59.困惑
(最近……確かにテオの言う通り、魔力の増え方が異常だわ)
リーゼロッテは横になったまま、ネックレスから離した手を天井にかざすと、ほんの少しだけ魔力を込めた。
指先から溢れ出た魔力の光は、あの魔玻璃の結界と同じオーロラに輝く球になる。
込める魔力量や、自分の意志で大きさは自在だ。領地にいる間、テオと一緒に森の奥で色々と試してみた。
最初は、人差し指に小さい球を作った。
ピンポン玉サイズのそれは、意図せずに軽い力で指を曲げると――閃光のように、勢いよく前へと飛んで行ったのだ。
太く大きな木々を数本……いや、十数本は薙ぎ倒した。量の加減が分からず、無意識に濃縮してしまったらしい。
(あれは、殺傷兵器よね......)
ファーガスの腕を再生させた魔法より、こちらの方が余程知られたらまずい物だと思った。
(癒しの力が女神なら、この破壊の力が魔王と呼ばれる由縁かもしれないわ)
これは、ルイスにも言っていない。知っているのはテオだけだ。
きっと、それを知ってもルイスはリーゼロッテを受け入れてくれるだろう。
けれど、どう説明したら良いか分からなかったのだ。
離れてしまっている今、これ以上ルイスに心配かけたくないのもある。
自分の中で整理がついたら、ちゃんと会って話すつもりだ。
ため息を吐き、手の平の上のサッカーボール程まで大きくした球を消した。
今では、その倍以上のバランスボールサイズまで簡単に作れる。勿論、恐ろしくて試すことなど出来なかったが。
(他にも......)
転移魔法とはまた違う力。
結界をも通り抜けたあれを透過と言うそうで、普通の壁等も難無くすり抜けられるようになってしまった。
魔に属する者は、その能力を持って生まれることが多いのだとテオは言う。
(まあ、悩んだってしょうがないかっ)
ムクッと起き上がったリーゼロッテは、従者用の別室に居るテオを念話で呼んだ。
『呼んだか、主人』
扉から、テトテトとミニ狼姿のテオが歩いてくる。
リーゼロッテはテオにむかって、ふふふっ……と笑うとむぎゅぅっと抱きしめた。
「......癒される」
フワフワの柔らかい毛に顔を埋め、心地良い温もりを感じる。
『何だ? もうホームシックか?』
長期間、平気で教会堂や離宮に潜入していたリーゼロッテがホームシックになるわけがない。
テオもそんなことは分かっていて、敢えて冗談めかして言ったのだ。優しい従魔は、主人の漠然とした不安を共に受け止める。
「そうかもしれないわ」
そして、そのままアンヌに叱られるのを覚悟して、テオと一緒に眠った。
◇◇◇
翌朝――。
案の定、呆れ顔で怒るアンヌに起こされた。
「お嬢様、テオにはちゃんとお部屋がありますから! 旦那様が知ったら、私が注意されます」
「だって、寂しかったのですもの。不安で体調が悪くなりそうだわ。ああ、そうだわ! テオが無理ならアンヌが一緒に寝てくれる?」
プリプリ小言を垂れるアンヌに、可愛らしく上目遣いでリーゼロッテが言い返す。
アンヌは職務に忠実なので、そんなことは絶対しないとわかっている。
「それはっ」と、アンヌはベッドで丸くなるテオを見た。どう見ても可愛い仔犬。アンヌはため息を吐く。
「……お嬢様の体調が最優先ですね。仕方ありません。その代わり、男性の姿のテオは絶対ダメですよ!」
(ふふ、勝った)
そして、支度を済ませると、鏡の前で最終チェックをした。
ジョアンヌとパトリスのアドバイス通り、ブロンドのストレートヘアに、瞳の色を誤魔化す魔法を付与した眼鏡を掛ける。
魔力はいつも抑えているが、念の為に更にもう少し抑えておく。
学院の門まで、従者であるテオに送ってもらう。
貴族院は、関係者以外立ち入り禁止だ。
寄宿舎から門までさほど距離は無いが、身分が高く、従者か侍女を連れて来ている者は、そこまで送ってもらっていいことになっている。
貴族院自体には結界が張ってある為、中に入ってしまえば安全なのだ。
テオは、初日だから一応影の中に入って様子を見ると言ったが――心配いらないと断った。
何かあれば、念話して呼ぶと。
テオにとったら、これしきの結界などほぼ無意味。そもそも、こんな平和な王都の学院に、フェンリル以上の脅威など存在するわけがない。
ふと、自分がたくさんの視線を浴びていることに気が付いた。しかも、女性ばかり。
(……おかしい。目立つような所は無いはずだけど?)
リーゼロッテは、制服に何か付いているのかとキョロキョロしていたら、足が縺れた。
躓きそうになり、テオに支えられた瞬間――「きゃああぁ〜っ!」と黄色い悲鳴が上がる。
(のおー!! こ、これだ原因は......!)
テオも相当なイケメンだと完全に忘れていた。
「リーゼロッテ様、朝から何をしてらっしゃるの?」
「おはよう、リーゼロッテ嬢。見事に目立っているね」
「ジョアンヌ様、パトリス様......おはようございます。足が縺れてしまいました」
ガックリと落ち込むリーゼロッテは、テオと別れ三人で学院に入った。
ここでは、流石にお互いを呼び捨てには出来ない。
「テオのことまで考えなかったね。彼も相当な美貌の持ち主だった」とパトリスは苦笑する。
「大丈夫よ。皆、テオしか見えていないでしょうから」
2人に気遣ってもらいながら、入学式の会場になっている講堂に入る。
(明日からは、アンヌに送ってもらおう)
リーゼロッテは、そう心に決めた。