表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/40

4-2. 新旧婚約者の対面は平和のうちに(2)

 リーゼロッテによれば 『ハインツ王太子は婚約破棄宣言をしたことにより、一番ヘイトされてはいけない人から最大限にヘイトされてしまった』 と、そういうことであるらしい。


 ―― ノエミ王女は、約20年前に隣国マキナの政変により亡命してきたオルサ王女の遅い子どもであった。もともとルーナ王国としてはオルサ王女を王室に迎えることを希望していたのだが、オルサ王女はかたくなに、平民として生きることを選んだ。そしてのちに、亡命を助けてもらったまま生き別れになっていた騎士と再会し結婚。娘にも恵まれ、ようやっと平凡ながらも幸せな人生を送ろうとしていた矢先に夫ともども流行り病にかかり、相次いで命を落としたのである。

 ルーナ王国は、これ幸いとばかりにまだ幼い娘 ―― ノエミ王女を保護し、ふたまわり以上も年上のハインツ王太子を婚約者としてあてがったのだ。

 血筋的にマキナでの正統性を主張できるノエミ王女が、もし野心ある他国に拾われでもしたら、戦乱の火種になりかねない。それを未然に防ぐことは平和な存続を願うルーナ王国にとっては当然の判断であり、個人の都合も感情もはさみようがないのだ。

 それでも、生きている限り人からは感情も欲も消えることがない ――

 

「まだ3歳だから、婚約破棄の意味なんて知るはずもないし、教えないよう箝口令(かんこうれい)をしいていたんだけれど…… 身分と権力がある人にすり寄ろうとする者には、どうやら効かなかったようよ。で、あのパーティー中にはもう、わいてでていたのよ某害虫がね! 」


 その某が、ノエミ王女に向かって 『ど貧民上がりの聖女などより、あなたのほうが王太子にはふさわしい。あの女が聖女の座を追われて婚約破棄されたのも、身の程知らずだからですな。ザマアミロ』 というようなことを言ったところから、ノエミ王女はあの誕生日パーティーでシェーナがされたことの意味を知り、ヘソを曲げてしまったのだそうだ。

「ノエミ、おにいたまなんて、ちあ(知ら)ない! わうい(悪い)ひとのおよめたんになんて、なあない(ならない)もん! 」 と、パーティーが終わってすぐに王太子と会うことを拒絶。ゆるゆる始まっていたお妃教育も一般教育も断固拒否。オヤツは食べるが食事はとらない。困り果てた侍女に相談されて、リーゼロッテがノエミ王女をしばらく預かることで落ち着いたそうだ。

 聖女なお姉さんではなく自分のほうが選ばれたことで気分を良くしたりするタイプでないあたり、なかなか性格のできた子だな、とシェーナは思った。こうと決めたら譲らない意思の強さといい、シェーナなんかよりよほど未来の王太子妃にふさわしいに違いない。そう考えても、不思議と胸は痛まなかった。

 だが、リーゼロッテは憤然としていた。


「まだお母様が亡くなったことも理解できてないような小さな子にあんなイヤらしいお世辞を言って懐に入り込んで意のままに操ろうなんて、ほんとあり得ないわ。ミジンコから人生やりなおしてミジンコのまま終わればいいのに」 【あのク○老害が】


「お母様が亡くなったこと、ご存じないのですか、ノエミ王女」


「王宮では、ノエミ王女にきかれたら 『オルサ様は病気の療養で祖国に帰られた』 と答えることになっているの。マキナの医療はルーナ王国より進んでいるから」


「なんて残酷な」


「シェーナちゃんは隠し事がキライだものね。けれど、誰もやりたくないのよ。熱心に 『あなたはもうお母様と2度と会えません』 と説明して納得されて尋常なく落ち込まれる役なんて。可愛い子だから、侍女たちはみな、彼女が寂しくないように配慮しながら、自然に気づくのを待っているわ」


 ノエミ王女はいつ気づくのだろう、とシェーナは思った。

 母親が亡くなったこと。全てのことを隠されて、政治の駒にされていること。己の出自が、そうなるより仕方のないものだということ。そして、真の意味で彼女を守っていたのは、おそらくは亡くなった両親だけだったということ ――

