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Prim:CODEX~原初の黙示録~  作者: 鮫ノ嶋 潮
2/6

プロローグ.『湘南之獅子』

夜も更けた頃、月明かりも届かない薄暗い廃工場で怒号が轟く。


海沿いを拠点としている『湘南之獅子』と、山間部の峠で活動する『乱鬼龍』という2つの暴走族の抗争が始まった。


十代から二十代ほどの男達が廃工場の入口で乱闘を繰り広げる。


殴り合い、蹴り合い、中には工場の中で拾ったのであろう鉄製の資材を使って振り回す者もいた。

血だらけになりながらも、何かを賭けた戦いなのか一歩も譲らず勢力は拮抗していた。


しかし、この場に2つの暴走族の長たる総長の姿は無い。


廃工場の奥、使わずに廃棄された多くの資材が置かれる吹き抜けの部屋に、

金髪を編み込んだ目つきの鋭い男、『乱鬼龍』総長の鬼塚猛(おにづか たける)が乱闘に参加せず静かに座っている。

少し離れたところに、気を失っているのか横たわっている少女がいた。


ドガッ――


古びて錆びた鉄の扉を蹴破って現れたのは、

『湘南之獅子』の総長である赤髪の男、獅童輪廻(しどうりんね)だった。


「遅かったなぁ、獅童」


目つきの鋭い男は、資材であろう金属板の束に座ったまま口を開いた。


蹴破った扉の上を歩き、赤髪の男は持っていたタバコを落とし踏みつけ、

奥で横たわる少女に目を向ける。


「…鬼塚…

てめぇ…タダで済むと思うんじゃねぇぞ」


そう言ってゆっくりと少女に向かって歩き出し、

着ていた黒いジャケットを脱いで少女に掛けた。


赤髪の男はシャツのポケットを探りタバコに火をつけると、深く煙を吐き出しながら目つきの鋭い男へ向かって歩き始めた。


近づいてきた赤髪の男を確認し、目つきの鋭い男が嬉々として口を開く。


「…きひッ、オレの兄弟と仲良くしてくれたみたいだからよぉ、

獅童くんが喜んでくれると思ってぇ、

てめぇの可愛い妹ちゃんと遊ばせてもらったぜぇ」


わざとらしく語尾を伸ばす挑発に聞こえるその言葉を聞いているのだろうが、

赤髪の男は依然としてタバコを深く吸い、煙をゆっくりと出しながら一歩ずつ歩いていく。


やがて二人の距離が手の届く程になり、

赤髪の男は咥えていたタバコを地面に落としたと同時に、一瞬の速さで拳を振り下ろした。


ドゴッ――


少しの静寂の後、目つきの鋭い男はニヤリとしながら口を開く。


「…コレだよ、コレぇ…

いつもお澄ましキメてる獅童くんもさすがに怒っちゃったねぇ…」


殴られた頬を擦りながらなぜか嬉しそうな男は、

赤髪の男をまっすぐに見つめ直し眼をギラつかせた。


「…ヒヒッ、

やっと…オレと遊んでくれる気になった、か、よぉ!」


目つきの鋭い男は立ち上がりながら床に落ちてあるパイプを掴み、

間合いを詰めながら突き刺そうと振り回す。


ギリギリで躱しつつ、幾度か牽制のように拳を出して応戦する赤髪の男。

その牽制を茶化すように不気味な笑みを漏らし、目つきの鋭い男はひたすらにパイプを振り回していた。


ガキンッ――


避けきれず赤髪の男が左腕でパイプを受けると、

シルバーのアクセサリーに擦れたのか、大きな金属音と火花が飛び散った。


「…ぎゃはッ、

おい、獅童ぉ…随分身体が訛ってるんじゃねぇか?

