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9-2. 事件の真相は心のなかに(2)

 シェーナが動揺しているのを見てとったのだろう。父親はもったいぶって口を開いた。


「そいつはな、ノエミ王女を毒殺しようとした侍女に毒入りジャムを渡したのは自分だ、と言ってきたそうだ。侍女は何も知らなかったんだ、罪はないから解放してやってくれ、と人が集まるのもかまわず盛大にごねまくったんだと ―― おかげで今、宮廷内ではその話題で持ちきりだよ。ノエミ王女がここのところ体調不良なのは、毒を盛られたからだったんだよ。まさか、公爵家の使用人が関わっているだなんてなあ…… 」


「質問に答えてませんけどお父さん? その使用人って誰? 毒殺しようとした侍女って? 」


「こら生意気だぞ、子どものくせに ―― たしか毒を渡したほうの名前が、ヨルク・マイヤー。身分は男爵だから、上級使用人ってとこだろうな。会ったことあるか? 侍女のほうが、たしか…… マクシーネ…… とかいったかな」


「…… うそ 」


 シェーナにはこういうのが、精一杯だった。

 クローディス伯爵邸に移ってからこっち、周囲の気遣いもあってか捜査についての情報がシェーナの耳に入ることはなかったのだ。とりあえずシェーナへの疑いは晴れそうだと伝えられたのは、たしか2日ほど前だった ―― だが、ノエミ王女お気に入りの侍女が直接の犯人だったと急に知らされても、すぐには信じがたい。マクシーネは幸薄さが顔にあらわれてはいるが優しいひとで、ノエミ王女をとてもかわいがっていたはずなのに。それにまさか、その彼女に毒を渡したのが、マイヤーだったなんて。彼は心の声がまったく聞き取れず薄気味悪いところはあったものの、勤務態度はまじめで公爵や執事のクライセンからの信頼も厚かったはずだ。

 父の言うことが本当なら、きっとリーゼロッテもノエミ王女も公爵家のみなも、改めてショックを受けていることだろう。


「みんな…… 公爵にクライセンさんにアライダさんも…… 大丈夫かな」


「さあな。ダメージはでかいだろうが…… な、シェーナ。だから、公爵家が落ち着くまでは、いったん、お父様と家に帰ろう」


「う…… でもいやだし…… 」


 一瞬だけ 『実家に戻ったほうが公爵に迷惑かけないかも』 と弱気になってしまったシェーナだが、悪の大商人のごとく笑う父親の心の声で我に返った。


【はっはっはっはっ…… 昔からこの子は、ひとに迷惑かけるぞ、ってのが効くんだよなぁ…… 本当に良い子でお父様は鼻が高いよ。マイヤーとやらも、いいタイミングで自首してくれたものだ。これでシェーナの結婚式に公爵家から迎えの馬車がくれば、我が家も公爵家に嫁を出した名家として近所に知れるというもの…… 花嫁姿のシェーナ…… 萌ぇぇぇ お父様お嫁にいかせたくなくなっちゃったらどーしよー…… 】


 いろいろな感情と打算がないまぜになってなかなか評価しづらい父親の本音ではあるが、取りあえずシェーナは腹を立てた。

 

「お父さんのそういうとこ、嫌いだし尊敬できない」


「うん? どういうとこだ? 」


「わたしを利用しようとしないでよね」


「なにを……! 子どもが親のために役に立つのは、当たり前だろうが……! 」


「わかった。もう2度とうちには帰らない」


 売り言葉に買い言葉ではあるが、けっこう本気だ。ワガママといわれようが親不孝といわれようが、父親だからこそ、嫌なのである。


「シェーナ! 言うことをききなさい! 育ててやったのになんだその態度は! 」


「親が子どもを育てるのは当たり前なんですー。恩着せがましく恩返し要求するとか本当うざいんでやめてくださーい。ハサミムシの親は飲まず食わずで卵を守ったあと、生まれてきた子どもに喜んで食われて栄養になるのに、お父さんったらハサミムシ以下よね」


「 シ ェ ー ナ ! 」


 延々と続きそうな親子ゲンカを遮ったのは、メイリーだった。


「お言葉ですけど、ヴォロフ男爵。シェーナちゃんの身柄はリーゼロッテ殿下の要請で、我が家で預かっているんですよ。もし動かしたいのであれば、まずはリーゼロッテ殿下をとおしていただかなければ」


 明るい口調だが、実は怒っているのだ。金に近い明るい茶色の瞳が、驚くほど冷たい ―― 妙なところがルーナ・シー女史(ははおや)似だな、と思ったシェーナだが、言うと嫌がられるのは確実なので黙っておいた。


