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【書籍化&コミカライズ化】勇者の旅の裏側で  作者: 八月森
1章

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26節 水の街

 王都を旅立って二日目。

 初日とは正反対の、平穏な旅路だった。

 特に大きな問題もなく(もちろん二日続けて野盗に襲われるなどということもなく)次の街、クランに辿りつく。


 とはいえ、ほぼ一日中馬に乗り続けるというのは、旅と同じく私にとって初めての経験だった。一応乗馬の訓練もしていたが、ここまで長時間は想定したこともない。

 後半はへとへとになって頻繁に休憩を取っていたため、到着したのは予想よりもかなり遅い時間だった(アレニエさんはケロっとしていた)。


 日が落ちてから結構な時間が経っており、門は既に閉じられている。夜間に活発化する魔物が多いため、多くの街は日が沈むのに合わせて門を締め切るのだ。

 見込みは薄いと思いつつ門番に掛け合ってみたところ、彼は軽く周囲を確認しただけで私たちを招き、門の傍に(しつら)えられた通用口から(こころよ)く通してくれた。

 魔物が少なく、戦場からも遠い王都近郊。基本的に平穏なのだろう。


「多分、リュイスちゃんがいたのも理由だけどね」


「私? ……神官、だから?」


「そ。神官への便宜は、善行の一つだからね」


 私自身に神官という自覚が薄く、実感したこともなかったけれど……もしかしたらこれまでも、知らずに恩恵を受けていたのかもしれない。

 ありがたく門を潜り、私たちはクランの街に足を踏み入れる。


 門の内側は、一言で言えば人の山だった。

 煌々と灯された明かりの下、日が落ちたこの時間になっても大勢の人が、整備された石畳の通りを行き来している。


 同じく石で建てられた建物の軒先には屋台が並び、その場で食べられるように椅子やテーブルが用意されていた。各々の席で、あるいは立ったままで、多くの人々が飲食を楽しんでいる。


 客の大半は下層でも目にした冒険者のようだったが、武器を携帯していない人も多かった。

 店先で交渉している商人と思しき人や、彼らの下働きなのか慌ただしく荷を運ぶ人。ただ飲み食いに参加しているだけの一般人らしき人に、私と同じ神官(なんとなく、冒険者という風体ではないように感じたが)も散見する。


 旅自体が初めての私は、それら普段見ることのできない人や物、目の前の街の様子全てに、少なからず興奮を覚えていた。


「……夜なのに、人がこんなに……それに出店もたくさん――あっ、あのお店、魚を売っています! 私、生のお魚初めて見ました!」


「港町だからね。向こうには船もあるよ」


「船!」


 港に停泊する船と聞いて、興奮が加速する。


「川下り用の数人乗りじゃなくて、もっとずっと大きな交易船なんですよね! 話には聞いたことがあります! でも想像することしかできなかったので、実際に自分の目で見てみたいなと、前から思っ――……!」


 (まく)し立てる私を、アレニエさんがニコニコしながら見ているのにふと気づく。……急速に我に返り、恥ずかしさが込み上げてきた。


「……すみません。はしゃいでしまって……」


「別に謝らなくても。むしろリュイスちゃんのそういう姿、おねーさんもっと見たいけどなぁ」


 なんでですか。


 努めて平静を装いながら、気になっていたことを訊ねてみる。


「もしかして、今日はお祭りですか? 新年祭はもう過ぎましたけど……」


「や。この街は大体いつもこんな感じだよ」


「いつも……夜なのに、いつもこんなに人が……?」


「クランは国中に物を届けるための中継地だからね。いろんな人が出たり入ったりで、朝から晩まで働いてる。魚目当ての人も多いね。傷むの早いから、新鮮なのはこういうとこまで来ないと食べられないし。仕事も山ほどあるから、ここを拠点にする冒険者も多いよ」


 なるほど……


「それにしても、ずいぶんびっくりしたみたいだね。人口でいえば、王都のほうが多かったと思うけど」


「『上』だと、こんなに人が一つ所に集まるのは、それこそお祭りや、先日の〈選定の儀〉のような時くらいですから。街全体が落ち着いた雰囲気なので、ここまで活気もありませんし」