 なにも知らないほうが幸せかもしれないけれど、知らなければ、選びようがない。ただ周囲の思惑のままに幸せな子どもでいることは、果たして良いことだろうか。自分で選ばないということは、己の人生を生きていないのと同じではないのだろうか。

 けれどノエミ王女はシェーナのことを知ってなにごとかを感じ、自分なりの選択をしたのだ ――


「ノエミ王女が今回のことを知ったのは、むしろ良かったかもしれませんよ、リーゼロッテ様」


「そうかもしれないわね」


 リーゼロッテは美しく微笑んだだけだったが、その内心の声は 【あら、シェーナちゃんもそう思う? あのク○老害はやっぱり許せないけれど、なんというかほんとザマアミロよね! 】 と言っていた。


 アテルスシルヴァ侯爵家の別荘は、海の見える高台にあった。海の色を映したかのようなきらめくタイルが美しい建物だ。代々、侯爵家の女性が所有するならわしで今の主はリーゼロッテ。

 到着すると、彼女は唇に指をあててシェーナに向かって片目をつぶってみせた。ふたりは、忍び足で裏口にまわる。どうやらリーゼロッテは侍女やメイドに見つからずに館に入りたいらしい。だが護衛騎士たちが見ているし、そのうちのひとりは急ぎ足で館の中へ、主の来訪を知らせに行ったもようである。リーゼロッテの茶目っ気は、きっと彼らから温かく見守られているのだろう ―― 裏口から入った彼女たちに、出迎えはなかった。そのかわり、シェーナは幾人もの心の声が 【お帰りなさいませ】 【殿下ったらまた…… いくつになってもかわいいわぁ (悶) 】 などとしゃべるのを聞いた。

 心の声が聞こえないリーゼロッテは 「潜入成功ね」 と得意満面である。楽しそうだから、ばれてますよ、というのはやめておいてあげよう ―― そのかわりにシェーナは、ありきたりで、でも本当のことを口にした。


「素敵なおうちですね」


「でしょう? 内部は普通の民家を模した造りになっていて、サロンやホールがないのよ」 【無駄がなくてラクなのよねえ……! 】


「つまりコッソリ家出して引きこもる用ですか」 【そういえばいたなあ。神殿でのお祈りを理由にプチ家出する貴婦人とか】 


「うふふふふ。シェーナちゃんったら。さあどうぞ、遠慮なさらないでね」 【そうなの! 女性にはどうしたって必要でしょう? 必要よね! 】 

 

 リーゼロッテ自らが案内して通されたのは、陽当たりの良いこぢんまりとした居間。大きな窓からは王都の街並みと海が遠く見渡せる。勧められるままにシェーナがソファに座ると、リーゼロッテは軽やかな足取りでキッチンに入っていった。お茶を淹れてくれているようだが…… ものすごく落ち着かない気分になるシェーナである。

 手伝います、というべきなのか、それとも代わります、のほうがいいのか、それともリーゼロッテが非常に楽しそうな以上は放っておいたほうがいいのか…… 悩むシェーナのドレスが、急にクイッと引っ張られた。


ちぇいじょ(聖女)たま! ようこちょ(ようこそ)いあっちゃいまちた(いらっしゃいました)


「ノエミ王女!? 」


「あい。どうじょ、ノエミとおよびくあたいまちぇ(くださいませ)


 3歳の王女はぷにぷにの手でスカートのすそをつまみ、淑女の礼をとった。あわてて礼を返すシェーナだが、ここで 『王女殿下、目下にはうなずくだけでいいんですよ』 とマナーを訂正すべきか…… これまたちょっと悩むところである。     

