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バナナ  作者: オノマトペ
2/3

*2*

 草を刈る仕事をし始めた頃は、とにかく道行く人間の目が嫌だった。怖いとかではなく、嫌だった。みんながみんな私を好奇心と軽蔑の二つの目で見ては笑ったり悲鳴を上げたり、当然心無い罵声も耳にした。始めのうちは私も反発していた。

「失礼だ」

「何か言いたい事があるなら直接言いなさい」

 そんな言葉を私が吐いたところで、彼らにとって私が“音の鳴るオモチャ”になるだけだと気付いてからは言う事もやめた。そして気にしないことにした。とは言っても、そういったリアクションを受ける事はストレスになった。

 道行く人間は数え切れないほどいたが、彼らの反応や対応はいつでも同じだった。誰一人として私に自ら近付いたり、微笑む様な人間はいなかった。一度だけ、ベビーカーに乗った赤ん坊が私を見て微笑んだ事もあったが、それに気付いた母親が急いで向きを変え足早に立ち去って行った。私は知っている。彼らは他人と同じ行動をとっているだけなのだ。あるいはそうせざるを得ない世の中なのだ。もし仮に一人の青年が私に優しく近付き微笑んだとしよう。たちまち彼は街の変わり者であり、すっかり村八分に遭うだろう。ところがだ。有名人が彼のその言動を高く評価しそれをSNS等で発信したとしよう。するとどうだろう、彼はきっとたちまち英雄に成り得るのだ。影響力のある人間には逆らえず、弱いはみ出し者には容赦なく襲い掛かれる彼らは実に団結力の強い他力本願な集団だ。まるで個人の意地も意志も見当たらない。私のような一人で何もない状況下に生れ落ちたとしたら皆、一日と経たずして死んでしまうだろう。


 私は心の中に鬱憤を溜めていった。自然と溜まっていったと言った方が正しく思える。なぜなら私は社会の中に取り込まれたお陰でこんな目に遭っているからである。もしも私が大人しく倉庫の中で眠り、羊毛や川の水を飲食しているだけの生活であったとしたら、実にストレスの少ない生活を送れていた事だろう。しかし街を歩けば誘惑も多い。羊毛よりも美味しそうな匂いに溢れ、楽しそうな雰囲気の施設もあったりする。その為には金が必要だった。社会が生み出した「金」が必要になった以上、その時点ですでに社会に足を踏み入れているのである。時すでに遅し、私には金が必要なのだ。



 休日があると私は図書館に行く事が多かった。学校も行かずに就職を済ました私はそういった形で勉強をしていた。なぜ、学校に通わなかったかと言うと、おそらく人間とは年齢の進み方に差があるように思えたからだ。自我を持った時から数えて二年後には、人間の中学生レベルの会話は出来ていたし簡単な計算も出来た。生活する中で自然と覚えたものも多かった。そしてそこから一年経つと、体もすっかり大きくなり自覚として三年前よりも丈夫になったように思えた。それから働く事にした。

 図書館で勉強する事は主に歴史や生物学である。私に似た生物は他にいないのか、と疑問を持ったことがきっかけで勉強をし始めた。それから散々、文献を漁り散らしたが未だに私のような生物をお目にかかったことが無い。

 動物園や水族館、科学館や宇宙博物館なども訪れてみた。しかしそこにも私の姿に似た生物は見当たらなかった。“系統”と、範囲を広げてみても引っかかるような生物はいなかった。


 そうなってくると、街で人間が私を見て悲鳴を上げたり気持ち悪がったりする事も、少しずつ受け入れざるを得ない気持ちになってきた。それはすごく悲しい事ではあるが、すごく自然な事である気もした。得体の知れない生物との共存、そこに恐怖が生まれない方が不自然であるように思えた。

 


 私は市役所の偉い人に、草刈りの仕事時間を夜にしてほしい、と頼んだ。夜の方が、人目につかずに済むからである。この時の市役所はものの五分で判断を下せた。やればできるじゃないかと思ったのも束の間、理由はすぐに察した。市役所としても、私のような恐ろしい姿の生き物を市民の目にあまり曝したくないんだろう。なんだか気持ちが落ち込んだ。


 仕事時間が夜になると、作業ははかどった。仕事に集中することが出来た。別に難しい業務ではないので“はかどった”だの、“集中できた”だのと言うと偉そうだが、ストレス無く仕事をする事が出来るようになったというような意味合いだ。

 夜の九時にもなると飲食店を残しほとんどの店が閉まる。賑わっている街中以外はほとんどしんと静まり返っている。そんな中では電動の草刈り機を使ってはいけない、と市役所の人間に言われた。理由は「近所迷惑だから」だそうだ。なんとも過保護な理由である。それを言い出したらキリがないだろうと思った。車や電車だって騒音だ。ところが走行時間や走行区域に規制はない。私がそんな事を言うと屁理屈だと言われ“車や電車の必要性”を説かれた。その理論でいくと、効率のいい草刈りは不必要だという事になり、ひいては私の仕事を軽視しているような発言である。そう言うと今度は「常識で考えてくれ」と喝を受けた。常識とは何だと聞くと、「自分で考えろ」以外に答えは無かった。なるほど、都合が悪くなるとどうやら正体不明の“常識”というものに逃げ込む癖があるらしい。それ以上叩いても埃も音も出ないと諦め、私は電動草刈りを一旦諦めた。