「それもそっか」


「それに私、普段神殿に引き籠ってますから……〈選定の儀〉も遠くからしか見れてないし……」


「さぁ、そろそろ宿に向かおっか!」


 目をそらしながら自嘲の笑みを浮かべる私を見かね、アレニエさんが先を促す。気を遣わせてすみません。



  ***



 クランは、元々この地域の開拓団の基地だったものが、そのまま街になった場所らしい。

 開拓が進んでからは、先ほどアレニエさんが述べた通り物資を届ける中継基地に、さらに集められた食材で旅人の胃袋を満たす食の街としても発展してきた。王都のお膝元ということもあって、オーブ山の巡礼に訪れた人が立ち寄ることも多いという。先刻目にした神官はこれだろう。


 初めて目にするものばかりで、その都度興味を惹かれてしまうが、残念ながら目的は観光じゃない。それは、またの機会があれば、だ。

 昔から冒険者をやっていただけあって、アレニエさんは幾度もこの街に来ているらしい。彼女の先導で宿に向かう。

 その途中。


「(……?)」


 ここまでは目線の高さの人や物しか視界に入っていなかったが、歩き出してからようやく足元に、地面に敷き詰められた石畳を縫うように、細い水路が通っていることに気がついた。


 川の水を引き込んでいるらしいそれは、どうやら街の中心部に続いている。宿もそちらの方にあるらしく、アレニエさんは特に気にする様子もなく、水路に導かれるように歩みを進めていく。


「……!」


 やがて歩みの先に見えたのは、光と水に彩られた、静謐(せいひつ)な空間。

 そこは、人で溢れていた街の入り口とは反対に、開けた広場になっていた。

 周囲の地面には溝が掘られ、水路の水が流れ込んでいる。その水面が夜空の星々を映し出し、反射させ、辺り一帯を照らしていた。


 周辺の建物は業務を終えたものばかりなのか、最低限の明かりしか点いていない。だからなおさら、星明りがよく見えるのだろう。


 ともすれば周囲の喧騒から隔絶されているように感じるのは、先ほどの通りに比べ、人がほとんど居ないせいだろうか。居たとしても皆穏やかに語り合うか、言葉もなく景色に見入る人ばかりだった。私と同じように。


「――……」


「カタロスの神殿だね。依頼の説明の時にリュイスちゃんが名前挙げてた、川の神さま」


「カタロスの……合同神殿ではなく、単独の……?」


 この世界で一般的に神殿といえばアスタリアのもの、あるいはアスタリアを中心とする全ての神々を(まつ)る合同神殿(パンテオン、もしくは万神殿とも言う)になる。


「そこは、水の街だからかな。ここだとアスタリアと同じくらい人気だから、特別にカタロスのも建てられたらしいよ」


 主神・最高神としてアスタリアが頂点に置かれてはいても、それぞれの土地で求められる神が異なり、特別に祀られるというのは、納得のいく話だ。神への信仰は地域での生活に根ざす。例えば『戦場』であれば農耕の神より、戦の勝利を司る〈戦勝神〉スリアンヴォスに最も祈りが捧げられるだろう。


 しかし同じ神殿という施設でありながら、こうも総本山と佇まいが異なるのは、祀る神の違いだろうか(単純に昼夜の差もあるかもしれないが)。

 よく見れば水路は、神殿の手前で三叉路に分かれ、周囲を四角く囲うように進んでからまた合流し、街の奥に続いている。内側には、同じ造りで規模を縮めたものが二本(二周?)流れている。人工の川が二重、三重に神殿を覆っているようだった。


 幅は子供でも飛び越えられそうな狭いものだが、水路と水路の間には数か所に橋が架けられ、歩いて渡れるようになっている。王都の噴水広場にも似ているが、目の前の光景はむしろ、街や砦を護る堀を街中に、小規模に再現したようにも感じられた。


「(……街の〝中〟に、堀?)」


 私の脳裏に浮かんだ言葉を、すぐに私自身が疑問に思う。

 堀の多くは、外敵から拠点を護るためのものだ。それを内側に造る意味は薄いし、下手をすれば跨いで渡れそうな幅では、そもそも堀としての用を為さないだろう。が……ふと思い直す。

