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見山さんは決められない  作者: あけがえる
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04.理由は人による

 第四タームの別の食品会社は、インスタントコーヒーやコーヒーと一緒に食べたら美味しそうなお菓子類を取り扱う会社だった。ただ、話の内容は、大まかに言えばパンフレットに載っていることを話しているだけのように思えた。面白かったのは、コーヒーに関する資格を取るために、海外研修に行く必要があるということだった。もちろん会社が費用を出してくれるし、滞在期間は数か月になるらしい。海外に行けるということで少し興味を惹かれたが、私はそこまでコーヒーが好きな訳でもない。その海外研修が、どうしてもその会社に入りたい理由になるわけではなかった。最後の質問のコーナーでも特に何も思いつかず、周りの学生からの質問も気になるようなものは無かった。


 第五タームでは、ふと気になった電機メーカーのブースへ行ってみた。いわゆる白物家電を扱っている会社で、聞いたことのある家電の名前に惹かれて参加してみた。パンフレットには様々な家電の特徴や、それを開発した社員の方々の話が書いてあった。この家電を作るのにはこんな苦労があったとか、こんなところが大変だったとか、作った人視点の話が書いてあり、読んでいて面白かった。ただ、どうしてもメーカーで自分が働いているイメージができなかった。パンフレットに書いてある通り、作業服を着て、こういった家電を作っている人のイメージが浮かんでしまう。質問のコーナーになると、理系と思われる人たちが割とガツガツ質問をしていた。同じくらいの年齢の学生なのに、よくこんな質問が思いつくなと素直に感心した。


 第五タームを終え、いよいよ帰るだけになった。歩いている途中で、ちょうど第三タームで訪れたブースの前を通りかかった。社員の人たちは、お疲れ様、とお互いを労っていた。せっかく終わったところで話しかけるのは少し悪いな、と思いつつ、今回自分の中のモヤモヤを解消したいという気持ちが勝った。ブースの中に入り、第三タームで説明をしていた社員の人に話しかけた。


 「少し、お話を聞いても良いですか。」


 この人は、確か斉藤さんだったと思う。斉藤さんは振り返るとにこっ、と笑って答えた。


 「はい、大丈夫ですよ。」


 あまり言葉を用意していなかったので、一瞬話すのに詰まってしまったが、それでも斉藤さんは笑顔を崩さない。こちらが話し始めるのを待っていてくれているようだ。頭の中で言いたいことを整理して、聞いてみた。


 「斉藤さんは学生の頃、初めからA社さんに入ろうと決めていたんですか。」


 斉藤さんは、にこにこしながら周囲を見回し、答えた。


 「あまり大きな声では言えないですけど、そういうわけではないですよ。私も学生の頃は、何社か迷った上で、最終的にA社に決めました。」


 意外な答えが返ってきた。第三タームで質問されたときは、あまりにもはっきりとした志望理由を話していたから、ここの会社一筋かと思っていた。続けて聞いてみる。


 「そうだったんですね。その、学生からの質問で志望理由を教えてください、って聞かれていた時に、A社さんのお菓子が好きだからとお答えになったいたので。初めからA社さんが第一志望なのかと思ってました。」


 とりあえず思いつく限りのことを話してみる。斉藤さんは少し考えるような素振りをした後、ピンときた顔をした。斉藤さんは笑顔で照れ臭そうに話し始めた。


 「あの第三タームの時の話ですね。あの時はカッコつけて答えてしまった気がしますね。実際のところ、あの志望理由にたどり着いたのは、私の就職活動の終わりの頃でしたね。」


 これまた意外な答えだった。元々好きなものがあって、それを仕事にしたいと決意して今の仕事に就いたのかと思っていた。


 「そうなんですね。何で、その志望理由にたどり着くのに時間がかかったんですか。」


 斉藤さんはにこ、っとして答えた。


 「やっぱり、好き、って理由だけで第一志望の企業を決めて良いかどうか、悩んでいたからですね。」


 一瞬、あれ、って気持ちになるが、話を聞き続ける。


 「当然ですが、A社よりも給料が良い企業や、勤務地が都心の企業もありました。他の企業と比べてA社が勝っていた部分は、私が好きなお菓子を販売している、ってところだけでした。なので、好きなお菓子があるからA社に入りたい、って志望理由にたどり着くまでには結構悩みましたね。」


 こらー、聞こえてるぞ。と後ろから声がした。見ると斉藤さんの先輩と思わしき人が、こちらを笑顔で睨んでいた。斎藤さんはそちらを向いて、すいません、と笑顔で答え、こちらに向き直った。意外とさらりと流したな、と思う。


