5-1. 過去のプロポーズはティータイムに(1)
「つまりはイケオジにほぼ一目惚れだったけど、相手の態度はさておき心の声がしょっぱめだったからムカッときてリベンジを誓うも目処がたたないと、そういうわけね。シェーナちゃん」
「そんな激安セール中のチョロインみたいに言わないでよぉ、メイリーちゃん…… 」
果物の載ったムース、焼き菓子にチョコレートにアイスクリームが彩りよく盛られた3段のケーキスタンドと歯に衣着せない性格の親友を前に、シェーナはガックリとうなだれた。
―― リーゼロッテの別荘に家出中のノエミ王女と初めて会って、ひと月ほどたったころ。シェーナは王宮前の大通りで人気のカフェ 『アクア・フローリス』 にいた。
聖女だったころは、いつも慰問へ行く馬車の中から眺めるだけだった憧れの店。そこで高級ドレステーラーから届いた新しいデイドレスを着て親友と待ち合わせし 「シェーナちゃん、なんだかキレイになってない? 」 などと驚かれて店で一番お高いアフタヌーンティーのセットをふたりでつつきながらおしゃべり …… という、楽しくないわけがないイベントである。おまけにメイリーはシェーナが心の声を聞くことを知っていながらも全く気にしない子なので気遣いが一切いらず、おしゃべりは普段の倍以上よくはずむ …… なのに、話題はどうしてもシェーナの現在の同居者 ―― 公爵なのに女たらしで評判悪すぎて40歳になるまで独身だった新しい婚約者のほうに寄ってしまう。
なぜならその親友の母親兼人気作家のルーナ・シー女史が公爵とは旧知の仲であり、親友自身も 『おじさま』 と親戚扱いするほどに公爵を慕っていたからだ。つまり興味津々なのである。
「わたしは別に、公爵のこと好きとかじゃないし。腹立つだけだし」
「えー…… ちょっと、もう1回、その溺愛っぷりを説明してみて? 」
「溺愛ってほどじゃ 「ないとかいったら、神罰がくだるレベルよシェーナちゃん」
3歳も年下の少女とは思えないキレの良さで返されて、シェーナはしぶしぶ、公爵家での日常をまとめて説明しなおした。溺愛ではあるかもしれないが心の声がアレである以上は神罰がくだるレベルではない、と思いながら。
―― 朝起きて顔を合わせると (たしかに公爵の顔面は眺めるだけで眼福だとは思う) 、まずはほめられる。
「おはよう。僕の奥さんは、今日もかわいいね。さっき寝言で 『もう食べられない』 と言っていたのは、とてもほほえましくて和んだよ。かわいかったから、もう1回言ってみてくれないかな? 」
「いえいえ、寝言は寝て言いますよ公爵」
ここで恥ずかしがると、これまたかわいいとにかくかわいいと軽いスキンシップつきで愛でられてしまうのでサラリと返すのがコツである。すると大抵の場合は面白がられて、寝起き後の延々と続く 『かわいい』 関連の激ほめループがようやっと終了する。
ちなみに初めての朝に公爵がフェードアウトしていたのは、リーゼロッテの予想どおり 『嫌がられているみたいだから引いた』 とのことだった。だが 『公爵の存在そのものが不快なわけではなくナニするための心の準備がまだできていないだけ』 というシェーナの説明と、侍女長のアライダの 『新妻を放っておかれるなんて、まったくなっておられません坊っちゃま!』 という叱責で、めでたくとかじゃ別にないけどともかくも、朝から晩寝る前までしっかり顔を合わせて賞賛漬けにされる日々となったのである。
なお寝室は、アライダがうるさく言うせいで毎日公爵と同じ部屋である。もちろんベッドも同じ。毎晩、公爵は当然のように腕枕をしてくれるのだが 『まだ心の準備が』 と言っておけばそれ以上のことはしてこない。そもそも、腕枕自体がウッカリなにかしちゃわないよう拘束する目的である。あまりにもあっさりして紳士すぎるので自分にはまるっきり魅力がないのでは、と心配になるほどだ。