 これは物質的な護りというより、もっと形のないもの。例えば悪魔や、魔物が運ぶ穢れなどから身を護るための備え、なのではないか。つまり……


「……結界?」


 私の呟きを、アレニエさんは聞き逃さなかったらしい。


「結界? この国を護ってるっていう、おとぎ話の?」


「あ、いえ、それとは別の……いえ、同じと言えば同じなんですが……」


「? あ、神官も使えるんだっけ?」


「えぇと……『結界』という呼び名自体は、空間を内と外に分けることで特別な効果を得る術式の、ただの総称です。国を覆うような大規模なものは、それこそかつての神々でもなければ生み出せませんが……私たち神官も簡単なものなら扱えますし、祭儀場のような重要施設にも施されています。ここの水路の形状や雰囲気が、それこそ総本山のものと少し似ていたので、気になってしまって……」


 総本山の場合、石造りの床に掘った溝で内と外に分け、聖別された内側で祭儀が行われる。

 そうした場や方法は学ばされていたため、私も知識だけは持っていた。といっても私は、祭儀そのものに参加する資格を持ち得ないが。


 ちなみに今のような神殿が建てられる前は、屋外で土に線を描き、内側を浄めて祭儀の場としていたらしい。


「なるほど、さすが神官だねー」


「……でも、本当に結界だとしたら、こういう、水路を使う形式は初めて見ました。外に造っているのは、神殿自体を護るため……?」


「あぁ、前にちょっと聞いたことあるかも。確か、海が近いからだったかな」


「海……? どうして海が……あっ」


 創世神話……?


「海の水はアスティマが穢したせいで飲めなくなった、って話があったよね。今は交易や漁で船を出してるけど、昔の人は海に近づくのも嫌がってたんだって。で、『海水』っていう穢れを防ぐために、この神殿が建てられた。今は船旅の無事も願われてるらしいよ」


 古来から水は尊ばれてきた。

 それは、火と同じ七つの創造物の一つ、というだけでなく、生物が生きるのに水が不可欠だからだろう。飲み水はもちろん、なにかを洗うためにも水は必要になる。体や物を清潔に保つのは、穢れ(注:この場合、感染症や食中毒など)から身を護る手段の一つだった。


 また主な水源である川の水は、その清潔さ自体を保つべきだとされる。不浄を直接触れさせて汚すことのないように、という意識が人々に根付いていた(水浴びぐらいは許されているが)。


 守り継がれた清浄な水。それを、神殿を要とした結界に組み込むことで、海水を含む穢れ全般から街を護っている。そういう仕組みなのだろう。


「じゃあ、ここが開拓基地になったのは……」


「そう、なのかな。どっちが先かまでは聞いたことないけど、もしかしたらリュイスちゃんの想像通りかもね。……っと、そろそろ名所観光はおしまいにして、宿に向かおうか。こっちこっち」


 行く道の途中にあったとはいえ、結局観光してしまった。

 任務の最中に、という反省に、思わぬ形で望みが叶った満足感。そして積み重なった疲労(今思い出した)とを抱えながら、私は先を行くアレニエさんの後を追った。


 案内されたのは、石造りの三階建てで、外観も装飾を凝らした、立派な建物だった。

 観光客向け(冒険者の宿ではないらしい)だというその宿は、見れば何人かの冒険者が建物の周辺に立ち、辺りを見張っている。

 ある程度値は張るが、しっかりと警備を雇っている宿のほうが安全、との理由でここを選んだそうだ。それはつまり。



「値段が安いところは、安全じゃないってことですか……?」


「部屋に荷物置いてたらいつの間にか盗まれてた、なんてとこも結構」


 上層では考えられない話に少しひやっとしたが、気を取り直して中に入り、受付を済ませる。


 一階は食堂になっており、外でお店を探さずとも街の名物はある程度食べることができるという。足もお腹も正直限界なのでありがたい。

 注文を終え、食堂の席につき、受け取った料理(新鮮な魚介を煮込んだものらしい)を二人で食べる。食の街というだけあって、出された料理はとても美味しかった。

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