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【書籍化&コミカライズ化】勇者の旅の裏側で  作者: 八月森
1章

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40節 イフ

「……大したものだな。人間が、たった一人で」


 剣の代わりにわたしに向けられたのは、兜の奥から響く声。威圧感と、わずかな感嘆を含んだ、低い男の声だった。


「しかも物音はおろか、魔力の感知すら叶わぬとはな。見事な隠蔽だ」


 別に魔力は隠してるわけじゃないんだけど。


「貴様は何者だ? 勇者ではないようだが」


 む。そうあっさり違うって言われると、なんか癪に障る。

 というかこのひと、勇者を狙ってる割には当の本人の顔は知らないみたいだ。食い下がれば本物から遠ざけられるかもしれない。ダメ元でごまかしてみよう。


「なんでそう思うの? 勇者かもしれないでしょ?」


「神剣も持たずにか?」


 ぐうの音も出ない。


「加えて……貴様は、腕が立ちすぎる。此度の勇者は選ばれて間もなく、まだ未熟と聞いていたのだがな」


 やっぱりダメか。

 とはいえ、狙う理由をわざわざ正直に告げて、情報源まで辿らせる必要もない。


「バレたならしょうがないけど、わたしはただの冒険者だよ。ここに来たのは偶然」


「……偶然現れた冒険者がわざわざ我らを待ち構え、我が部下を音もなく殺した、と? 面白い冗談だな」


 ニコリともせず(そもそも顔が見えないが)、黒鎧が呟く。


「貴様には迷いがなかった。機を窺い、明確に、冷静に部下を狙い、始末した。我らが何者か、始めから貴様は知っていたのだろう。だが……だとすればどこで知った? いや――……どうやって、知った?」


 魔将の口調は純粋な疑問というより、なにかを確認するような響きだった。情報を得た方法に、思い当たるところがあるような……――

 ――こちらと、同じように。


「わたしも気になってたんだけど……あなたたち、この森で勇者を待ち構えてたんだよね? 勇者がここに来るって、どうやって知ったのかな。……聞いた、って、誰に?」


「……フっ……お互い、立場は似たようなものらしいな」


 魔将は、心なしか自嘲気味に笑った。


  ――――


 リュイスちゃんから依頼の概要を聞いた際、少し引っかかっていたことがある。

 目の前の魔将はどうして、的確にこの『森』で勇者を待ち構えられたのか。

 だってここは、あくまで勇者が選ぶ〝かもしれない〟進入路の一つでしかない。現に、先代の勇者はここを通っていない。


 魔物や魔族の上に立つ将軍が、わざわざ自分の足で闇雲に捜索しに来るとも考えづらい。かといって、配下の魔物がそれに代わって動いてる様子もない。

 それに魔将が城を離れるのは稀で、顔を見せたとしても例の『戦場』くらい、という話だったはず。こんな場所まで足を延ばしてること自体がそもそもおかしい。というより、そうするからには何らかの確信があるのでは、と思うのだ。


 ……〝偶然〟この『森』に当たりをつけた魔将が、〝偶然〟勇者を発見して始末した? それこそ冗談だろう。

 それよりは、〝向こうもこちらと同じことをしている〟というほうが、納得できる。


  ――――


「……そういうことに、なるのかな。わたしは、『勇者を殺す魔族』を討伐する依頼を受けて、ここまで来た。……あなたが、そうだよね?」


「ほう。そこまで把握しているのか。如何にも……我は魔将が一柱、〈暴風〉のイフ。陛下に仇為す勇者共を始末するため、この地に足を運んだ」


 黒い鎧の魔族――〈暴風〉のイフは、大儀そうに名乗りを上げる。


 こちらからは言明せずに反応を見るつもりだったけど、ありがたいことに本人から申告してくれた。これで一応、裏は取れたと言っていいだろう。……やっぱり、本当に本物みたいだ。


