猫に小判
『あしやの魚小判』
それは、俺、潮見あしやが最近開いた飯屋だ。
店の名前から分かるとおり魚系の料理を中心に出していて、地元で開いたおかげか知人や近所の住民達、そこからの口コミでそこそこ知られてきている。
まだ俺一人でまわしてる状況だが、二号店を夢見て頑張っている。
今日はそんな『あしやの魚小判』で起きた、ちょっと不思議な話をしようと思う。
ーーーーーーーーーー
「ふぅ……」
飯時を過ぎ、客も来なくなった時間。
明日の仕込みを終え、店の席に座ってぼーっとしていると、コンコン、と店の入り口から音が。
今日はもうやってないんだが、そう思いながら見ると、そこには猫が居た。
標準的とも言える、オレンジ色の体毛にしましま模様。
鍵がかかったドアを叩いて、入りたそうにしている。
「……うーん、うちはペット禁止だからなぁ……」
店内には入れられないし、どうしようか、ちょっと悩む。
『にゃーは野良ニャ。入れろニャ』
「いや、そういう問題じゃ……ん」
声がして、周囲を見渡す。
誰も居ない。
まるで猫が喋っているかのような言い草だったが、そんな訳ないしなと、猫をジーと見つめていると。
『……にゃーをそんなに見つめられても、にゃーは何も出さないニャ』
ガタドコガタンッ!
思わず立ち上がろうとして、椅子を巻き込んでしまい盛大に転ぶ。
痛い。
肘を硬い場所にぶつけようとしたのを防ぐために体を捻ったせいで、余計に痛い。
手は料理人の命だ。
どっかの海賊料理人もそう言って足技を使っていた。
その無事な手で頬を引っ張ってみると……痛い。
「今……喋ったよな」
『にゃーが喋ったくらいでそんなに驚くなんて、大袈裟ニャ』
「……」
『にゃーは腹が減ったニャ。早くこの鍵を開けてにゃーの飯を作るニャ』
一度目を擦ってから見る。
猫だ。
二足歩行しているわけでも、何か付けているわけでもない、普通の猫だ。
だが、喋る猫だ。
喋る猫だ……それでどうしよう?
……飯を求められているんだし、取り敢えず作るか。
魚料理を作ってその猫の前に置くと、猫は暫くジッと見つめたあと言った。
『ナイフとフォークをくれニャ』
「えぇ……」
『はやくしろニャ』
仕方ないので、小さめのナイフとフォークを用意してやる。
用意したそれを使うのを見て、ボソリと呟く。
「猫がナイフとフォークって、それこそ猫に小判だろ」
『にゃーはその小判を上手く使えるからいいんだニャ』
いつの間にか食べ終わっていた猫は、それに、と続け、
『今の時代は小判じゃないにゃ』
そう言って千円札を皿に置くと、釣りはいらないニャ、と言って走り去ってしまう。
「……」
千円札どこから出した、とか、なんだったんだあの猫は、とか、そんな疑問が湧くが、俺はそれをあまり気にせず(思考放棄とも言う)に店へ戻っていった。
ーーーーーーーーーー
それからたまに、自分のことを「にゃー」と呼んだり、語尾に「ニャ」を付ける子供が来るようになった。
…明らかに何かあるが、俺は何も聞かずに、普通に接した。
あっちも普通に食って帰るだけだし。
……ちょっと困ったこととして、毎回千円札で出してくるのでお釣りを出すのが大変なのと、お釣りを受け取る前に帰ろうとするのを引き止めることがあったが。
まあこんな感じで、このちょっと不思議な話は終わりだ。
ちなみにこのあいだ、あいつが友達連れてきてちょっとあったんだが、それはまた別の話だ。