竜の力 5
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異界の龍が堕ちて来たのは今から一千年以上昔の話になるらしい。
群れを作り、互いに争いながら、それなりに平和に暮らしていた先祖の多くが死に、世界は滅びの淵まで行ったのだと言われている。
異界の龍は眷属を増やすために種を蒔いたが、女竜の腹には宿ることがなかった。種族が異なるが故に、子を作ろうとしても作る事など出来やしない。
そうするうちに、一人の娘を異界の龍は授かった。
父である異界の龍は封印される事になったが、何とか逃げ出す事に成功したその娘は、父親と同様に子を持つ事を望んだという。
男と違って女の場合は、心底惚れた相手の子をその身に宿したいと希う。
娘が惚れた雄の竜には、番となる雌の竜がすでに居た。
番を見つけた雄はよそ見をしない、魂の伴侶である番を、死した後も愛し続ける習性にある。決してこちらを見ない雄の竜に、異界の龍の娘は憎悪を燃やした。
女の場合、憎悪の対象は大概、男が愛した女に向かう。
女と女の戦いは一千年に渡って続いていく。聖女と魔女の戦いも、そもそもは、異界の龍の娘と雌竜との戦いなのだ。
「さあて、この戦いの行く末はどうなると思う?」
子供向けの挿絵が盛り込まれた古い本を閉じると、後ろから抱きついて離れない夫の方を振り返って問いかけた。夫は興味がない様子で小さなため息を吐き出している。
「せっかく公務の全てを取り上げられて、二人でのんびりと出来るようになったというのに、異界の龍なんかどうだっていい。せっかく二人きりとなったのだから、これからの二人の話をしよう」
「これからの二人の話をするだって?」
北からクシャダス帝国、南からパルマ公国が攻め入ってくるとあって、王国軍が北と南に移動した、王都ヴィアレッジョはガラ空き状態となっていたのだ。
先祖返りと言われる王と王妃が王都にいる限り、民の安全は守られていると言える。そんな訳で、王都には最低限の兵士しか置かれていない状況だったのだが、それを敵に利用された形となってしまった。
次男であるルクレッツィオは舅となるラディカーティ公爵の甘言にのって、国王である夫と王妃である私を離宮に幽閉。
クーデターと言うのも憚るほどに、息子の思う通りに進んで行った事だろう。
妻とは別の場所に隔離すると言えば王都を滅ぼすほどに暴れるだろう夫も、好きなだけ妻と一緒に居れば良いと言うだけで、借りてきた猫のように大人しくなる。
そうして幽閉されたのは王宮の敷地内にある離宮であり、五代前のこの国の国王が、自分の番(妃)を軟禁するために建てたものとなる。窓の全てに蔦模様の鉄格子が嵌め込まれており、出入りは厳重に管理できる造りとなっている。
番を見つけた時の雄竜の執着は凄まじい、監禁して他人の目から遠ざける等という事はかなりの頻度でやりがちなのだ。
王の妃となるときに番認定された私、メルチェーデは、離宮への監禁だけは行わないようにと夫に誓約書を書かせている。だというのに、息子の策略によって夫と共に監禁されているのだから、世の中何があるかわからないものだ。
王宮には近衛兵が居たのだが、夫が意気揚々と喜んで離宮へと移動したため、夫の意思に従って今は行動を差し控えているような状況だ。
公爵の娘であるチェレスティーナを妃に選んだ息子は、兄に呪いをかけ、自分こそが次の王になろうと躍起になっている。
殺す事には失敗したが、兄は女体に変異した。
この国では女性の王位継承は認められないため、女体のままでは王位を継ぐ事など叶わない。
兄を呪い殺そうとした弟は、パルマ公国かクシャダス帝国に狙われたのだろうと宣った。先の戦いで活躍した兄を恨む帝国人の数は多い。
呪いをかけて殺そうとしたのだろうと、弟王子に賛同し、貴族たちは声も高らかにして次の王は弟殿下が相応しいと歌う。
虚しい苦労を続けているように見えるのだが、オストラヴァ王国の王位とは自ら簒奪したり、求めて手に入れられるようなものでは決してない。嫌でも、都合が悪くても、望んでいなくても自分の元に落ちてくる、それがこの国の王冠なのだ。
求めていたら王にはなれない、王になりたくないと思う者ほど、王位を授かることになっている。自分の父親を見ていれば分かるだろうに、なんて頭の悪い子なのだろうか。
「メルチェーデ、私を見てくれ」
「うるさいなぁ」
「名前を呼んでくれないのなら、ディオのこと、教えてやらない」
息子のエリアルディオがどうしたって?
「マウリッツォ、マウリ、ディオがどうしたんだよ?」
「古代遺物の打ち消す力に触れたことで、奴の女体化が治ったらしい」
「ええええー!男に戻ったのかぁ!」
呪いの所為で女体化した息子の姿はすごかった。
グラマラスだし、美人だし、女として無敵状態になったと言っても過言ではない。
もしも女体化した息子が男を連れて帰ってきたら、女性も王位を継げるように法律を変えてしまおうかなとまで考えていたのだが、息子は女体から戻ってしまったのか。
娘が出来たみたいでちょっと嬉しかったのに、もう、元に戻ってしまったのか。
「しかも、バジリオの報告によると覚醒済みの番を連れているそうだ」
「本当かよ!」
覚醒をしているという事は、先祖返りを意味している。
場合によっては竜化が可能かもしれないし、あらゆる魔法が使えるかもしれない。
我々は竜人の末裔ではあるが、覚醒をしなければ魔素も魔力も操る事が出来ないのだ。
私たちは大きなソファに座ってのんびりしていた。
昼近くまで寝て、遅い朝食を食べ、ケーキを貪り、午餐も好きなものを食べる。
会食もない、各国の要人との面談もない、食事会もないから、好きなものだけ食べていても誰も文句も言わない。
息子が覚醒済みの番を連れてくると言うのなら、今の私たちと同等の立場に立てる事を意味する。つまりは、面倒臭い王位なんてものは投げ捨てて、今後は好き勝手に生きても構わないという事を意味しているのかもしれない。
「番の竜が覚醒済みっていうことは!次の王はディオで決まりって事だよな!」
「しかも相手はエカテリーナの子孫らしい」
「エカテリーナだって!」
聖女と魔女のぶつかり合いで、聖女と共倒れとなったのは魔女エカテリーナと聖教では教えているが、魔女エカテリーナこそが、世紀を超えて異界の龍の娘と戦ってきた運命の竜(番の竜とも呼ぶ)という事になる。
二百年近く前には聖女と呼ばれた人でもある。
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