「……目にするのは初めてか?」


 そう問われ、ついじろじろ見てしまっていたのに気づき、苦笑する。


「魔族は何度か会ったことあるけど、さすがに魔将はね。しかも剣術を使うなんて、なおさら珍しくて。……気に障った?」


「構わん。アスタリアの結界がある限り、貴様らの領土でそれほど自由には動けぬ。相対する機会は少なかろう」


「結界? ……おとぎ噺の?」


「現実の話だ。……あぁ。貴様らは頻繁な世代交代で、度々知識が途切れる難儀な種族だったな」


 そんな寿命が短いことを咎められても。


「まあいい。結界は、穢れ――アスティマの力を強く受け継いだ者ほど、反発されるものだ。我であれば、この森までだな。土地を穢し、アスティマの領土とすることでアスタリアの力は弱まり、結界は縮小する」


 穢れが強いほど反発……土地を穢して……そんな仕組みがあったんだ。

 じゃあ、パルティール周辺にあまり強い魔物がいないのは、その結界のおかげ……? それに、魔将が襲撃場所にここを選んだのも……


「それさえ無くば、勇者の死の匂いはこの森ではなく、アスタリアの膝元であったろうな」


「死の匂い……じゃあ、それが――」


 ――勇者を待ち構えることができた理由?


「〈不浄の運び手〉たる悪神、ネクロスの加護は、他者の死の匂いを嗅ぎ取ることができる。同輩に、この加護を授かった者がいる」


 同輩……ってことは、他の魔将?


「ひょっとして、部下を連れてきたのも?」


「おそらくは、貴様を送り込んだ者と同様の思惑でな。匂いが薄れたため、念を入れると言っていたか」


 つまりそのせいで、リュイスちゃんが見た時とは流れが変わってしまったのだろう。


「……というか、悪神? 悪魔じゃないの? ……そもそも悪魔ってほんとにいたの?」


「何を言っている。悪神――貴様らが悪魔と呼ぶものなど、どこにでも存在するだろう」


「へ? どこにでも、って……この辺にも?」


 適当な方向を指差して問うと、魔将は無言で首を縦に振る。まさかこれも肯定されるとは思わなかった。


「神々は〝何処にも在り、何処にも無い〟。世界を漂い、善と悪の対立を囁きかける存在だ。どちらを選択するかは、囁かれた者次第だが」


 神殿の教義、大体合ってたってことだろうか。


「我らも便宜上『悪神』『善神』と呼び分けてはいるが、実のところそれらに大きな違いなど無い」

「違いが……無い?」


「どちらもただの神だ。過去の戦で肉体を失い、非物質の状態にまで引き戻された者たち。奴らは世界に触れる手を失い、同じく非物質である精神を通じねば、こちらに干渉することも叶わぬ。加護とは、その手段の一つだ。他者の精神と繋がり、力を与え、自身に信仰を抱かせる――あるいは自身の代行者とするための。そも、アスティマとアスタリアからして、同時に存在した双子神だ。いや、親に当たる者が存在せぬ以上、双神と呼ぶべきか。同質であり対立する、二柱の神。一方は悪と非生を。一方は善と生を。それぞれの性質により自ら選び取った。それらから分かたれた神々も、受け継いだ性質に従っているに過ぎな――」


「いや待って待って待って待って」


 図らずも得た望んだ以上の情報量に、堪らず魔将の台詞を遮る。


「どうした?」


「いや、どうしたじゃないよ。いきなりそんないっぺんに言われても呑み込めないから。……神と悪魔が同じ? ひぶっしつが精神にかんしょーで、女神と邪神が……双子?」


 どうしよう。なに一つ分からない。


「というか、なんでそんな詳しく教えてくれるの? 意外におしゃべりでびっくりだよ。わたし、一応あなたを討伐しに来た身だし、さっき言ってた同輩とやらも場合によっては標的にするかもしれないんだけど」


「ふむ……」


 魔将はしばし考え込むように顎に手を当て、黙り込む。……え? 自分でも分かってなかったの?