「リーゼロッテ殿下だと!? なぜここでリーゼロッテ殿下が出てくるのだ? 」


「この件はもともと、リーゼロッテ殿下の預かりだったんですよ。箝口令(かんこうれい)を敷き、近衛隊の信頼できる者にチームを組ませて捜査に当たっていたはずなんです」


「思いっきり知れ渡っておるではないか」


「なぜかワイズデフリンとかいう年かさのご婦人に、情報が漏れたんです。彼女がシェーナちゃんが犯人だと騎士団にタレ込んだため騎士団が動いて、事件が周囲の知るところとなってしまったわけです」 【ク○迷惑とはこのことよね。おかげでシェーナちゃんがお泊まりしてくれるのは嬉しいけど! 】


「ワイズデフリン? 聞いたことある名前だな? 」


「まあ、ある意味で有名なひとですから。ともかく、あのオバサンのせいで騎士団がシェーナちゃんに疑いをかけて連行しようとしていたところを、リーゼロッテ様が横やり入れて我が家に預けることにしてくださったんですよ」 【本当はお母様がリーゼロッテ様の名を無断借用して事後承諾とっただけだけどね! 】


「うむう…… そ、そういうことなら…… その、結婚式の前日だけでも我が家に帰るというのは」


「あのですね、わかってらっしゃいますか? リーゼロッテ様の預かりだから、動機的に真っ黒だったシェーナちゃんを監獄送りにしなくて済んだんですよ? 」


「そんな…… だってシェーナが誰かに毒盛ったりなど、そもそもするはずないではないか」


「そんなこと騎士団のひとたちにはわかりませんよ。そもそも今ね、結婚式どころじゃないでしょう公爵家のほうだって。どれだけ呑気なんですか、ヴォロフ男爵。 『公爵家も大変だから』 とか言いつつシェーナちゃんを連れ戻したいだけなのが見え見えですよ」


「だって…… だって、たったひとりの娘だもん」


 遠慮など皆無なメイリーのツッコミに、シェーナの父はガックリとうなだれた。さすがに、かわいそうになったのだろう。このあとメイリーは語調をやわらげて、シェーナを連れ戻したいのであればリーゼロッテの許可を得る旨を再度、伝えたのだった ―― もっとも、これを本気にしてリーゼロッテにお伺いを立てにいくようならば人格疑うレベルではあるけれど。

 結局シェーナの父は、肩を落としてしおしおとクローディス伯爵家をあとにするしかなかった。だが、しかし ―― その日の午後に今度は、その人格疑うレベルのことをあっさりとやってのけたひとが、訪ねてきたのだった。




「シェーナ、しばらく会わない間にますますきれいになったね。元気そうでなによりだよ。さあ帰ろうか。ロティから許可はもらっている。例の事件の容疑者はマイヤーとイザベル…… ワイズデフリン伯爵夫人で決まりだそうだから、シェーナはもう大丈夫だ。ワイズデフリンのほうはまだ容疑を否認しているが、時間の問題かな」


「ちょっと公爵? いつもの余裕はどうしたんですか? やっぱり忙しいんですね? 」


「まあ、多少はね」 【各方面への謝罪だとか言い訳だとかマイヤーが抜けた分の仕事だとか海軍の部下がやらかしてたミスの後始末だとかもうこれ以上〆切待てませんとゴネるジグムントさんをなだめてシー先生のほうにけしかけるのとかがね…… あまりに一度に用事がありすぎて、かえって面白いといえば面白いが】


「でしたら、おじさま。落ち着くまで、シェーナちゃんはこちらでお預かりしますよ? ね、シェーナちゃん」


「メイリーちゃん、ありがとう ―― ってわけなんで、ここにこのままいさせてもらっても大丈夫ですよ? だって今の状況だと、わたしはお邪魔ですよね? あとワイズデフリン伯爵夫人が容疑者って、どういうことですか? 」


「最初の質問の答えは、邪魔などとんでもないよきみがいないと寂しい。で、あとのほうの答えは ―― 」


 お茶の時間に来訪しながら、急ぎ用意されたティーセットに手をのばすどころか、椅子に座りもせずにまくしたてる公爵。その説明によると、騎士団はマイヤーの自白により、ノエミ王女服毒事件の主犯をワイズデフリン伯爵夫人にしぼったらしい。マイヤーはワイズデフリン伯爵夫人に頼まれてジャムに毒薬を入れ、ノエミ王女の侍女マクシーネに渡したのだそうだ。ちなみにワイズデフリン伯爵夫人がそれを行った動機は、シェーナを陥れるためだという。


「すまないね、シェーナ。彼女はプライドがとても高いひとだから…… お茶会の招待を僕に断られて、きみを逆恨みしたんだろう。花束ではなく、ダイヤと金のネックレスでもあげたほうが良かったかな」


「いえそれはそれで、なんだかとんでもなくイヤですよ? 」 【わたしがね! なにしろ心が狭いもので、ごめんなさいね! 】


 公爵はわざとボケているのだろうか、と怪しみながらもシェーナは、ツッコミはそこそこに肝心な疑問のほうを口にすることにした。公爵の説明は一見、筋がとおっているようでいて、なにかを隠されている感じがしたのだ。スルーするのも気持ち悪い。


