聖女と魔女 3
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全てが順調にいっていた。
全てが思う通りに進んでいた。
あの歌を歌われるまで、あの女があの歌を歌うまでは、父上も母上も、納得した上で、披露目の宴に参加してくれていたのだ。
「どっちにしろ、その場で次期後継者は言わなければらないだろう?」
母上の言葉に、父上は興味もない様子で、
「そうだな」
と、答えて、子供みたいに母上の腹を抱き込むようにして顔を埋めていた。
離宮に移動させても何も言わない、王としての立場を取り上げたとしても何も言わない。挙げ句の果てには玉璽を放り投げるようにして渡してきて、
「必要なものだろう、お前にやる」
と言ったのも父上だった。
義理の父となるラディカーティ公爵は、
「何だかんだ言っても、ルクレッツィオ殿下の事を陛下はお認めになっているんですよ!」
と言っていたが、認めるというよりは、実の息子の事すら視界にも入らないような。
王としての権力や、それに付随する仕事なんかも、やりたいと言うのならくれてやる程度にしか考えていないように感じたわけだ。
喉から手が出るほど欲しかった王位についてもそうだけど、何故だろう、玉璽を貰っても、玉座に座っても、どうしようもない渇きが収まらない。披露目に参加をすると言うのなら、遂にこの私を認めたという事だろう?
だったら父上、群衆の前でこの私こそ王に相応しいと認めてくれよ!
チェレスティーナは確かに私の番ではないが、王国での巨大な派閥を私自身が率いる為には、なくてはならない後ろ盾なんだ!ラディカーティ公爵の力なくして、王国を導く事なんか出来ないだろう!
「あ・・・・」
何を瑣末な事を言っているのか、そんな仕草で縦に開いた瞳孔を細めながら、深紅の竜が公爵の体を踏み潰した。血肉が飛び散るかと思いきや、タールのように真っ黒となった公爵の体が這いずるようにして移動を開始する。
「いやあ・・いやあああああ!」
怯えて胸に顔を押し付けてくるチェレスティーナの体が土色の鱗で覆われていく。私自身の皮膚もまた、妻と同じように硬結し、ひび割れるような形で無数の鱗が形成されていった。
「嘘でしょう!」
「きゃぁあああああ!」
「誰か助けてえ!助けてぇえええええ!」
貴族派に属する貴婦人たちは、自分たちの顔や体を手で覆い隠すようにしながら悲鳴を上げる。暴れる竜の巨体に踏み潰されればタールと化し、そこから逃れたとしても、その身が鱗に覆われていく。
竜の間とはパルメイラ帝国時代から残された遺物であり、人を縦に五人並べたとしても到底届くとは思えないほど天井が高く、壁の端と端に分かれて立てば、相手の顔の判別が出来ないほどに広いつくりをしている。
例え竜が集まったとしても壊れる事がないと言われたドーム状の建物は三匹の竜によって破壊され、崩れ落ちた壁の向こう側には、パヴィアナ山脈の尾根が続いていく様がよく見えた。
朝に聖堂での聖女認定式が行われ、昼を挟んだ後、夕方に近い時間帯から披露目の宴を王宮で行う事になっていた為、外はまだ太陽が沈み切ってはおらず、真っ赤な太陽が尾根の向こう側に沈み込もうとしている様がよく見えた。
盆地が広がる王都ヴィアレッジョは、椀を伏したように広がる丘の上に王城を築いている。王城から一望出来るのは、パヴィアナ山脈まで続く巨大な穀倉地帯で、王国民を養い、他国との交易の糧にもなっている。
王族として、誇りを持って眺めるいつもの風景が、首を伸ばし腹を膨らませたように見える、背中に巨大な羽を生やしたトカゲもどきによって叩きつけるように壊された。
いや、あれはトカゲもどきなどでは絶対にない。竜化した実の親の姿じゃないか!
