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11-1. デートの誘いはお仕事のあとに(1)

 ルーナ王国の冬は行事が多い。年末には幸運の女神(フォルトゥナ)の祝福をみなで祈って約半月に渡りお祭り騒ぎを繰り広げるフォルトゥナ祭。から引き続き行われる、新年の祝い。そして2月(フェブルアリウス)には、雪の壁のあちこちにロウソクを灯して魔法師たちの描くあざやかな幻影で彩る雪灯祭。もともとはフェブルア神殿に贖罪に訪れる人々のために昼も薄暗い雪壁の道に明かりを灯したのが始まりだが、現在では地元民の作った雪像や魔法師たちが腕の見せ所とばかりに意匠を凝らした幻影を鑑賞し屋台での買い物を楽しみつつそぞろ歩くのがメインになっている。

 公爵が久々にシェーナを誘ったのは、この 『さあデートしてください』 といわんばかりのロマンチックな祭りだった。


「ところで…… マイヤーの処遇は決めた? 」


 横抱きでシェーナを馬車に乗せたあと隣にぴったりくっついて座り 「そのブローチもお母様の手彫り? 繊細で美しくて君にぴったりだね。それからその髪型、君のかわいさをよく引き立てている」 と取りあえずほめたあとの話題が、これである。シェーナは素直にガッカリした。


「せっかくのデートなのに、またマイヤーなんですか、公爵? 」


「ああ、本当だ。申し訳ない」 【せっかくのデート、か…… かわいいな。朝晩顔を合わせていてなにがせっかくなのかとも思うがね】


 いつもながら、心の声がひとこと余計である。結婚前から所帯じみないでいてほしい、と思うシェーナだが、もう手遅れなのかもしれない。

 公爵が気にするのも、わかるのだ。マイヤー出所後の処遇について、シェーナはもう決めてはいたものの忙しさもあってずっと言い出せないままだったから ―― しかたないか、と内心でひとつタメイキをついてから、シェーナは口を開いた。

 侍女長アライダのエステで金箔入りのクリームを塗ってもらって思いつき、やっと最近、なんとか実現できそうなレベルにまでなってきたことである。

 

「マイヤーさんは…… 出所したら、ムルトフレートゥムの金鉱で監督助手をしてもらおうと思っています。衣食住は保証しますが、ノエミ王女への償いのかわりに、給与は全額、貧民街への支援にまわします。これなら公平ですよね? 」 【仕事的にはかわいそうじゃないけど、不便な僻地で一生無給なんだから…… ノエミちゃんの分の仕返しはちゃんとできてるよね? 】


「ふむ、なるほど…… よく考えたね、シェーナ。金鉱なら彼の知識も活かせるし適任だ…… 無給は…… 必要なものは経費で落とさせればいいから、まあ仕方ないね…… だがシェーナは、それでいいのかい? 」 【アライダからは 『奥さまになんてことを決めさせるんですか! あんな男はバシッと! 草むした半地下牢に一生つないでおいてください! 坊っちゃまが、ですよ! 』 と言われたのだが…… 】


「もちろんですよ。重要なのは、同じ敷地内じゃなく、なるべく遠隔地、ってことなので」 【公爵ったらまた、必需品は経費とか、さらっと甘いことを…… でもとにかく、遠隔地だけは譲れないからね! 地下牢よりも僻地(へきち)! 】


 ムルトフレートゥム地方の金鉱は、そういう意味でもぴったりだったのだ。それに僻地の鉱山送り、と言っておけば、大体の人は悲惨な重労働をイメージするので 『身分を利用し犯罪者をかばいだてして云々』 という公爵への非難も避けられる。加えて、これまでそちら関連の事務を一手に引き受けていたマイヤーの知識も活かせる、となればまさに一石三鳥である。


「だが、あと4ヵ月ほどか…… もし代わりの人員が見つからなければ、見つかるまではマイヤーに引き続きこちらに入ってもらう、ということでもかまわないかな? 」 【とすると、その間はマイヤーには牢に住んでもらうしかないか…… あそこは雨漏りするから改修は必須だね。6月(ユーニウス)ころといっても夜はまだ寒いから、カーペットとタペストリーを入れて…… それに新しい毛布も。執務机と書棚も必要かな】


 牢を居心地よく改修し新しい家具を入れて罪人を迎え入れるなど言語道断ではあるのだが、罪は憎むが人は断じて憎まないのが、公爵という人なのだ。もし右のほおを殴れば、左のほおを差し出すどころか抱きしめてナデナデしてくるはず (ただし女性限定) である、たぶん。


「マイヤーさんの引き継ぎができる人ですか?