「そうだな……強いて言えば、貴様の目か」


「目?」


「アスタリアの眷属共が我らに向けるのは、往々にして敵意だ。視線で。言葉で。行動で。雄弁にそれを突きつける。そこに、言葉を交わす余地などありはしない」


「……まぁ、そうだね。魔物に家族や故郷を奪われてる人も多いし、神殿は組織ぐるみで邪神の眷属を憎んでる。言葉は通じても、会話は通じないだろうね」


しかり。だが貴様からは、そうした敵意を全く感じられん。部下を殺したのも、あくまで目的を果たすため、その障害を排除したに過ぎないのだろう。そればかりか貴様は、我に――魔将に、興味さえ抱いている。そんな者を目にする機会など多くはない。……こんなところか。口が滑った理由は」


 つまり。


「会話できる相手なんて珍しいから、舞い上がって口が軽くなった?」


「……そう纏められるとこそばゆいが」


 なにこの魔将。ちょっとかわいいな。


「そも、秘匿していたわけでもない。貴様らが失った知識に過ぎん。悪神の加護も同様だ。今の情報で貴様があの女に辿りつくならば、それもまた一興というもの」


 女なんだ。というか、仲悪いんだろうか。


「わたしは教える気はないよ?」


「構わん。加護を持つ者は希少ではあるが、皆無ではない。我らの動きを事前に把握するとなれば、さて、シンヴォレオの『耳』か、カタロスの『目』か……」


 向こうもやっぱり、ある程度の察しはついているみたいだ。まあ、リュイスちゃんだと特定されなければ別にいいか。


「いずれにせよ、いくら貴様が情報を得たとて、この場を生き延びねば意味は無い。理解しているな?」


「そりゃね」


 死人に口なしだ。まあ、元から誰かに伝える気もあまりないけれど。


「我としても見逃す気はない。先の情報はともかく、こちらの動きを他の人間共に伝えられては些か面倒だからな」


 あー……なるほど。邪魔が入らないようにこっそりなのか。


「故に貴様は、手にしたその剣をもって我を斬り伏せるより道はない。全霊を賭して挑むがいい。そして」


「そして?」


「剣術は――――我の趣味だ」


 ………………


「………………はい?」


「我は長きに渡ってアスタリアの眷属と剣を交えてきた……そうして気づいた。数に任せるしかなかった貴様らの動きが、ある時期を境に明確に変わったことを。しかもそれは、年月を重ねるごとに強く、鋭く、多彩になっていった。風の噂ではスリアンヴォスの入れ知恵らしいな」


「え? うん……うん?」


 ごめん、待って。まだ趣味の衝撃から抜け出せない。

 しかしイフの口調は次第に熱を帯び、早さを増していく。


「力で劣るにも関わらず、時に我らを打ち負かすその技術。我はそれらをこの剣で、あるいはこの身で受けた。貴様らに敗れた配下の傷を調べ、その剣筋を想像した。知り得た知識を研究し実践することに、本能以上の愉悦を覚えた。そうした研鑽の日々こそがいつしか、我の中で最も重要な関心事となっていた……」


「あ、うん」


「だが解せぬのは、動作の再現だけでは足りぬ点が(中略)。剣の術理には、いまだ我の知り得ぬなんらかの要素が(中略)」


 熱弁する魔将の声を聞き流しながら、額の汗を垂らす。

 てっきり、魔族になにか心境の変化があって技術覚え始めたとか、魔力の消耗抑える手段とかかと思ってたんだけど、そうじゃなくて……


「(……単に、このひとが剣術マニアの変わり者ってだけ? しかも、自分で一から調べて独学で覚えたの? ……なにそれ、面白すぎる……!)」


 いや、実際にその剣を向けられてるのはわたしなんだから、面白がってる場合じゃないんだけど。


「(中略)……欲を言えば、音に聞く〈剣帝〉の技も目にしたかったものだがな。我が耳にした頃にはその類稀な技量と、既に姿を消して久しいという噂が残るのみだった。直接に対峙する機会がなかったのは、残念でならん」


 ピクリと、口元が反応してしまう。

 あぁ……まただ。最近立て続けに耳にするその二つ名を、わたしは無視できない。

 しかも世間的には非難の対象になっているはずなのに、なぜかリュイスちゃんも、なんとかくんも、しまいには目の前の魔将まで、好意的な意見ばかりなものだから……


「……残念がるのは、ちょっと早いかもしれないよ?」


「……どういう意味だ?」


 わずかな嬉しさ。戦いの高揚感。ふとした思いつき。

 絡み合った気持ちが後押しして、普段は抑えている口を滑らせる。


「――わたしは、弟子だから。〈剣帝〉アイン・ウィスタリアの」

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