悪い夢を見ているだけなのだと、胸に叩きつけるような鼓動がサインを送っているけれど、これは夢ではない。
夕焼けに染まる空は真っ赤な血で染め上げられるようにして赤く広がり、眼下に広がる王国の肥沃な大地が、真っ黒な影に包み込まれるようにして何も見えなくなっている事にも気がついていた。
巨大な咆哮の声と共に、大地がグラグラと揺らぎ出す。
遥か彼方に見えるパヴィアナ山脈の尾根が動き出す。
この世界から引き剥がされるかのように、その身をくねらせながら、巨大な龍が動き出す。
「タパス(苦行)の熱がやってくるぞ
集まれ我が同胞よ
集まれ集まれ
ミティラー(異界の姫)を捕まえろ
狂気の王 愛の神の矢に貫かれなかった首なしの遺体
狂気の舞を舞え
頭頂から生気を吸い上げろ
瞳が裏返った目を抉れ 」
私たちのすぐ背後では、呪いから解放されたエリアルディオと番の女が揃って立っていた。番同士はすぐにわかる、魂の匂いが似ているからだ。
女の歌は呪いの歌だ、頭が痛い、先祖の霊が頭上に伸し掛かるようだ。
黒々としたタールが固まり、人の形となる。
美しいダニエラは、人がもがき苦しみ続けるままの塊となったドレスを身にまとい、白磁のような足を曝け出し、ピンクブロンドの髪を掻き上げながら笑い出す。
「お前が・・お前がそんな気味の悪い歌さえ歌わなければ!こんな事にはならなかった!」
短剣を片手に、呪歌を歌い続ける兄の番に飛びかかろうとすると、すかさず腕を捻りあげられ、ひび割れた床の上へと叩きつけられた。
「ルッツィ、お前は、こんな時ですら他人の所為にするんだな」
真っ赤な髪色の兄は、私を抑え付けながら悲しげな表情を浮かべた。
「アンジェラが何故、呪歌を歌っているのかわからないのか?お前たちを守ろうとしているから歌っているんじゃないか!」
「守るだって?」
「あそこに居る複製品を見てみろ!」
頭を鷲掴みにされて向けられた方向に、一人の男が連れの女を殺す姿がそこにはあった。
剣で胸を貫かれたのはダニエラの娘であるビアンカであり、ビアンカを殺したのはベルトルト・アバッティーニ。
ベルトルトは私が王位に就くためにと、陰ながら動いてくれた人物だ。
「異界の雌は身近に複製を連れて歩いている。万が一の時には移魂をして、すぐさま逃げ出せるようにするための手段だ。父上や母上、辺境伯は異界の雌を追い込んではいるが、逃げ出して生き延びるのが奴の常套手段なのは間違いない。母が咆哮によって封印術をかけたがまだ足りない。アンジェラが先祖の霊を呼び込んで守りの力としようとしているが、これでもまだ足りない。ああ、ほら、今話している間にも」
目の前に純白の巨大な骨が伸びていく。
まるで檻となって私と妻を囲い込むように伸びた骨と、無数の小型の骨が盾となって、真っ黒なタールを弾き返していく。
「前回、異界の雌龍は胎児にのり移って逃げ出した。ルッツィ、気をつけろ」
立ち上がった兄は剣を片手に番を片腕に抱き上げると、隆起するように飛び出した骨の塊が形作られ、巨大な飛竜となって空を飛ぶ。
「私、一緒に行く必要あります?」
番の驚きの声に、
「離れている間に何かあったら、僕は死んじゃうよ?」
と、答えている兄の声が頭上から落ちてきた。
「う・・ううううう・・お腹が・・・・」
子供を身籠り、大きく膨らんできた腹を押さえながら、チェレスティ―ナが苦痛の声を上げる。
「嘘でしょう・・お腹が痛い・・お腹が痛い・・」
産月ではないのに、目の前で苦しみ始めた妻を抱きしめながら、崩れた離宮を舞う骨の竜を見上げて、私は自分の無力を悟る事になったのだ。
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