 もっともこのあとすぐ、お茶のセットとお菓子がのったワゴンを押してきたリーゼロッテがめざとく見つけてほめていたので、まあいっか、と結論づけたのだが。


「あらあら。キレイな礼ね、ノエミちゃん」


「あい! 」


 ノエミ王女も嬉しそうだし、ほんと、まあいっか。


「わたしはもう、聖女じゃないんですよ、ノエミ殿下」


「でんか、きあい(きらい)なの。ノエミたんが、ちゅき(好き)なの」


「ノエミちゃん。どうぞ、シェーナとお呼びくださいね」


「あい! ちぇなたま(シェーナさま)おかち(お菓子)をどうじょ」


「ありがとう、ノエミちゃん」


「あい! どーいたまちて」


 なんでわたしここに来たんだっけ、とシェーナは思った。とりあえず、とんでもなくなごむことだけはたしかだ。

 ノエミ王女とリーゼロッテ、シェーナだけのお茶会が始まった。最初はノエミ王女に王宮に帰るよう説得せねばならないのでは、と思っていたシェーナだが、リーゼロッテにそういう予定はないらしい。3人は単純に、お茶とお菓子と他愛のないおしゃべりを延々と楽しんだ。


「ノエミちゃんは、お城には戻らないのですか? ここでは侍女も少なくて、退屈でしょう? 」


「へいき。おねえたまもよくきてくえう(くれる)のよ。ちょれに(それに)、まくちがいう(いる)もん」


「まくちさん? 」


「マクシーネさん。以前はわたくしに仕えていた侍女だけれど、ノエミちゃんが王宮に住まうことになったときに、譲ったのよ。マクシーネさんは体術に秀でていて、護衛ができるものだから。でも、わたくしがここにいるときは、外にお使いに出てもらっているわ」 【ずっと小さい子と一緒に閉じこもるのも、息がつまるでしょう? 】


「なるほど」


 王家の面々は、ハインツ王太子といいリーゼロッテといい、息をするように人に気を遣う。他人を味方につけることの重要さをよく知っているのだろう。シェーナはふと、父親のことを思った。他国で貴族の血筋であったことを唯一の誇りとし、マナーにやたら厳しい人 ―― よくマナーなど存在すら知らなさそうな貧民街の住人を陰で見下していたが、それもまた上品な行いとはいえないとシェーナは感じていたものだった。

 真に上品な人は、何かができない、何かを知らない、などという理由で他人を見下したりはしない。逆に、どのような人に対しても常に思いやりを忘れないものなのだ。血筋も知識も関係ない。


「あのね、ちぇいじょたま(聖女さま)


 甘いお菓子をしっかり食べて、おしゃべりが一段落したころ、ノエミ王女は幼いなりに真剣な表情をシェーナに向けた。


「ノエミ、ちぇいじょたま(聖女さま)がおにいたまと()()()()ちてたなんて、ちあなかった(知らなかった)の。ちって(知って)たら、あじめ(はじめ)からイヤっていったのよ」


「それじゃ、みんなが困ってしまいますね」


「みんなが? どうちて? 」


「ノエミ王女とハインツ殿下が結婚してほしい、と思っておられるかたばかりですから」


「でも、おかちいわ。ちぇいじょたま(聖女さま)とおにいたまがちゃき()だったのよ」


「それは…… 」


 シェーナは迷った。心の声が聞こえる彼女は、子どもは大人が思うほどに子どもではないことを知っている。それでも、目の前の幼い王女に 『政略』 ということばを教えることはためらわれた。


「ノエミ王女は、ハインツ様とのご結婚はおいやなのですか? ハインツ様のこと、おきらいですか? 」


「んー…… わかんない」


 ノエミ王女の心の声は、ハインツ王子が簡単に婚約者を代えてしまった (ように見える) ことに対する不信感に満ちていた。ルーナ王国の王家は代々 『顔と人あたりの良さで天下とった』 と言われるほどに美形ぞろいであり、そのあたりが典型的なハインツ王子のことは相変わらず慕っているノエミ王女であるが、聖女に対する婚約破棄だけはどうしても納得いかないらしい。


ちぇいじょたま(聖女さま)わうく(わるく)ないもの。おとーたまのために、いっちょうけんめい(いっしょうけんめい)おいのい(お祈り)してくえたわ」


 シェーナは小さく、息をのんだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ノミエたん、賢い上にイイ子や……。 (´;ω;`)
[一言] 幼いながらも王女ですねえ。
[一言] 子供が賢いと泣いちゃう……!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