後編
「それで、悲鳴を聞いて駆けつけたら、一ノ瀬さんは既に亡くなっていたのですな?」
「そうです」
四人を代表して刑事の言葉に応じたのは、三木だった。
「改めて説明しますと……」
夜中までトランプをしていたら、突然、悲鳴が聞こえてきた。
五人のうち四人が同席している以上、悲鳴の主は、先に寝たはずの一ノ瀬としか考えられない。
だから一ノ瀬の部屋へ急行したところ、包丁で刺されて絶命した一ノ瀬を発見したのだった。
「ずっと四人一緒でした、とは言いません。途中、トイレに立ったりしましたからね。でも少なくとも、悲鳴を聞いた瞬間は、みんなリビングにいたんですよ」
三木の言葉に、二人の女性が頷く。「しめしめ」と思いながら、七尾も首を縦に振った。
「ほう、アリバイの主張ですか。まあ、それは後で検討するとして……」
感心したように微笑みながら、刑事は、一枚の小さな紙片を取り出す。
「……これについては、どう思います? 現場に残されていた、いわばダイイングメッセージですな」
「数字のようですね? 一ノ瀬は数学科だったことを誇ってる部分がありましたから、きっとそれで死の間際まで……」
そう語る三木の横から、七尾も覗き込む。
紙片に書かれているのは『10101』だった。
「一万百一……」
素直に読んだ七尾の言葉に、三木が冗談じみた声で反応する。
「『一』は一ノ瀬、『万』は万田、『百』は百池かな?」
「ちょっと、三木くん! どういう意味? 私たちを告発したいのかしら?」
「いやいや、そうじゃない。ただ『三』が入ってないからホッとしただけだ」
口を尖らせる万田に対して、慌てて否定する三木。だが、これはこれで、あまり『否定』になっていないと七尾は思う。
しかも、万田は首を横に振っていた。
「いいえ、三木くん。『10101』を『1+0+1+0+1』と解釈すれば『三』になるでしょう?」
「おい、それはこじつけだろう?」
今度は冗談口調ではなく、本当に怒った様子の三木。
ここで仲裁に入るのは自分の役割ではないと自覚しつつ、つい調子に乗って、七尾は会話に割り込んだ。
「まあまあ二人とも、落ち着いて……。そうなると、安全なのは僕だけかな? どう解釈しても『10101』は『七』にはならないでしょう?」
「確かに『七』とは違うけど……」
百池が口を開いて、険しい表情で七尾を睨みつける。
「……21にはなるからね」
「えっ?」
「ほら、一ノ瀬くん、部屋を出る直前に七尾くんをからかったでしょう? 『21回目でようやく勝った』って」
もちろん七尾は覚えていた。というより、あれこそが、今までの憎しみを殺意に昇華させるきっかけだったのかもしれない。
「数学好きな一ノ瀬くんらしいわよね。素直に『21』と残すんじゃなくて、わざわざ二進数で『10101』と書くなんて」
「なるほど。『10101』は二進数で『21』ですか……」
感心する刑事に対して、七尾が叫ぶ。
「待ってください! こんなの、こじつけじゃないですか? そもそも、僕にはアリバイが……」
先ほど三木が指摘した点だ。ところが、またもや百池が立ち塞がった。
「確かに七尾くん、悲鳴の瞬間は私たちと一緒だったけど、その少し前にトイレに立ったわよね? あれが本当の犯行時刻だったんじゃないかしら?」
「実は私、昔からアニメが好きで、今でも深夜アニメをよく見るんだけど……」
恥ずかしそうに少しだけ声を小さくして、百池が告げる。
それから元のトーンに戻して、説明を始めた。
一部でカルト的な人気を誇る、『魔法少女QQベイビー』というアニメがあるという。ちょうど、あの悲鳴の瞬間に放映されていたはずの番組だ。
「しかも『伝説の悲鳴』回だったの。放映開始21分後に、ものすごくうるさい悲鳴のシーンがあってね。音響監督のミスなのか、あるいは演出なのか、ファンの間でも議論が分かれていて……」
その『放映開始21分後』が、ちょうど四人が悲鳴を聞いたタイミングと一致するのだ。四人が駆けつけた時にテレビは消えていたが、100円だけならば10分で自動的にオフになるのだから、うまく『伝説の悲鳴』の前後だけ流れるように調節するのも、難しくないはず。
それが百池の推理だった。
「そうか、百池さんも『魔法少女QQベイビー』みたいなアニメ、好きだったのか……」
犯行を認めるかのように、そう呟く七尾。
ダイイングメッセージの謎を解き、アリバイトリックまで看破した百池に対して、七尾は怒りや憎しみを覚えることは出来なかった。
むしろ彼の胸を占めるのは、大学時代から抱く、彼女への熱い想い。
同時に、彼は後悔するのだった。
彼女がアニメファンだと知っていたならば、自分もそうだと正直に告げることが出来たのに、と。
共通の趣味があるとなれば、それこそ一ノ瀬より先に、自分の方が彼女と親密になれただろうに、と。
(「ダイイングメッセージ10101」完)