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きみのため  作者: 甘楽
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「駄目。

 もう、駄目」


 壊れたようにミヤが何度も呟く。

 昨日、田島の死体がシャワー室で見つかり、そのことについて警察がミヤを問い質した。

 接点は同じ病室であるということだけだが、彼女の周りで不自然な事故が多いことに対して疑いの目を向け始めたのだ。

 田島の死に方からして、足を怪我した華奢なミヤにそんなことが出来るはずがないのに。

 ミヤの父親や曽根、神田についてもそうだ。


 彼女は自分の鞄を乱暴に床に叩きつけ、数十分間ベッドで蹲ったままだ。


「杖を突いて歩くのがやっとなミヤに、彼らを殺せるはずがないのに。

 どうしてそんな馬鹿なことが言えるんだろうな」


 彼らの無能さに僕は怒りを抑えられない。

 真っ青になったミヤには、もう僕しかいない。


「次は、きっと、私の番。

 私が、殺される。

 私の番」


 やつれ切ってしまったミヤの渇いた唇から、そんな言葉が零れる。


「ミヤ、馬鹿な事言うなよ。

 君は大丈夫だって!

 君は僕が絶対に守るから!」


 僕はミヤの正面に立ってそう宣言する。

 彼女は先程と同じように「私の番、私の番」と繰り返す。


「……ミヤ」


 ベッドに蹲るミヤに僕の言葉は届かない。

 ミヤは小さな身体を震わせて、じっと耐えるように唇を噛んでいる。


 ふとミヤが何かを思い出したように顔を上げる。


「ミヤ?」


 彼女はベッドの淵に立てかけていた杖を取る。

 先程投げつけた鞄から彼女の荷物が散乱している。

 彼女は散らかった荷物の傍までゆっくりと歩み寄ってしゃがみ込む。

 そして、銀色に光る一本のかんざしを拾い上げる。

 彼女が「お守り」だと言ってくれてた、僕の贈り物だ。

 祈るようにぎゅっと握りしめる。


 そしてそのまま散らばった荷物をかき集める。


「……あ」


 彼女は荷物の中の一つに目を止める。

 そしてまるで吸い込まれるように、その白い指先を伸ばす。


「ミヤ、何を……?」


 それは、小さめのカッターだった。

 まるで暗示でもかかったかのように、彼女は何の迷いもなく、カッターの刃をカチカチと伸ばす。

 彼女の目は完全に光を失っていた。

 正気ではない。

 弱り切った彼女の心が、自らの死を選ぼうとしている。


「ミヤ、駄目だ!」


 僕は叫んで飛び出すが、間に合わない。

 彼女は左の手首にカッターの刃を当てる。


「ミヤ!」


 僕が叫んだ時だった。


「待ちなさい、お嬢さん」


 扉の方から、掠れて低い女の声が聞こえる。

 憑りつかれていたようにぼうっとしていたミヤが、その声で、まるで叩かれたようにはっと顔を上げる。

 僕とミヤは病室に入ってきた闖入者に目を向ける。


「あぁ、良かった。

 間に合ったみたいだ」


 信じられないことに、その女は病院だというのにたばこを咥えており、ミヤの無事を視認してその煙をふっと吐き出した。

 その強い匂いに、僕は思わず顔をしかめる。


「あなたは?」


 その女の顔には見覚えがあった。

 テレビの霊能力者特集で見たことがある。

 長身痩躯できつい顔立ちだが、ミステリアスな雰囲気と能力で彼女の評価は高い。

 ミヤも同じだったようだが、記憶の淵に引っかかった彼女の正体が出てこないようだ。


「メイ。

 田島ちゃんのお友達。

 で、アンタの霊視を頼まれた。

 祓い屋を手配したかったんだけど、急すぎて無理だったから、アタシだけ来てみたの」


 メイは後ろで無造作に結んだ長い髪を揺らして病室内に歩を進めながら、淡々とミヤの心の質問に答える。

 僕はそのたばこのキツイ匂いでゴホゴホと咳き込む。

 霊視、という言葉で、ミヤも彼女をどこで見かけたか思い出したようだ。

 

「霊能力者の、メイさん?

 田島さんのともだち?

 どうして、わたしに?」


 思考能力を失っているミヤの傍まで来ると、メイは膝を折ってゆっくりと彼女の手からカッターを取り上げる。


「頼まれたの、田島ちゃんが死ぬ前にね。

 アンタが安心できるように、霊視してくれって」


「え?」


 メイはカッターを自分のポケットにしまうと、ミヤの手を取って立ち上がらせる。


「で、結論から言うけど」


 切れた長い目で、メイはミヤを見る。


「アンタ、呪われてるよ。

 っていうか、正確に言うと、憑りつかれてる」


「……え?」


 立ち上がったミヤがメイの言葉でふらつく。

 僕は思わずかっとなる。


「そんなわけないだろ、インチキ霊能力者が!

 ミヤが不安がるようなことを言うなよ!」


 自殺するほど思い悩んでいる彼女を、さらに追い詰める気か。

 本物だろうと偽物だろうと、許せなかった。

 しかしメイは僕の方をきっと睨みつける。


「黙りな」


 そう言って、濃いたばこの煙を僕に吹き付ける。

 体に染み込むようなその煙に、僕は二歩、三歩と彼女たちから距離を取る。


「なに? なんなの?」


 ミヤはそんな僕らのやり取りを見て、混乱したようにメイの顔を見上げる。

 メイはそんな彼女の身体を支えるように、しっかり肩を掴む。

 そして、


「ミヤ。

 アンタはアタシほどじゃないけど、『そういう』体質だからね。

 そろそろ見えてくる頃だと思うよ」

「な、なにが?」


 メイは一点を注視する。

 ミヤはそれにつられるように、視線を向ける。


「あれが、アンタについてる悪霊の正体だ」


 そう言って、視線の先を指さす。


「……え?」


 その指の先に現れた姿を見て、ミヤが大きな目をさらに大きく開ける。

 彼女の目に映ったのは。



「あなた、誰?」




 僕だ。


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