8
蠢き呻く血塗れの少女を目の当たりにしている俺たちの背後で、扉の閉まる音がする。
「!」
俺と沙也加はそちらを振り向こうとするが、それより先にベッドに座る血塗れの女が掠れた叫び声をあげる。
叫び声だと思うが、それはほとんど声にならずに喉の穴から空気となってヒューヒューと漏れる。
「け、て……助、……て!!」
血塗れの女は、ベッドから動こうと身を捩るが、傷だらけの身体は僅かに後ろに下がっただけだった。
彼女が身を捩るたびに俺と沙也加の身体にパタパタと血が降りかかる。
「どうしたの、ミヤ」
後ろから低い声がする。
現実とは思えない内臓を掴むような声。
振り向くと、そこには学生服を着た、俺たちよりも年齢の低い少年が立っていた。
高校生くらいだろうか。
学生服がなければ判別はできなかっただろう。
その姿は、既に人間とは言えなかった。
それほど背の高くないその男の身体は、半分以上がずる剥けとなって中身が漏れていた。
顔の顔はめくれあがり、右半分は目が落ちそうだ。
左半分は原形を保っているため、辛うじて元の面影が窺える。
ニキビ跡の残る、目立たない顔。
首から下も酷かった。
右半分は顔と同じく肉や骨が見え、腹の辺りからは腸がはみ出て千切れている。
その足元には、先程までうるさかった戸倉が首を抑えて倒れていた。
指の隙間からは血が断続的に噴き出ている。
俺たちの方を見ながら痙攣を繰り返し、何を言うこともなく、そのうち痙攣もなくなった。
「瀬、田くん」
沙也加が俺の腕をぐっと掴む。
「ミヤ、また誰か連れてきたの?
駄目じゃないか」
半分削れた唇で、少年はベッドの上の少女に話しかける。
「っ! っ!!」
少女は少年から逃げるように身を捻るが、先程と同じく距離を取ることが出来ない。
「本当に、君は分かってないんだから。
言っただろ?
君は僕が守るって」
親しみを込めて愛情深く、少年は言いながら少女に近寄る。
まるで俺たちのことなど見えないようだ。
「君は優しいから、他人に食い物にされるんだ。
だから。
だから、二人きりなら、誰も君を傷つけない。
ここには僕ら二人だけだ。
それでいいんだ」
骨がむき出しになった少年の手には、かんざしが握られている。
黒く見えるかんざしの一部は銀色だ。
戸倉が刺されたのは、これだろう。
きっと多くの血に濡れてこんな色になったのだ。
少年は俺たちの前まで来る。
そして、まるで虫のような眼で僕らを見る。
分かっていた。
もう、俺たちはどうしようもない。
沙也加も俺も、戸倉のように殺される。
ここは、この少年が作った世界。
いつから、どこからこの世界に入り込んだのかは分からない。
分かるのは、目の前の肉塊の化け物にとって、俺たちは邪魔者だということ。
だから、入り込んだ虫のように駆除される。
沙也加もきっと同じだろう。
隣に彼女がいることだけが、俺の救いだった。
「……け、て、たすけ、て」
ベッドの上の少女は、必死に俺たちに助けを求めるように声なき声で叫ぶ。
いや、ごめん。
無理だ。
もう、体が、動かない。
「どうしたの、ミヤ」
自らの血に沈むように床に倒れた俺たちの頭上で、少年が少女に語り掛けている。
「そんな顔をしないで。
僕は君を守るから。
ずっと僕は君と一緒にいるから」
少女の泣き声がする。
もう何日、何年間、何十年、少女は泣いているのだろうか。
死にゆく俺たちには関係ないが、それでもそんな彼女を哀れに思った。
たとえこんな事態に誘ったのが、彼女だとしても。
「ミヤ、君のためなんだよ」
少年は歌うように言う。
確信に満ちた声で。
「君のため。
君のため。
全てはきみのため」
とても純粋で理不尽な、愛と狂気に満ちた世界で、彼女はこれからも泣き続けるのだろう。
「ずっと一緒だよ。ミヤ」