20節 信仰の在り方②
「しかし……本気か? リュイス・フェルム。今さら教義の改訂など、可能なのか?」
フードの男の問いはもっともなものだ。長い伝統から何かを変えるのはそれだけで難しい。
「もちろん簡単ではありませんが……神学研究者の間では、元々の教義に寄進の取り決めなど無かった、という主張もあるんです。当時の聖典は書物ではなく、それを記憶した神官が口頭で伝えていました。ですが過去に王都が戦火に晒された際、伝承する神官が幾人も犠牲になり、聖典が部分的に途絶えてしまったそうです。後世の神官が生き残った者から収集・編纂し、書物に残るよう努力を重ねましたが……」
「その際、欲深い何者かが悪魔の囁きを耳にし、自身に都合のいい一節を挿入した、か。なるほど、面白い説だ。それが正しいなら、歪められた教義を修正するという名目で、改革を推進できるわけか。なにしろアスタリア教徒は虚偽を嫌う。そしてそれを主導するのは、かの勇名高きクラルテ・ウィスタリア……。……リュイス・フェルム。いや、リュイス嬢。依頼者は、総本山の神官かと聞いたな?」
「……はい」
「君はつまり、君を狙った何者かは、件の保守派だと疑っているのだな。さらに言えば、中心にそのヴィオレという司祭がいると」
「……正直、そこまではっきりとしたものじゃないんです。けれど、改革の成功で最も打撃を受けるのは、対立候補で、貴族で、神官至上主義の……。それに彼女とは、クラルテ司祭を通して幾度か面識があります。平民嫌いで有名なあの方が記憶に留めているかは分かりませんが、私のことを認識していたとすれば……」
「顔も名前も知っていて、動機もある。少なくとも、リュイスちゃんが思いつくのはその人だけ、ってわけだね」
沈んだ表情のまま、アレニエさんに頷く。
現状のまま当日を迎え、真っ当に選挙に臨めば、おそらくクラルテ司祭が勝利する。それほどに彼女は、周囲からの支持を得ている。
正面から覆すのはもはや難しい。それでもヴィオレ司祭が勝利を望むなら、これまで以上の無理を通すか、もしくは……
とはいえ、今この時期にクラルテ司祭本人に何かあれば、真っ先に疑われるのは対立候補である彼女だろう。その手は使えない。そもそも、〈聖拳〉と謳われる英雄に刺客が通じるかも怪しい。
ならば周りは? 見渡せば都合のいいことに、彼女の弟子を名乗る、未熟で、容易に始末できそうな平民がいる。……そう、私だ。
クラルテ司祭に庇護され師事する私は、おそらく望むと望まざるとに関わらず、彼女に最も近い者と見られている。
その私に不幸があれば、師である彼女も冷静ではいられなくなる。そう考え、私が神殿を離れたのを好機とみて、こんな依頼を画策したのかもしれない。
「対立候補の動揺を誘うための切り崩しか。苦し紛れだとしても下策だな」
「けどよ、いくら貴族が腐りきってたとしても、仮にも神官が、自分で穢れを生むような悪事に手を染めるもんか?」
襲撃者の一人から疑問が投げかけられる。それは私自身気になっていた点でもあるし、できればそうあって欲しくはないけれど……
「この場合、自分の手で直接生み出さなければ罪じゃない、とか、帳消しになるくらい寄進を納めればいい、とでも思ってるんじゃない? それに下手すると、本人は悪事とすら思ってないかもしれないよ。自分は正しいことをしてるんだ、って。なにせ『上』の上の人間だからね」
答えたのはアレニエさんだった。彼女の言葉にゾっとする。
考え方に、ではない。むしろ貴族以外を過剰に見下すあそこの神官なら、実際にそうした考えで動いてもおかしくない。その可能性を、内心で否定できないことが、恐ろしい。
「そうだな。そのアレイシア家の司祭に関して、噂だけであればオレも聞いたことがある。今回の依頼に関与していても驚きはしないし、ここまでの話と合わせれば大方間違いないだろう」
「それじゃあ……」
「だが」
結論を急ぐ私を一度押し止めてから、男は続きを口にする。
「実際にこちらに接触してきた依頼人は、中層の冒険者だった。そいつも今回の依頼を中継するためだけに雇われたらしく、君の名と容貌、そして依頼の概要程度しか知らされていなかった。それが件の司祭と繋がっているかまでは、正直なところ不明だ」
「……」
私自身、ヴィオレ司祭が――仮に首謀者だとしても――直接赴いたとは思っておらず、指示を受けた神官からかと睨んでいたのだけど……私が思う程度の、簡単な話ではないらしい。
「……依頼の出処は、気にならなかったんですか?」
「気にならんと言えば嘘になるが、基本的に深追いはしない」
……どうして?
「というのも、我々が拠点にしているのは主に汚れ仕事を請け負う店でな。持ち込まれる依頼はそのほとんどが〝こういう〟ものばかりで、我々のほうも報酬さえ貰えれば詳細は問わない。そしてそれが必要とされるからこそ、絶えることなく存続し続けている。まあ、逆に言えばウチに持ち込まれた時点で、素性を隠したい〝誰か〟の差し金になるわけだが……それを探ろうとすれば、決して面白い結果は招かないのは、君でも想像はつくだろう」
「…………」
噂で耳にした、『犯罪だと承知で斡旋する店』の実例が、彼らの拠点だったらしい。
神官の身としてはその言い分に納得しかねるものもあるが、今は置いておこう。
彼の話は推論の補強にはなったものの、根本の解決には至らない。私を狙う理由か、せめて依頼主だけでも聞き出せれば、と思っていたけど……
ここまでの情報だけでも伝えれば、クラルテ司祭が対処してくださるだろうか?
けれどこれはあくまで推測に過ぎず、確証がない。それに、今から総本山まで戻るような時間の余裕もない。これ以上出発が遅れれば、勇者さまのほうは本当に手遅れになるかもしれない……
「聞きたいことは、聞けた?」
考え込む私を、気づけばアレニエさんが覗き込んでいた。
結局、今の私にできることは思いつけそうにない。
後ろ髪は引かれるが、これ以上こちらの事情で彼女に迷惑をかけたくなかった。
「……はい。ありがとうございました」
「それじゃあ、次はわたしの番だね」
「……次?」
「雇う、って言ったでしょ? 依頼料は今のリュイスちゃんへの情報提供と、これからしてもらう仕事の分を合わせて、だよ。金貨まで出したんだから」
「ほう。それで、我々になにをさせようというんだ?」
アレニエさんはフードの男の問いに、一言だけ答える。
「勇者の旅の妨害」
………………
………………
「「「はぁっ!?」」」
この一瞬だけ、アレニエさんを除くこの場の全員の気持ちが、奇跡的に一致した。
ファンタジーで宗教改革とかしたら面白いかなぁと思って書きました。説明くどかったらすみません・・・
 




