがあったかは話しません。ふたりの個人的なことですから、僕もくわしいことは知りませんしね。とにかく、ふたりは婚約した。僕の立ち会いで」
「ああ、そういうことね?」サファイアは手を軽く打つ。「おねえさまは婿をとらないといけないのに、エドワードさまはすでに公爵を継ぐことが決まっている」
「それだけじゃありませんよ。エドは、ヴィクの心を案じていた。彼女は異常に、自分の手が大きいと気にして、頻繁に壁やなにかにぶつけている。両親や親族からの圧力が凄まじくて、心が疲弊している。なにより、エドワードの親が、たいしたことでもないのにヴィクトリアの手をいやがっている」
それに関しては、サファイアも覚えはあった。ヴィクトリアはたしかにしっかりした手をしているのだが、世間で噂される程ではない。それなのに、彼女自身が手を隠そうとするので、反対に目立っていた。それに、ある一定以上のお年を召したご夫人がたは、ヴィクトリアの手について、「みっともない」と眉をひそめていた。その女性達の若い頃には、特に手の小さな女性がもてはやされたのだ。
彼女の手に傷があった、という話も聴いたことがある……。
ピートは肩をすくめた。
「僕はヴィクにはしあわせで居てほしい。そもそも彼女は、社交界に向いていなかった。少なくとも、外見のことをあげつらう人間が居る場所に居るのは、彼女にはつらいことだった。エドワードは彼女と一緒になれればそれでよかった……だから僕は、ヴィクトリア・ウェルスという人間を消すことにした」
ヴィクトリアは信頼できる女中の手引きで、ピートが用意した馬車にのり、都を脱出した。エドワードも一緒にだ。エドワードは、ヴィクトリアを殺してしまったと偽の遺書を残してきた。ドレスはピートが、商会の馬車の荷物へ紛れこませ、そっと運河へ捨てたらしい。
「おふたりの名誉が……」
「そのようなことはふたりにはどうでもいいんですよ。ふたりが気にしていたのは、ヴィクの家の爵位だけだ。それは、コーラルをつれてきて解決することにした」
「それには、コーラルがヴィクトリアさまと同じ色の瞳をしていることが、なにか関係しているのかしら」
ピートはにんまりした。
「あなたは順序立てるよりも、直感でものを考えるひとみたいだ。ええ、そうですよ。コーラルはヴィクトリアの妹だ。同じ父親を持った、ね」
「ヴィクトリアさまのお父さまが?」
「過ちというのは誰にだってあるものです。相手は階級が違った。それで、親戚で、便宜をはかったことのある男爵家に預けたんです。それ以来没交渉になったのはやり過ぎでしたね。伯爵はご自分の過ちを目の当たりにしたくなかったのだろうけれど……エドワードは、ヴィクトリアと瞳がそっくりなので、コーラルを気にしていたらしい」
ピートは声を低める。「ヴィクの母親には申し訳ないが、コーラルだって好きで不義の子としてうまれた訳ではない。彼女は優しくて、ひねたところもないですから、結構気にいられているようです。僕としては、ヴィクにいらぬ負担をかけつづけたご両親には、少しくらいの苦労は必要だと思っています」
少々酷薄な感じをうけ、サファイアははっとしてピートを見る。本当にヴィクトリアを愛しているのだ。
「無論、エドワードのご両親も、少しはつらい目を見るべきですよ。エドワードを、その爵位や財産をぬきにして本当に思っている女性はヴィクトリアだけなのに、血筋や彼女の見た目を批判して、苦しめたのだから。真実子どもを思っているのなら、ヴィクトリアこそエドワードには相応なのに」
「おふたりは、今は……?」
「雛菊荘に居ますよ。首尾よく手にいれたので。当座の生活費と、最低限の使用人も揃えました。彼女には水彩画の腕と、レースの才がある。エドワードも詩集を出す話を、家に迷惑がかかるからと断っていたくらいですからね。二年もすれば、僕が手をかす必要はなくなるでしょう」
ピートはちょっと項垂れ、姿勢を正す。「さあ、正直に話しました。できれば、この話は内密にして戴きたいのですが?」
「条件があります」
サファイアがそう云うと、ピートは不審そうに目を細めた。眼鏡をくいっとおしあげる。
「ひとつは、この楽しい企みにわたくしも参加させること。おねえさま達と会わせて。アーチーとコーラルも一緒がいいわ」
「は……?」
「もうひとつは、雛菊荘のお庭を見せてくれること。あなたが案内するの。宜しい?」
「サファイア嬢、なにを云ってるんです?」
「あなたみたいに素敵なかたははじめてなの。一度一緒に歩いてみたいわ。きっと楽しいお話を沢山聴かせてくれるでしょう?」
サファイアが胸を張ると、女中達が疲れたみたいに溜め息を吐く。ピートはくすくす笑い、承知しましたと云った。