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バナナ  作者: オノマトペ
1/3

*1*

 神様の容姿が人間である事に中指を立てて「人間のエゴだ」と一生懸命叩いていたかと思えば、「神様」と呼ばれている生身の人間を次々と生成していく。生涯で沢山の安打数を稼いだ野球選手、世間の心に寄り添える歌を歌う歌手、無料動画サイトで人気をはくし一躍有名人に成り上がったフリーター、整った美貌を持ったアイドル、華奢な体からは想像もつかないほど大量の食べ物を食べてしまう大食い自慢。こうして例を挙げてみても至る所に「神様」が異常発生しており、いずれも「人間の容姿」である。

 

 また他の地域では、例えば聖書で語り継がれているように誰も体験をしていないあくまで「作り話」なのだが、どういうわけかイエス・キリストという“生き物”がまるで実在していたかのような崇め方である。彼もまた“人間の容姿”である。


 私は決して神様が人間の容姿を授かっている事実をとやかく言うつもりはない。それを信じようが信じまいが、非難をしようが擁護をしようが私には無関係以上でも以下でもない。大体、“神様”という概念が誕生した時代に絶滅した恐竜や未知の生物の事など解明されていないはずなので、“神様”を想像する際の材料が身近な人間しか無かったのだろう。至極納得である。私が前記した事柄に付随して日々感じている事とは、私自身の姿が何故“人間とは異なっているのか”という事である。



 私が世間様向けに背負っている看板は“怪物”である。厳密に言うと“妖怪”だったり“化け物”だったりするのかもしれないが、当事者である私にその判断は難しい。ただひとつ言える事は“人間や既存の動植物とは明らかに異なる生き物”であるという事と、過去に漁った文献によればそういった生き物はいかなる時代も“怪物”にカテゴライズされてきたという事だ。


 私が怪物である事実は一目瞭然である。街のガラスに反射して映る自分の姿は言わずもがなである。それでもこうして私は地球上に命を授かっている。それは今さら掻き消せない事実なのである。

 そうすると何が起こるのか。勘の良い読者ならば、あるいはそうでなくても容易く想像がついてしまうだろう。


 命を授かったという事は当然生活をしていかなければならない。“生きる意味”と言うものを必死になって求めがちな人間もあるが、私の場合は、あるいは生物の根本においては例外なく、子孫を残す事である。これは無意識に、本能からくるものである。しかし、私はこれまでに私と同じ種類の“容姿”を持った生き物に巡り逢ったためしがない。そして私は自分が生まれた仕組みも解らないのである。自我を持ち、自らの意思で行動を起こし始めた最初の記憶の時点で、私を産み落としたと思われる親や面倒を見てくれるような仲間の姿は無かった。なので自分が何者で、どこから来たのかが分からず鏡で見る自分の姿だけが確かで後は全て自分で決めるしかなかったのである。

 話はここからである。そうした自分にまつわる情報が無かったので生活していく中で苦労することが多かった。役所に行けば名前や住所が求められた。就職するとなれば経歴や自分の人となりが必要だった。そしてそれ以前に、“文字を読む”、“会話が出来る”、“理解力がある”という親が補ってくれるはずの部分が私の人生においてはすっかり欠けていたのだ。役所や職場で名前やら住所やらを求められたと言ったが、これは生まれてからずいぶんと経った後の話で最初は言語を身に付ける所から始まった。

 幸いにも私には賢い頭脳が予め備わっていた。私の種族においてはいたって普通の事なのかもしれないが、その頭脳が言語学習のみならず多岐に渡り役立った。何しろ「言語を身に付けなければまずい」とこの頭脳が考え出したのも、自我を持ってから三ヶ月としないうちだった。また「三ヶ月」と言ったが、そういった時間の概念に気付くのにもそれほど時間を費やさずに済んだ。初めのうちにそういった事を脳内で考えていた時点では、私はまだ言語を習得していたわけではなかった事を今思い出しても感動を覚えるほど不思議に思う。今でこそ「音」や「文字」で「言葉」を表す事が出来るので脳内で考え事をする時もそういった「形」でもって脳内に描く事が出来るのであるが、当時の私には「脳内で形を成す言葉」というのが無かったにも関わらず「考える」ことが出来ていたのである。記憶上では当時の脳内の状況を思い出すことが出来るのであるが、今の私には何が何だかさっぱりわからない。渦のような糸のような、色がついているような無色のような、そういった何かが組み合わさるのか、混ざり合うのか、いずれにしても私はその力を使って考える事が出来ていたのである。


 言語を習得しなければいけない、と思った時も、何も朝から晩まで寝る時間も惜しみ勉強に明け暮れていたわけではない。当然、空腹や睡魔にも襲われた。私は、食べられる物と食べられない物を嗅ぎ分ける嗅覚には恵まれていなかった。