 ―― ここにいますけど? 」 


 シェーナはどやぁ、とばかりに胸を張って公爵を見上げた。このために、ここ数ヶ月必死で頑張ってきたのだ。


「基本用語はもちろん、帳簿のつけ方も覚えましたし、顧客リストは全て頭に叩き込みました。こちらはおもに資材調達と営業で、求人や労務管理は現地でやるので必要ない、と聞いてますが、それらもひととおり学びました。あとは…… しばらくは公爵の手をわずらわせるかもですが、慣れたら大丈夫なはずです。安心してエロ小説を書いていいですよ、ユーベル先生? 」


 あっけにとられた公爵の顔が、最後の 『ユーベル先生』 で苦笑にかわる。 


「まいった…… 知っていたんだね」


「本当は公爵が言ってくれるまで待とうと思ってたんですけどね。けっこう限界でした」


「それは、黙っていてすまなかった…… 」 【それほど前から……? 態度が変わらなかったから油断していたのに…… まいったな】


「バルシュミーデ兄弟社のジグムントさんには、半年後にはロティーナちゃんシリーズ最新作を書けそう、って言ってくださってかまいませんよ? 」


「そこまで知っていたんだ? 」


「だってジグムントさんにせっつかれて、あせってらっしゃいましたよね、めずらしく」


「ばれていたのか…… 誰にも気づかれていないと思っていたのにな」


 シェーナに指摘されて、ガックリ肩を落としている公爵はなんだかかわいかった。 『心の声が聞こえるのでわかった』 とあやうく打ち明けかけて、踏みとどまるシェーナ。特性がばれたら嫌がられるかも、と思ったわけではない。よく考えたら、何もかもシェーナより勝ってる公爵に対して唯一アドバンテージをとれる事柄が心の声なんである ―― いっときのかわいさに負けて簡単に手放す必要はない。


( 『どうしてだか僕のことをよくわかってくれてる』 感があるなんて最強…… のはず、だし…… ね? )


 街に入り、常歩(なみあし)にかわった馬車の窓から見える雪の壁は、無数のロウソクの灯であたたかい色に染まっている。公爵とシェーナはしばし無言でそれを眺めた。公爵の心の声が少年のころの思い出を語る ―― ルーナ・シー女史の父であるクローディス前伯爵が雪壁に描く幻影がことに好きだった、と。シェーナはシェーナで、王宮の役人と神殿の神官たちが貧民街の雪壁を彩りに来ていたことを思い出してしている。残されたロウソクを集めてみんなでわけることを彼らは知っていて、いつも大量のロウソクを飾ってくれていたのだ。

 たとえ、()()()()()()がずっと公爵のなかに健在だったとしても。こうやって少しずつお互いの時間と秘密を重ねて築き上げていける関係だってあるはずだ ―― と、今のシェーナは思えるようになってきている。なぜなら、時間だけはたぶん、あるのだから…… 公爵にとってはパセリみたいな結婚だけれど、なにがあっても彼は絶対に婚約破棄なんてしないだろう。


(うん、だから、急がなくても大丈夫)


 シェーナが改めて己に言い聞かせたとき、馬車は、雪壁に囲まれた広場にゆっくりと止まった。

 馬車から降りたシェーナは、小さく歓声をあげた。馬車からは真っ白で何も描かれていないように見えた雪の壁 ―― だがよく見れば、そこには無数のスノードロップが雪を割って花開かせる幻影(シーン)が映されていたのだ。スノードロップはルーナ王国では真っ先に春の訪れを知らせてくれる花。人々は厳しい冬に耐えつつ、この花を見つけるたび、心のなかに小さな希望を1つずつともしていく。


