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【書籍化&コミカライズ化】勇者の旅の裏側で  作者: 八月森
1章

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幕間3 ある露天商の残業

「んん~~~」


 夕焼けが空の色を塗り替えたあたりで、凝った体を解(ほぐ)すために立ち上がって伸びをする。

 半日近く座った状態で店を開いていたため、疲労が腰や背中に集中していた。それを全身に拡散させるように体を反らし、一息つく。


 相応に疲れはしたが、おかげで売り上げは悪くなかった。

 アレニエが使うのに丁度いいと仕入れた商品を早速本人に売りつけられたし、総本山の神官(というにはかなりの変わり者だったが)までオマケでついてきた。思わぬ収穫だ。


「(リュイス、って言ったっけ、あの神官の姉ちゃん。……無事かな)」


 同業者や客との交流だけでも、自然と情報は集まってくる。

 今日は朝から、北地区から来た連中がここらをうろついている、と、ちらちら耳に入ってきていた。

 当の本人たちは客に紛れていたつもりだろうが、普段見ない顔が早朝から出歩いていればそれだけで目立つ(だからあの姉ちゃんが立ち去った後も噂になっていた)。


 しかも連中は、この辺りで宿を取っていたわけでもなく、今朝になってよその地区からわざわざここに足を運び、客の振りをしつつ誰かを尾けていた。

 そしてそいつらが、アレニエたちの後を追うように王都を出た、とも。(うち一人は先刻帰って来たらしいが)


「(どうせまた、どこかで揉め事でも拾ってきたんだろうけどな)」


 アレニエの心配は特にしていない。あいつなら、大抵の相手はどうとでもなる。

 しかし同行している姉ちゃんはそうもいかないだろう。こういう方面にはいかにも無縁そうだった。


「(……まあ、ここであたしが気に病んでもしょうがないか)」


 思案を切り上げ、そろそろ店じまいの支度を――

 そう考えたところで、通りの向こうから見知った顔が近づいてくるのに気がついた。


「よう、旦那。久しぶり」


「ユティル。いたか」


 挨拶(?)と共に現れたのは、〈剣の継承亭〉の店主であるオルフランの旦那だった。

 うちの親父とは同じ孤児院出身の仲らしく、その縁であたし自身も幼い頃から世話になっていた。

 あたしと同じく商人である親父(風来坊なあたしと違い、王都中層に腰を落ち着けているが)は、旦那に大きな借りがあるとかで、〈剣の継承亭〉を構える際にはいろいろ融通していたらしい。


 しかし、「いたか」ってのは……あたしを、探してたってことか?

 それに宿は、そろそろ夕餉(ゆうげ)を目当てにした客が集まってくる時間帯だ。店主がのん気に買い出しに出てる暇はないはず。


「(――つまり、それだけ急ぎの要件ってことか)」


 こういうのは今日が初めてってわけじゃない。

 腕利きが揃うと評判の〈剣の継承亭〉には、秘匿(ひとく)性の高い依頼もしばしば持ち込まれる。『上』からのものは、特にその傾向が強い。

 その際、関係者に物や情報を届ける必要が出ることもある。あたしはその繋ぎ役だ。今回もその類だろうと胸中で察しをつけ、素知らぬ顔で応対する。


「買い出しかい?」


「ああ」


 返答と共にその場で屈むと、旦那は露店に並べた品に目を向ける。その中には、塩を用いた魚醤などもあった。


 アスティマによって穢された海水を火によって浄化する――つまり沸騰させることで精製される塩(塩田や塩井(えんせい)のほうが効率的ではあるが)は、食材の調味に使える他、その腐敗を抑える働きまである。

 人類はそうして、物質的に損なわれた創造物にも創意工夫で適応してきた。アスタリア教徒の好きな不断の努力ってやつだ。話が逸れた。


 旦那は並べた品物をいくつか手に取っては、すぐにまた戻していく。その様子は普通の客と比べ、あまり商品を吟味しているようには見えない。多分、周囲を気にしての偽装だ。

 普段から慎重なのを差し引いても警戒しすぎな気がするが、それだけ面倒な依頼という裏返しかもしれない。旦那が意識しているかは分からないが、これもまた不断の努力というやつだろう。


「これを貰う」


 並んだ瓶からいくつかを選ぶと、彼は懐から硬貨の詰まった小さな布袋を取り出し、あたしの手のひらに無造作に乗せた。


「毎度」


 受け取った袋の底からは、円形の硬貨とは違う、薄く、四角いなにかの感触があった。おそらく紙製のもの。手触りからすると、小型の封筒……手紙かなにかか。


「ビアンによろしく言っておいてくれ」


 ビアンは、親父の名だ。


「ああ、伝えとくよ」


 あたしの返事を聞くや、旦那は来た時と同じく淡々と立ち去ってしまう。

 いつもなら、「また来る」とか、そんな一言だけで済ます人だ。わざわざ親父の名を出してよろしく言えってのは……やっぱり、そういうことだよな。


「(さて……もう一仕事だ)」


 手早く露店を畳み、荷物をまとめたあたしは、すっかりと長く伸びた自分の影と共に、中層に続く門へと足を向けた。

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