去年までのお前なら、俺の動きなんて全部お見通しだったのによぉ…」


「…てめぇと遊んでるヒマはねぇ…

…さっさと、…くたばれッ」


赤髪の男がパイプを受けた腕を振り払い、

間髪入れずに反対の腕を繰り出した。


ゴスッ――


拳は確実に相手の頬を捉え、

目つきの鋭い男の口から血飛沫が飛び散った。


「…ぺっ、

…いいよなぁ、獅童ぉ…

おめぇはよぉ…ただ豪さんにぃ…

おんぶに抱っこでよぉ…

いつの間にか総長に…なっちまいやがって、よぉ…」


口を動かすのが辛いのであろう、

目つきの鋭い男は息を切らすような話し方で続ける。


「…あんなに…強かった豪さんもよぉ…、くそ…ダッセぇ最後で…」


ドスッ――


「かはッ」


赤髪の男の膝蹴りが鳩尾に入り、

息ができなくなったのか、目つきの鋭い男は顔をしかめて苦しそうに口をパクパクとさせている。


苦しそうな男の乱れた髪をガシッと鷲掴み、

赤髪の男は自らの額まで乱雑に持ち上げながら告げた。


「…てめぇ如きが…

アニキの話を…軽々しくすんじゃねぇ」


暗がりでもわかるほどその眼光は鋭く、怒りが頂点になっていることが容易く感じ取られる。


持ち上げられた頭は地面に叩きつけられ、男は動かなくなり辺りは静寂に包まれた。


廃工場の入口付近の怒号も鳴り止み、総長を探す『湘南之獅子』のメンバーの声が聞こえ始めた。

どうやら騒ぎを聞きつけた警察が廃工場へ向かっていることを知らせにきたようだ。


ピクリとも動かない男を冷めた目で見下ろし、赤髪の男は奥で横たわる少女を連れ出そうと歩き始めた。


「…りん、ね…」


今にも消え入りそうな弱々しい声を出し、少女が目を覚ました。


「……!樹李!」


それまで冷徹な振る舞いをしていた赤髪の男は、焦りを隠せない様子で少女の元へ駆け寄っていった。


「…ごめ、ん…ね…

…ちょっと…しくっ…ちゃった…」


少女は痛みに歪んだ顔に、はにかむような笑顔を精一杯作りだしている。

先ほど赤髪の男が掛けたジャケットを掴む少女の手は、小刻みに震えていた。


「…樹李…すまん…」


震える手を包み込み、眉をひそめながら少女を抱き寄せた。


「…俺のせいだ…

守ってやれなくて…すまん…」


「…ケホッ、ちょっと…

だいじょうぶ…

りんねは悪く、ないじゃない…」


男の抱きしめる力が強すぎたのか、少女は咳き込みながら答えた。


「…す、すまん、大丈夫か?

ケガはどこだ?痛いところはあるか?」


抱きしめていた身体をパッと離し、口早に少女を案ずる言葉を紡ぐ。


先ほどまで殴り合いの死闘をしていた人間とは思えないほど、

少女のことを本気で心配して気が急いているようだ。


「…へへ…

りんねが、やさ、しい…

お父さん、みたい…」


少女は男を心配させまいと、再び笑顔をつくっておどけてみせた。


「ったく、こんな時に…」


暴走族の総長などに似つかわしくない優しい笑みを浮かべ、自力では立ち上がれなそうな少女を起こそうと手を差し伸べた。


「ウチへかえろう」


そう言った男に少女は微笑みを返し、立ち上がろうと手を取った瞬間―――


カーンッ


甲高い金属音が背後から聞こえた。


音の方を振り向くと倒れていたはずの目つきの鋭い男はおらず、

部屋の入口付近にある古びた足場がグラリと揺れているのに気がついた。


赤髪の男は咄嗟に少女を抱き寄せ、入口へ走り出した。


ガシャーーン


「―きゃぁッ」


走り出した束の間、目前に大きな鉄板が落ちた。

鉄板を避けて入口まで回り道をしている余裕はない。赤髪の男は他の出口を探そうと辺りを見渡すと、部屋の一角で目つきの鋭い男が不気味に笑っているのを確認した。


おそらく手に持っていたパイプで足場の一部を壊したようだ。

場所からして、自分は助からなくても赤髪の男に一泡吹かせてやりたかったのだろう。


そんな男を気にしている時間は無いと、赤髪の男は足場の構造を見上げて確認するも、

辺りは暗く、巨大で複雑な足場に隙間など見つけることはできなかった。


(…間に合わない)


崩れ落ちてくる大きな鉄骨を躱す方法はない。

回避できないことを悟った赤髪の男は少女の上に覆い被さった。


「…お前だけでも助かってくれ…」


「…ダメ!りんね…!」


悲痛な叫びと共に、部屋一面を覆うほどの鉄板や鉄骨が崩れ落ちてくる。


ガキンッ――

ガラガラガラガラ――


部屋が揺れるほどの轟音が鳴り響く。


古びた足場は崩壊し、やがて音が鳴り止んだ。


部屋中に土埃が蔓延しており、目を開けても微かにしか視界を確保できない中、赤髪の男はなんとか少女を確認する。


「…じゅ、り…」


少女の額には、とめどなく血が流れていた。

ドクンと、死の匂いを感じた男の鼓動が高鳴る。


しかし、その血が赤髪の男自身のものであることを理解するのにそう時間はかからなかった。


自分の身体がどうなっているのか、もはや感じる余地が残されていない。

痛みすらわからないほど、身体は壊れているのかもしれない。


守ろうとした少女が生きているのかどうか。

ただそれだけで意識を保っているようだった。


「…すま…ん…

生きて…くれ…じゅ、り…」


そっと少女の頬を触れようとするが、手の感覚は既に無く動かすこともできない。


(…お前…だけは…守って…)


もう声すらも出せない。


騒ぎを聞きつけた警察が来たのであろうサイレンの音を最後に、男の意識は闇に消えた。



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