だがともかく、公爵が 『シェーナとの結婚などパセリ同然』 『とりあえず溺愛しとけば満足でしょ』 などと思っているうちは絶対に大人な交渉なんてしない、と決めているのでまぁいっか ――
「シェーナちゃんに魅力がないのではないと思うわ。おじさまは評判悪いけれど、嫌がる人と幼女には基本、絶対に手を出さないのよ? 」
「なんなのそれ」
「トラブルになると面倒だからでしょ、って母は言っていたわ。けれど、逆にいえば条件さえ合えば年齢上限なくウェルカムだそうだから、それで評判悪くなっちゃうのね。おじさま優しいから、理由もないのに断ると誘ってきた人に恥をかかせることになるのがイヤなんですって」
「それ結局は、女好きなだけなんじゃ」
「そうねえ、否定はしないけど……」
シェーナより3歳年下の親友は、おとなびた眼差しで断言した。
「ガタガタこだわってると、ほかのもっとボンキュッボンな体型の手入れの行き届いた令嬢にとられちゃうかもよ? 言っておくけど、おじさまが評判が悪いのは、主に男性貴族のやっかみ込み込みな意見だからね? 」 【私にも 『おじさまのお嫁さんになるの』 とか言ってた時期があったくらいだし、ね】
親友の心の声がとんでもなく引っ掛かったシェーナだが、ここでこだわるとまた 『つまり好きなんでしょ』 と認めたくないことを言われてしまいそうなので、あえてスルーして次の説明にいくことにした。
―― 朝、目覚めたのちしばらく言葉を交わしていると、やがてアライダがお菓子とお茶の 『おめざ』 を持ってくる。そのお菓子を公爵はとろけるような笑みを浮かべつつシェーナに食べさせてくれる。最初に断ったら、いつぞやと同じようにあっさり引きつつも内心で大反省会が催されている模様だったのでかわいそうになり、しかたなく食べさせてもらうことにした ――
「それ、ほかの令嬢の前では言わないようにね、シェーナちゃん。 『しかたなく』 なんて言ったらパーティーでワインひっかけられるかもよ?」
若干、青ざめるメイリーに 『わかってる』 とシェーナはうなずいた。個人の心情を云々せずに状況だけ見るならば、シェーナは相変わらず、たまたま聖女の印を持っていただけで王家に連なる婚約者 (しかもかなりのハイスペック) を獲得した、鼻持ちならない成り上がりなのである。
もっとも今のところ、ほかの令嬢たちに出会う機会はまだない。侍女長アライダには嘆かれているがここひと月というものずっと、シェーナは社交よりも図書館にこもるほうを選んでいるからだ。ちなみにそれを尊重して公爵までが、パーティーやお茶会などの招待を一切断って図書館通いに付き合ってくれている。
―― 公爵だけ社交に行ってこられても別にかまいませんよ、と何度かシェーナは言ってみたが 『かわいい奥さんと一緒にいるほうがいいよ』 【休暇中に仕上げてしまいたいしね】 と、上っ面な溺愛セリフとよくわからない心の声で返答されるのが常なのだ。仕上げるっていったいなにを。
「あら、じゃあ、おじさまが若い新妻に夢中で、館に引きこもって甘々な新婚生活を送ってる、っていう噂も、あながち嘘じゃないのね」
「いえそれは全然ないと思う」
「でも、お茶会を執事が見つくろった花束ひとつでドタキャンされたワイズデフリン伯爵夫人は怒り狂っているそうよ。平民あがりの小娘ごときにこのあたくしが負けるなんて、ってね」
「なにそれこわいんですけど」
実際はそんなものじゃないのに、と首を少々ひねりつつ、シェーナはさらに続きを親友に説明した。