 「そうだったんですね。ありがとうございます。まだ話していても大丈夫ですか。」


 斉藤さんは嫌そうな顔一つせずに答える。


 「大丈夫ですよ。何でも聞いてください。」


 そう言われたのも後押しして、私は思い切って聞いてみた。


 「斉藤さんは、人事部の方なのですか。」


 斉藤さんは一瞬、間を空けて、すぐに答えてくれた。


 「いえ。私はマーケティング部、いわゆるこのお菓子の売り方を考える部署の所属ですね。」


 そういうと、ポケットからまたあのお菓子を取り出した。カラカラと小気味の良い音が聞こえる。人事部ではない、と聞いて少し安心した私がいた。


 「そうだったんですね。いえ、失礼かもしれないですが、その、お菓子が好きなのに人事部に配属になったんだ、と思ってしまいまして。」


 言ってしまった後に、まずい、と思ったが、斉藤さんはにこにこしたままだった。


 「鋭いですね。今回はその心配はないですよ。うちの会社では、こういった採用業務のサポートに、他の部署の人が参加する制度がありまして。今年はマーケティング部から私が参加しているんです。」


 そう答えながら、斉藤さんはうんうん、と頷いていた。学生からそう思われるなら、次からは説明したほうが良さそうですね、とも言っていた。私は、そういう制度があるんだなと思いつつ、本当に人事部じゃなくて良かった、と安心している自分がいた。ほっと胸をなでおろす。一通り聞きたいことは聞けたし、これ以上引き止めてしまうのは悪い気がした。


 「そうなんですね。分かりました、ありがとうございます。すいません、長々と引き止めてしまって。」


 「いえいえ、疑問が晴れたなら良かったです。また何かありましたら、パンフレットのメールアドレスまでお問い合わせください。」


 笑顔の斉藤さんに見送られながら、私はA社のブースを後にした。人並みはまばらで、出口に向かう就活生がちらほら見える。出口あたりで説明会のアンケート用紙を記入する。とりあえず真ん中あたりの評価をつけ、満足度は良い方につけておき、提出箱に入れた。ビルの外に出ると、冷たい風が頬を撫でた。寒い。


 この説明会で何かしら得たものがある気がするが、それが何かははっきりとは分からない。とりあえず私がやらないといけないことは、家に帰って、エントリーシートを完成させることだった。


************************************************************


 中田との飲み会が終わり、家に着いた。水道の水をコップに入れ、ごくごくと飲む。もう一杯水を汲み、ソファに腰をおろす。あらためて、見山からきていた連絡を読む。


『A社のエントリーシートを書いたので、添削をお願いできないでしょうか。』


 送られてきた連絡の内容を読み、添付されていたファイルの内容を開くか躊躇する。時間は深夜の11時。さらに飲酒済みだ。ただ、せっかくなので中身だけは簡単に目を通しておきたいという気持ちになった。


 エントリーシートを開いたところ、お菓子の企業のエントリーシートのようだった。書いてあった項目は、志望理由、学生時代に力を入れたこと、それぞれ400文字。さらに好きなお菓子は何か書け、と書いてあるだけだった。非常にシンプルなエントリーシートであるが、この時期のインターンのエントリーシートとしては珍しくない。1dayインターンシップなので、受かれば見山にとっても良い経験になると思う。ざっと内容を読んでみて、一息着く。


 なかなかひどい。


 きっと、見山は自身の思いの丈をここに詰め込んだのだろう。この前喫茶店に行ったときの感覚では、この企業にそこまで思い入れがあったようには思えない。にもかかわらず、1社目のエントリーシートとして送ってきたということは、見山なりに何かがあったのだろう。喫茶店で多少発破をかけた意味はあったと思う。


 ただ問題は、文章力だ。なんというか言いたいことと理由がごっちゃになっている。ロジックができていない。最初に結論を書かないといけないし、それに対する理由を分かりやすく言うのが基本だ。一方で、文章力が問題なら、なんとでもなるのだ。


 そんなことを考えていると、昔自分が大学生の時に、全く同じことを先輩に言われたことを思い出した。思わず笑みがこぼれる。他人のことを言える立場ではないが、俺も先輩に教わったことを、後輩に教える時がきたのだろう。


 そんなことを思いながら、俺は見山に近々会って話せる日はないか、連絡を送った。ここからが、就活の本当の始まりなのだ。


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