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絶望の果てにある力  6

お読みいただきありがとうございます!よろしくお願いします。

 もしも母がまだ生きていたのなら、私がこの地を目指す事はなかっただろう。

 もしもまだ、母が生きていたのなら、私は全てを捨て去る決意などしなかっただろう。


 パヴィアナ山脈の尾根が背後に迫る辺境伯家の領主館は、敵に攻め込まれた際には領民を引き入れて守れるようにと、要塞そのものの形をした無骨な建物になっている。歴代の当主は叔父のような武辺に富んだ人であり、父のような優男が当主に就くのは異例中の異例。


色々と揉めたらしいんだけど、結局父が当主となった為に、本来は叔父に嫁ぐはずだった母が父に嫁ぐ事になり、当主になる事が当たり前だと思われていた叔父が補佐に回される事になったらしい。


 父が叔父から母を奪い取ったんだなんて言いだす人もいたけれど、物心ついた時から目の前に広がる冷め切った夫婦のやりとりを見る限り、それはないなと子供心に思っていた。


 ただ、仕事が忙しい母が時々手にして眺めているネックレスは、父の瞳と同じ色となる紫水晶で出来ていたので、母は母なりに父に対しての愛情があったのだろうと今では思う。


 父が真実の愛を見つけたと言ってダニエラ・ビアンカ親子を連れて来た時にも、母は歯を食い縛るような表情を一瞬だけ浮かべていた。外に愛人を大勢抱えていた人だったけどその全ては軽いお遊びだったから、父が真実の愛だなんて言い出したのは、あの時が初めての事だったのかもしれない。


 そうして私たちが領主館を追い出された時には、周り中が全て敵となっていた。

 聖女である親子が正義で、当主との再婚を邪魔する母と私は、彼女たちの幸せを邪魔する悪でしかない。


 父の代わりに激戦と言われたクシャダス帝国との戦いに出た私を、内政を取り仕切り、民を守り続けてきた母を、擁護する者などほんの僅かなもので、世界の全てが敵意を剥き出しにして襲いかかってくるような、そんな感覚をその時は覚えた。


 春の訪れを喜ぶ祭りが村で開かれるからと言って、気晴らしに出かけたら良いじゃないかと言い出したのは誰だったのか。春の花で溢れる広場で、私たちの手を引いて喜びに顔を綻ばしたのは誰だったのか。


 小麦と水に蜂蜜を練り込んで焼いただけの素朴な菓子を持って、笑顔で駆け寄ってきた子供が母の腹部を刺した。子供の母親が母の首を刺し、父親が母の腹を蹴り付けた。

 群衆に取り囲まれる母の姿は人の波に攫われるかのように見えなくなり、逃げ出した私は自分の婚約者に腕を切断されて倒れた。


『切り口が綺麗だからすぐにくっつければ問題ないわ、周りの男どもは私がどうにかするから、あなたは逃げなさい』


 エリーナさんの声、意識を失った後はどう移動したかわからないけれど、気が付いた時には私は王都の大通りに一人で立っていて、聖地巡礼の出発地点である噴水の前で、巡礼者が被るための純白の頭巾を修道女から受け取っていた。


「あなたの旅が素晴らしいものでありますように!」


 修道女の眩しい笑顔に見送られて、他の巡礼者と並んで歩きだす。

 そうして私は巡礼の旅に出る事になったのだけど、聖女を尊敬しているわけでもないし、聖女の加護が欲しいわけでもない。

 ただ、昔、エリーナ様が言っていた、あの言葉を思い出す。


「幽霊が見えるのはあなたのキャラクター、体質みたいなものなのよ。だけど、全てが見えると情報過多で頭が痛くなってくる事もあるようだから、症状が酷くなったら聖都ロンバルディアを目指しなさい。あそこには、幽霊が見えなくなる古代遺物が残されているから」


 もう幽霊は見たくない。


 だって、これほど沢山幽霊がいるというのに、死んだ母の霊は私の元には来ないんだもの。私が心配じゃなかったのかな、私の事、実はどうでも良かったのかな。ダニエラの娘であるビアンカみたいに綺麗じゃないから私の事が疎ましかったのかな。私がビアンカみたいに美しかったら、父の関心は私に向いただろうにと思ったのかな?


 私は父に名前を呼ばれた事もなければ、頭を撫でられた事もない。

 そんな父は、ダニエラの娘であるビアンカの事を我が娘と呼び、頬にキスをして、実の娘を愛おしむような眼差しを送る。


 私が父に関心を向けられるような子供だったら、父と母はもっと仲良く出来たのかな。なんて埒もない事を考えながら、幽霊が見える自分の体質がほとほと嫌になる。


 母は潔い人だから、死んだ瞬間、あっという間にヴァルハラへと旅立ってしまったのだろう。魂は海の向こう側へと運ばれるというのだから、私は船に乗って新大陸を目指したい。


 聖教会の本部があるロンバルディアに私たちが到着した時は、すでに日も沈みかけいて、真っ赤な夕暮れの空が世界を覆い尽くすかのように頭上に広がっていた。

 

 聖都ロンバルディアは滅んだ街がそのまま取り残されているような場所であり、神の怒りを買ったという理由から人が住み暮らす事が出来ないという。

 唯一、ここに住居を構えることを許されたのが聖教の信者であり、彼らは聖女を崇め奉り、敬いながら、聖女の墓の上に聖堂を建て、彼女のために祈りを捧げる。


 本来ならこの時刻であれば、聖女への祈りを捧げる言葉が聖堂から漏れ出て来ても良いはずなのに、祈りは一つも聴こえてこない。


 パルマ公国と手を組んだロンバルディアの信徒は、公国軍をこの地に引き入れて、王国侵攻の手助けをする事になっていると聞いたけど、本隊の方はまだ公国の国境を越えてきてはいない。斥候となる部隊が先遣隊との合流を果たしたようで、捕まえた巡礼者を使ってどうやって楽しむかという話題で盛り上がっている声が聞こえた。


 野営を始めるパルマ軍には近づかないように気をつけながら、エリーナが言っていた場所へと向かう。



ここまでお読み頂きありがとうございます!

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本日20時に更新します。お読みいただければ幸いです!

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