―― 顔を合わせている限り、これでもか、といわんばかりにほめ言葉を浴びせてくる公爵だが、図書館では使用人も立ち入り禁止の完全プライベートルームにこもっている。そこで軍務とはまた別の仕事をしているようなのだが、シェーナもあまりつっこんでは聞いていない。
その間シェーナは、図書館の片隅にさりげなく置いてある座り心地のやたらいいソファで適当な本をパラパラめくってみたり、なぜかきっちり揃っているルーナ・シー女史の大衆向け恋愛小説を読みふけったりして過ごす。お昼に近くなると、読書をアライダのオススメ本リストに沿った堅苦しい、もとい文学のかおり豊かで高尚なものに切り替える。アライダがクライセンと一緒に昼食を運んできてくれるからだ。
(余談ながら、シェーナが王女の別荘に忘れてきたそのリストを翌日取りに行ってくれたのは結局マイヤーだった。公爵が他の者に命じようとしたときには、もう気を利かせて行ってしまったあとだったのだ。シェーナにとっては苦手な男だが、職務熱心には違いない)
そして、図書館の中庭に面したこぢんまりとして陽当たりのよいサロンにて公爵とふたりきりの昼食。公爵は話し手としても優秀だが良い聞き役でもあり、シェーナがとりとめなく話すのを楽しそうに聞いてくれる。その合間に、ソツなくシェーナの口に食べ物を運ぶ。なんだか申し訳ない、と遠慮すると、シェーナも公爵に食べさせてくれればお互い様だと持ちかけられ、断るのもやっぱり申し訳ないので仕方なく公爵に食べさせてあげている ――
「ごふっ……」
「メイリーちゃん、どうしたの? 大丈夫? 」
「ごめんなさい、むせちゃった…… げふげふ。大丈夫だから、続きをどうぞ? 」
「うん…… ほんとに、大丈夫? 」
「ええ、心配ないわよ、シェーナちゃん」 【むしろこんな話をシラフで語れるアナタがすごいわ! 】
「えええ? 」
そんなすごい話はしていないはずだが、と首をかしげつつ、シェーナは親友のリクエストに応じた。渦中にいる人間は、しばしば己のことが見えていないものだが、今のシェーナはまさにそれである。
―― 昼食のあとは特に用事がなければ、お茶の時間まで詰め込みレッスン。特にダンスが難しいと嘆いていたら、公爵がレッスンに付き合ってくれるようになったのだけれど、けっこう密着することが多いので緊張して、より頭に入りにくい気がする。それでも公爵はがまんづよく何度でもやり直しに応じてくれるので、申し訳ない限りである。
そのあとお茶の時間になると公爵がまた、やたらとほめまくってくれながらお菓子をあーんと口に ――
「うん、甘々な新婚生活を送るバカップルにしか見えないわよそれ、シェーナちゃん」
「だから! 心がこもってないの! 心の声は、常に冷めてるんだってば。パセリがメインディッシュには絶対にならないのよ? 」
「これで心がこもってたら胸ヤケするレベル。うちの両親並みの変態になっちゃうわよ」
メイリーはこれ見よがしにミントティーを飲み、ふううう、とため息などついて見せた。メイリーの両親であるルーナ・シー女史と実業家のクローディス伯爵はオシドリ夫婦として有名だが、仲が良すぎて娘であるメイリーから見れば 『ただの変態』 になってしまうようだ。
メイリーによれば、クローディス伯爵は妻を甘やかしまくっているようでありながら、その実とんでもないヤンデレなのだという。あのベッタリに耐えられるのはルーナ・シー女史が変態だからにほかならない、と力説してミントティーをまたひとくち飲み、深くためいきをついた。
「母もどうして、おじさまにしとかなかったのかしら…… すっごく好条件だったそうなのに」
「それどういうこと、メイリーちゃん」
なんとなくイヤなものを感じて聞き返すシェーナに、メイリーは世間話でもするようにあっさりと答えたのだった。
「母はね、おじさまにプロポーズされたことがあるんですって」