 たしか初めて口にした物はプラスチックだったはずだ。それも紙コップの蓋として使われていた物で、空腹だった私にはそこに残ったオレンジの香りにとても食欲をそそられた。しかし齧ってみて、とても食べられる物と思えずすぐに吐き出した。その時に近くにいた人間が悲鳴を上げて走り去っていく後姿を私は未だに忘れる事が出来ずにいる。

 それからというもの何度も何度も色んな物を恐る恐る試してきた。周囲に人間がいないタイミングを見計らってゴミ箱だってひっくり返した。そして初めて食事にありつけたのは約十日後の事だった。我ながら、良く生き延びていたと思う。食べたのはバナナだった。果物がたくさん並んだ屋台の前へ行き片っ端から鼻を近付けて匂いを嗅いだ。今思い出すとすごく可笑しいが、当時の私にはまだ自分が怪物である自覚などなかったために何度も人間を意図せず驚かせてしまっていた。その時も、果物屋の店主は腰を抜かしてしまったようでそしてまた周囲からもけたたましい悲鳴が数多く聞こえた。まさか自分の事で起こった悲鳴だとは思いもしなかった私は、バナナを一房手に持つとそのままその場を立ち去った。「お金を払って品物を手に入れる」システムを知らなかった私は白昼堂々、万引きをしていたのである。さすがに今ではそういった事は無くなった。

 そうして私はバナナを持ったまま、雨風を凌ぐために身を潜めていた住処に帰りさっそく一口齧ってみた。始めの食感は良かったのだが中に柔らかい白い部位があり私の口には合わなかった。しかし何日も食べ物にありつけずにいた私は食欲に任せ白い部分も含めて一気に食べきってしまった。今ではちゃんと中の白い部分は取り除いて食べているが、その頃は苦手をおしても食べずにはいられなかった。


 こうして私は生活の情報や必要な言語をみるみる吸収していき、人間とさほど変わらない生活を送れるようにまでなっていた。役所にも行った。役所内は騒然とした。その時に名前を尋ねられ困ったが、咄嗟に最初に食べた「バナナ」を思い出しそう答えたので私の名前はその日から「バナナ」となった。厳密に言うと、姓と名の二つに分けなければいけなかったので「バ・ナナ」である。住所を聞かれた時も私は説明したのだが役所の人間が全く納得しなかったため、私は彼らを自分の住処まで連れ出した。随分と身構えた人間も加わり総勢六名で私の後ろを付いて来た。住処に着くまでの間、彼らがあまりに静かだったので「いい天気ですね」などと気を配って会話を始めたのだが返答はなく、そのうちの一人は無線機で私の言葉を繰り返していた。当時の住処は市営の野球場に設置されている鍵の壊れた用具入れだった。雨風を凌げるし、普段はとても静かだったので居心地が良かった。近くには牧場や川もあり、食べる物にもさほど困らなかった。その住処を見せた所、彼らは一時間程話し合いをした末に承諾してくれた。



 私が独りで生活していくぶんには全く不自由が無かった。しかし私はその生活を続けるうえでどうしても“社会に取り込まれる”必要があった。役所にて“名前”を決めなければいけなかった事に始まり、自分の居場所まで管理されなければいけない。そして生活資金を稼ぐには自分の自由な時間を削って仕事をする以外になく、その就職に際しても必要な資格の多さや個人情報の収集っぷりに嫌気がさした。生活の為に我慢はしたが、だいたい学歴と仕事の力量が比例の関係にあるのであれば君達は皆嘘をついて職に就いたに違いない、とでも啖呵を切りそうであった。そして何より“私の容姿”について、想像を絶するほどの誹謗中傷を受けた。

「君はそもそも人間じゃないから雇えない」

「見た目が気持ち悪いから雇えない」

時には電話で対応した時は良かったのに、いざ面接に出向くと門前払いを食らったこともあった。

 生まれた姿には皆差があるにも関わらず、こんなにも見た目が重要視されるなんて馬鹿げている。どうせ彼らは外見に惑わされて中身や本質を見落とす能無しだ。ああいう奴はどうせバナナの外側の美味しさを評価しても、いざ中身の不味さを知ったら手の平を返して誹謗中傷をするに違いない。大事なのは最初からバナナにかぶりつき、外側も中身も口の中で味わってから判断をする事じゃないか。


 最終的に私を雇ってくれたのは市役所だった。「どの企業も私の姿を見るや否や門前払いで話にならない」という文句を伝えに行ったところ、また一時間程の話し合いの末に私を雇うという決断を下してくれた。社会に腹が立っていた私は、大の人間の大人は寄ってたかって一時間かけてようやく答えが出せるのかと思うと情けなくなった。

 職務内容は街の草刈りだった。




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