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きみのため  作者: 甘楽
2/8

「だからぁ、この病院は呪われてるんだって」


 昼間なのに曇りがちな天気は、電気がついているのに病室をやけに薄暗く感じさせる。

 この阿白河病院は街から少し離れた場所にあり、周りに高い建物がないため、昼過ぎのこの時間はいつもなら日の光が入ってくるはずだった。


 そんな中で神田は、あろうことか父親が亡くなったばかりのミヤにそんなことを言う。

 金に近い茶色の短髪と左右に三つずつのピアスは、彼の口調と同じように軽薄に見えた。

 もちろん僕はそんなことを口には出さない。

 しかしミヤと同室の田島は、ちょっと、と神田をたしなめる。


「あなたねぇ、もうちょっと言葉を選びなさいよ。

 ミヤちゃんが怖がっているじゃないの」


 四〇代という年の割に若々しい田島は、馴れ馴れしくミヤの隣に座る神田の膝を軽く叩く。

 しかし彼は悪びれる様子も見せず、下唇を出すだけだ。


「だってこの病院、ここ一か月で病人以外が二人も死んでるんだぜ?

 ミヤの父ちゃんと、ここの看護師さん。

 あーあ、曽根さん、美人だったのになぁ」


 神田は心底残念そうに首を振る。

 その隣でミヤは眉を寄せて顔を伏せる。

 もともと華奢な彼女が、ここ最近可哀そうなくらいやつれてしまっている。

 入院しているミヤの見舞いに来たというのに、この男はさらに彼女を追い詰める気だろうかと、僕は気が気じゃなかった。


「呪いなんかじゃないよ、ミヤ。

 気にするなって」


 僕はそう言うが、彼女は細い指を祈るように組んだまま動かない。

 そんな彼女の様子に気づかず、神田は続ける。


「そういやウチの学校の奴も一人、この病院で死んでたっけ?

 自殺未遂して搬送されて、結局ダメだったってやつ。

 隣のクラスの相川だったっけ?

 これも呪いかなぁ」

「もう、神田君ったら」


 田島は再度神田の膝を叩く。

 彼女が嗜めなかったら、僕が手を出していたかもしれない。

 ミヤはと言えば、「可哀そう」と目をきゅっと閉じている。

 彼女は相変わらず優しい。


 こんなにも優しい彼女が、神田なんかに好意を持つなんて。

 僕は失意と怒りを覚えるが、仕方ない。

 神田は軽薄そうな恰好と言動が目立つが顔立ち自体は整っているし、帰宅部のくせに色んな部活に助っ人として参加するほどにスポーツ万能だ。

 もちろんミヤ以外の女生徒たちにも人気がある。

 ミヤはどちらかと言えばおとなしい性格だから、神田みたいな男に憧れるのも分かる。

 僕のほうがずっと一緒にいて、彼女のことを知っているのに。

 悔しいけれど、それでも神田がいることで彼女が元気になるならば、と僕は唇をぐっと噛む。


「ミヤちゃん、気にしちゃ駄目よ。

 悪いことって重なるものなの。

 すぐに前向きに、とはいかないだろうけど、考えすぎないようにね」


 お節介な田島だが、こういう時に僕の言いたいことを言ってくれるのは有り難い。

 ミヤはそれでも俯いたままだ。


「でも、もし呪いとかだったら、私……」

「だーいじょうぶだって。

 呪いだろうがサツジンだろうが、ミヤはオレが守るからさ」


 そしてこの男も僕が言いたいのに言えない言葉を、いとも簡単に言ってくれる。

 よくそんな言葉をサラリと言えるもんだ。

 田島が「あらー」と手を口に当てている向かいで、ミヤが顔を赤くしている。


 僕はやるせない気持ちになる。

 そもそも神田って隣の高校に彼女がいるって噂じゃなかったか。


「それじゃ、俺は帰るけど。

 ミヤ、怖くなったら電話しろよ?」


 神田がベッドから音を立てて立ち上がり、馴れ馴れしくミヤの肩を叩く。


「うん。

 今日はわざわざお見舞いに来てくれて、本当にありがとう」

「気にすんなって。

 またすぐに来るつもりだけど、できれば学校で会いたいからさ。

 さっさと治せよ」

「……ん、ありがと」


 綺麗な唇を上げて、ミヤがほほ笑む。

 ミヤが僕を大切に思ってくれることは知っている。

 でも特別になれないのは、きっとこんな言葉を言えないからだ。

 嬉しそうな彼女の横顔に、僕の胸はきゅっと苦しくなった。


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