「公爵はスノードロップ、お好きですよね? 」


「逆にこの国でこの花嫌いなひと、いる? 」


「たしかに」 【でも()()()()()()がいるせいで、よりお好きなんですよね? なんて…… 聞けないなぁ】


 寄り添って雪壁を鑑賞しつつそぞろ歩く。最初のデートのときのようには、公爵はおしゃべりでない。会話はしばしば途切れがちで、けれどもそのために戸惑ったり申し訳なくなったりすることもない。黙っていても空間を共有できていることが、シェーナには心地よかった。

 やがてふたりは広場を離れ、路地のひとつに入っていった。目抜き通りの特に華やかな雪壁や雪像ももちろんいいが、それぞれの創意工夫が面白い路地のものを気ままに見てまわるのも、雪灯祭の楽しみのひとつである。


「―― って、こっち、貧民街ですよ公爵? 」


「なにか問題でも? 」


 古びたアパート群が雪で化粧され、無数のロウソクがひときわ明るい広い道 ―― だが買われる気配のない紙の花のカゴを腕にさげた娘が凍えた手を白い息で温めつつたたずみ、商魂たくましい者が祭りに乗じて煎った()()()を売る街角は、間違いなく貧民街だった。シェーナが警戒しているのは、父が今住んでいるのが、この一角から大きい道を一本隔てたかろうじて中産階級の人々が暮らす地区だからだ。まさかとは思うが、公爵はシェーナの父親にまでダダ甘さを発揮するつもりなのだろうか。


「あの、公爵? 知らん顔してわたしを父に会わせるつもりなら、お断りですからね」


「たまには会ってあげたら、どうかな? ずいぶんときみのことを心配されていたのに、放っておくのも気の毒だろう? 」


「あんな権力亡者の小役人…… うーん、そうですね。いずれは会いますけど、今日はイヤですよ? 」


「…… そう? なら、お父上に会いたくなったらいつでも言ってくれたまえ」 【せっかくだから、 『お嬢さんと結婚させてください』 などと頼んでみようかと思っていたが…… まあ、イヤならしかたないね】


「はい。ありがとうございます」 【そんな恥ずかしいこと、イヤに決まってますよ、公爵! 】


「ありがとうだなんて、そんなに大したことではないよ ―― ああ。ここだったかな」


 ふと公爵が足を止めた。四つ角の、一方に行けば貧民街の外れの娼館。一方に行けばシェーナの父が住む家だ。


「だから父とは今日は会わないって…… 」 【割かし本気でせっかくのデートなのに、わかってませんね、公爵!? 】


「違うよ。覚えてない? 」


 公爵の美しい顔が、いつもよりもさらに優しく微笑んだ。どくん、とシェーナの心臓がはねあがる…… が。


「すみません。なんのことだか、さっぱり」


「そうか…… まあ、君はまだ小さかったからね? 12歳くらいだったかな」


「へ? 」


「ここ ―― 君と僕が、初めて出会った場所なんだが」


【まあ、覚えていなくてもしかたなくはあるね】 と公爵の心の声が残念そうにつぶやいた。シェーナは一生懸命に記憶の底をさらい ―― 


「あっ、もしかして…… 」


 ついうっかり、無作法にも公爵を指さししてしまっていた。


()()()()()のお兄さん! 」


「えっ…… 」


 めずらしく驚いた顔で絶句した公爵。その内心の声は  【まさか、それで覚えられているとは…… いや、たしかに思ったが、口に出して言った覚えは…… ううん、しかし僕も当時は今よりもう少し、(すさ)んでいたからね…… 】 というものである。けっこうな混乱っぷりに、シェーナはまたしても 『心の声が聞こえる』 と打ち明けたくなったが、ぐっとがまんした。


 ―― だってもしこれが小説なら、ミステリアスな女に見えたほうが断然、魅力的だと思うのだ。 


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― 新着の感想 ―
[良い点] 勘弁してあげて、シェーナちゃん。 エロ小説書いていることが奥さんにバレるって、とても恥ずかしいことなのよ?(経験談) あっ! これって6話でちょこっと出てきた、暴漢から助けてくれたヘンな…
[一言] これはいつもに増して、次回が楽しみな引きですね。
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