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【書籍化&コミカライズ化】勇者の旅の裏側で  作者: 八月森
1章

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44節 本能の獣

「……ほう?」


 こちらの心の声に、イフが興味を示したように(実際興味を惹いたのだろうが)声を漏らすのが聞こえた。けれどもう関係ない。後はなにを思うでもなく、わたしは駆け出した。


 走りながら、ポーチや鎧の裏から残りのスローイングダガーを全て取り出し、両手に握る。ここを乗り切れなければ死ぬだけだ。出し惜しみはしない。


 そして放り投げる。魔将に向けてではなく、空に。

 この場を覆う『牢』に巻き込まれない高さで、かつ、イフより手前に落ちるように。そこだけは注意してばら撒き、あとはなにも考えず直進する。


 このまま進めば、イフの元に到達する前に自分のダガーが自分に降り注ぐ。しかも適当に投げたので、どこに落ちるかは自分でも分からない。


「……!?」


 なるべく考えないようにはしたが、こちらの大まかな意図は事前に読んだはずだ。それでも若干の戸惑いがイフから伝わってくる。空に舞う刃と、わたし。どちらを優先するべきか。


 次いで、不自然な風の流れが肌を撫でる感触と、それが一か所に集まる音。

 魔力は感知できなくとも、完成した魔術が現実にもたらす効果は、なんとなくの嫌な予感や勘(先にも述べた経験則だ)として、この身で感じ取れる。



 結局イフは、わたし本人の迎撃を優先したらしい。

 思考を排除したことで却って鋭敏になった感覚が、これから放たれるものを察知し、跳躍。実際に撃ち出されるより早く、致命の一撃をかわしてみせる。

 わずかに遅れて、寸前までわたしがいた場所を、風の『槍』が通り過ぎていく。


 予測が的中した感慨にふけるでもなく、着地と同時に強く地面を蹴り、再び前進……し始めたあたりで。かすかな落下音と鉄の匂い、なにかが自分に迫り落ちる肌感覚。


 放り投げたダガー(投げやすいよう先端に重心を取っている)の一本が、刃先を下にして投げた本人に落下してくる。傍から見れば間抜けな光景だろう。頭上に落ちてきたそれを勘だけで避けつつ、右手の篭手でイフに向けて弾く。


「グっ……!?」


 最初の賭けには勝ったらしい。魔将が呻く声、黒剣がダガーを弾く金属音が聞こえてくる。防いだってことは、防ぐような場所に飛んでくれたってことだ。


 さらに走りながら、落ちてくるダガーに無心で手足を伸ばす。篭手で弾き、あるいは直接手で掴み、あるいは足先で受け止め蹴り飛ばし、乱雑に撃ち返していく。

 意識を追いやり進みながら、全て咄嗟の反応で魔将に刃を飛ばす。わたし自身どこに飛ぶか分からないんだから、相手だって読めない。


「ヌ……ムっ……!」


 それでもこれまでの経験の賜物か、標的に向けて飛ばすことには成功している。続けざまに金属を弾く音が届き、それが徐々に近づき、やがて――ようやく――こちらの剣が届く間合いまで侵入する。


「フンっ!」


 先に仕掛けたのは魔将。ダガーを弾いた黒剣をそのまま斬り返し、わたしから見て右から左に大きく薙いでくる。

 これまでの立場とは反対に、こちらの首を落とそうと迫る斬撃。それから逃げるように、わたしは首を傾ける。


 同時に、まだ無事な右の肩当て、その球面部分で刃を受け、わずかに下方から押し上げ、逸らす。

 肩当ての表面を削り、傾けた首の上を、耳のすぐ傍を、黒塗りの刃が通過する。空を切り裂く鋭い音に怖気を感じながらも、上げた右肩を――その手の先にある愛剣を、相手の攻撃に交差させるように外側から振るう。攻防一体の剣技、《交差剣》。


「グブっ……!?」


 一度落とした首の傷をなぞるように、切断した兜と鎧の継ぎ目に刃が吸い込まれる。

 が、手応えが浅い。斬れたのは、首の半ば程度までか。

 見れば魔将は、両手で握っていた剣から片手だけを離し、わずかにその身を反らしていた。そのせいで傷が浅くなったようだ。まだ抜けきらない思考を読まれたのかもしれない。


「グっ……! ハ……ハハハ……――ハっ!」


 苦痛を孕んだ哄笑と共に、イフが右手一本で地面を擦るように斬り上げてくる。

 今までと違い力任せに振るうそれは、けれど喰らって平気で済むはずもない。一歩後ろに跳んでやり過ごすが、今度は追いかけるように上段から斬撃が落ちてくる。


 普段なら接近しつつ受け流したかもしれない。が、身体は危険を避けるほうを選んだ。叩きつけられた黒剣が粉塵を巻き上げる。また少し距離が空く。

 だけど、いける。やっぱり、考えなければ読まれない。さっきはまだ思考が残っていたからか仕留め切れなかった。もっと意識を放棄すれば、もっと……もっと――


「……ここに至りようやく気付いたが、どうやら貴様は隠していたのではなく、そも魔力が無いようだな」


 薄れる土煙の向こうから低く響く声と、黒剣の淡い光が届く。

 すぐに『槍』が来るものと警戒するが、予想に反してそよ風一つ吹いてこない。武器を地面に突き刺す魔将の姿が現れるだけだった。


「そして魔力を持たぬ故か、魔覚も鈍い。残りの五感のみで魔術に対処する様は驚嘆すべきものだ。だが――」


 イフはなおも何事か話しているが、思考を排除した頭には言葉の中身が入ってこない。意味を成さない音だけが通り過ぎていく――

 ――――駆け出す。『槍』の的を絞らせないよう、曲線の軌跡を描きながら走り寄り――

 ――相手の剣――魔術――それが繰り出される前に感じる嫌な気配にだけ気を付けて――集中して――


 地面から剣を引き抜き、構えを取った魔将が、ここで一歩後退した。

 片隅に残っていた理性がそれに警戒の声を上げるが、次また遠ざけられれば今度こそ接近する手段がない。強引にでもここで決めるしかない。すでに身を任せた本能も獲物の追跡を選んだ。


 ――斬る。今度こそ、斬る。近づいたら、斬る。なにも思わず――なにも考えず――間合いに入ったら――

 ――斬る――きる――きるきるきるきるきるきるきるきるきるきるき――――


 そうして標的まであと一歩の距離。先刻までイフが陣取っていた位置まで、ようやく辿り着く。

 切っ先を相手の喉元に届かせるため、そしてその切っ先まで『気』を伝えるため、最後の一歩を踏み込んだ瞬間――……足元から、爆発したように風が吹き荒れた。


「――!?」


 ――風圧――衝撃――見えない壁に殴られたような――

 ――――全身丸めて急所は護――――それでも体ごと打ち上げられ――――

 ――――――。

 ――――――――。

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――いたい――

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