 ある日、小さい公園の草刈りをしていた。少しの花壇とベンチと街灯があるだけの公園で、遊具もなく、看板には「ボール遊び禁止」と貼られていた。どうせまた過保護すぎる理由だろうと思いながら草を刈っていると、ベンチに人影が見えた。少しずつ警戒しながら近付くと若い女学生らしかった。まったく社会が過保護かと思えば、家庭の実態は女学生を夜に一人で出歩かせるほど放任じゃないか。まるで息が合っていない。

「何をしているんだ」

 あくまで心配になった良心から私は彼女に質問をしたのだが、彼女は驚いて息を止め動けなくなってしまった。しょうがないので、大丈夫だと言いながら頭をぽんぽんと軽く叩いてみても効果はなく、むしろ逆効果だった。もう一度、何をしているんだと聞こうとすると今度は彼女から「何...」と震えた声が漏れた。何、と聞かれても私自身自分の正体を分かっていない。しょうがないのでとりあえず名乗る事にした。

「バナナ、という名前だ」

 彼女は今度は口をぽかんと開けて固まってしまった。

「バナナという名前は自分で付けた。人間ではないが、自分が何者か分からない。今は市役所に雇ってもらっていて、その職務である草刈りをしている最中だ」

 私は、しょうがなく何から何まで彼女に説明してやった。まるで就職の面接試験のようだった。すると彼女は急に吹き出して笑った。

「誰?中に誰か入ってるんでしょ?」

 まったく失礼な奴だ、私を着ぐるみか何かだと思っている。と、思った反面、“中身”を見ようとしてくるその姿勢には好感が持てた。

「まぁいいや、ここ、座っていいよ」

 そう言うと彼女は少しベンチの右へ詰め、残ったスペースを私に差し出して来た。立ち仕事で疲れていたので私は言われるがまま腰を下ろした。


「何をしているんだ」

 私は改めて質問をしてみた。彼女は始めほど怖がっている様子はなかった。

「別に、ぼーっとしてるだけ」

 こんな夜中の公園で人間の女学生は何をしているかと思えばぼーっとしてるだけとは可笑しな答えに思えた。

「一人か」

 そう聞くと彼女の表情が曇り少し間が開いて「うん」と答えた。

「私と一緒じゃないか」

 これまでの生涯孤独であった私の目の前に、同じように一人だと言う人間の女学生がいる事に少しの期待を抱いた。そこで私の脳内に先程の彼女の言葉がスッと浮かんだ。


“中に誰か入ってるんでしょ?”


 間違いない。彼女は人間の姿を被った怪物に違いない。僕と同じ怪物に違いない。きっと彼女の“中身”は人間ではないんだ。私も“外側”の見た目に惑わされていたんだ。

 急に親近感がわいて、胸を高鳴らせながら同じ質問を返した。

「え、私の中?は?普通に人間の格好してるじゃん」

 

 瞬く間に私の推測は見事に外れた。

「そうか、失礼。君が一人だと言うから、てっきり私と同じように怪物で、人間の姿を借りて生活をしているのかと思ってしまった」

 彼女はまた吹き出した。

「何それ、冗談?キャラ?面白いね」

 この場合の“面白い”とは誉め言葉なのか馬鹿にしているのか、などと考えていると続けて彼女が口を開いた。


「でも一人なのは事実」

 少し寂しそうな顔をしていた。

「人間なのにか?」

「どう言う事?」彼女は困ったように笑った。

「いや、人間はこんなに沢山いるのに、君は一人なのか?」

「ん、言ってる意味があんまわかんないけど、こんなに沢山いるから一人なんじゃない?」

 私には彼女のその言い分の方が分からなかった。

 私は生まれた時から親も仲間も無く、また同じ種族もいないような生物で、街を歩けば悲鳴と罵声を浴びるような“独り”の環境を生きてきた。ところが彼女はその容姿も紛れもない人間であるにも関わらず“一人”だと言う。そんな贅沢な話があるもんか。


「親はいるのか」

「いる、けど嫌い」

「仲間はいるのか」

「仲間?アニメの見過ぎでしょ」

「じゃあなんと聞けばいい、友人は」

「友達ねぇ...いない、かな」

 最後の部分で彼女の声は詰まった。

「友達いないのか、どうして」

「知らないよそんなの!」

 彼女の声が荒げられた。

「いじめられてんの!学校で!毎日毎日!先生も他の子も見て見ぬふりで本当に孤独なの!死にたいの!」

 彼女は涙混じりに気持ちを吐き出した。私にはあまりに想像のつかない話でついていけなかったが、本能的に彼女の頭を撫でていた。これだけ大声を出すことも、近所迷惑になるのだろうかなどと思いながら。




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