「でもマイヤーさんったら、どうしてワイズデフリンのお願いなんか」


「そこが僕としても不思議なところだ。騎士団はワイズデフリンの色気にしてやられたんだろうと言っているが、マイヤーは…… 」


「そんなひとじゃないですよね」


 美女の色気にしてやられるような部分が少しでもあれば、シェーナはマイヤーをあれほど不気味だとは感じなかっただろう。マイヤーの不気味さは、色も欲もふくめて、まるで心をどこかに置き忘れてしまったようなところにあったのだ。

 だが、そんなひとじゃない、というシェーナの意見には同意しつつも公爵は少し違うことを言った。


「彼は奥さん一筋だから…… 自首したのはおそらく、マクシーネに疑いがかかったからだろうね。助けてあげたかったんだろう」


「え? マイヤーさんって暴力夫じゃ。それに、あのマクシーネさん!? マイヤーさんの奥さんだったんですか!? 」


「そうそう。マクシーネは、マイヤーから逃れさせるために、公爵家からの紹介という形でロティの侍女にしてもらったんだよ。それをまた、あとで王宮にきたノエミ王女に、ロティが譲ったと聞いている。体術ができるから護衛に、ということだったが…… 本音でいえば、王宮のほうが侯爵家よりも安全だからだろう」


「安全て」


「侯爵家の周囲はうろつけても、王宮の周辺はさすがに無理だろう? ―― ノエミ王女が侯爵家の別荘に家出したのは、予想外だったが…… まあ、そこまで近所ではないし、僕がマイヤーを止めておけば大丈夫かと油断していたんだ。だが、マイヤーは勝手に動いてしまった…… まったく今回は、しまった、としか言いようがない」


「えと、でも…… やっぱりおかしくないですか? 」


「そう? どうして? 」 【気づいたか…… やはり僕の奥さんは頭が良いね】


「ノエミ王女が家出したのをワイズデフリン伯爵夫人が知っていたとしたら、マイヤーさんとワイズデフリン伯爵夫人はもっと前からつながっていたことになりますよね? だってノエミ王女の家出って秘密になっていて、だからリーゼロッテ様が侍女を使わずに直接、わたしを迎えにきたくらいですから…… 」 【珍しく心の中でほめてくれてる……? のがなんか悪役っぽく見えるんですけど公爵!? 】


「そのとおりだね、シェーナ」


「でもそれなら、ワイズデフリン伯爵夫人は別にノエミ王女に毒を盛らなくても良いんじゃないでしょうか。マイヤーさんを使って、わたしに直接毒を盛ったほうが確実に邪魔者を消せるはずっていうか…… 」


「うん、正解だ。だけど、これが騎士団の調べた結果だからね…… もし僕たちが横やりを入れるのであれば、確たる証拠がなければいけない」 【イザベルはおそらく、主犯でもなんでもない…… だが、もし主犯にされたところで、()()()()()()()()のおかげで減刑は確実だろうから…… 申し訳ないが、マイヤーのために利用させてもらいたいな。マイヤーが主犯になってしまえば、公爵家として彼をかばいにくくなってしまう】


「ふうん…… 大人の事情というやつですね」


 とは言ったものの、シェーナは思い切りモヤモヤした。

 あのワイズデフリン伯爵夫人のパーティーの夜わかったこと ―― 公爵は、シェーナを必ず守ってくれる人だ。そして同じように、長く公爵家に勤めているマイヤーも守りたいのだろう。それはわかる。

 ―― でも、だったらワイズデフリンが無実の罪をかぶってもかまわないのか?

 シェーナは、それでいいとは思えなかった。ワイズデフリンとは、喧嘩を売られて売り返してお互いにワインぶっかけあった挙げ句に、シェーナ自身が事件の犯人に仕立てられそうになった仲ではあるけれど…… それとこれとは、別だ。


「とにかくそういうことで、きみへの疑いは晴れたんだよ。だからもう大丈夫。帰ろうね、奥さん」


「帰りません」


「え?」


 きれいな瑠璃と琥珀のオッドアイが、驚きに丸くなる。戸惑ったように見つめてくる公爵に、シェーナは言い放っていた。


「公爵のことけっこう好きになってたんですけど…… 今の公爵は、なんかイヤです」

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― 新着の感想 ―
[良い点] >「だって…… だって、たったひとりの娘だもん」 ↑↑↑ 子煩悩なだけの馬鹿親だったなら、同情率が高い台詞だったんですけどねー。 「なんだもん」とか可愛く言っても誤魔化せません(笑)
[良い点] _人人人人人人人人人_ > ハサミムシ以下 <  ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y ̄ パパンはイラっとするけど、どうも嫌いにはなり切れませんねw
[一言] はい、シェーナの気持ち分かります。
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