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見山さんは決められない  作者: あけがえる
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02.まずは戦う

 私は平凡な女子大学生だ。


 両親と弟の四人家族で、今年二十一歳の大学三年生。高校までは陸上部に所属し、短距離を専門にしていた。大学では陸上サークルに所属しながら、練習半分、飲み会半分、時々記録会に参加する程度の人間だった。大学に入ったのも、私の学力で入れるか、入れないかのギリギリを狙った結果だ。高校生活の大半は部活動に費やし、大会の成績は人並み。学力も中の中くらい。その高校に入った理由も、家から遠すぎず、当時の私の学力で入れるところを目指した結果だ。中学については、そんなに思い出もない。小学校については、そんなに話せることもない。幼稚園の頃については、大して思い出せることもなかった。


************************************************************


 「やっと着いた。」


 電車を降り、改札を抜けて足を止める。目的地を確認しようとスマホを開く。思っていたよりも人が多かったので、壁際に寄ってから画面に集中する。アプリを起動させ、うろ覚えの会場の名前を入力。パッと青い点が画面に表示される。スマホを動かしながら、歩き始める。慣れないヒールの音を聞きながら、ビルの立ち並ぶ景色を眺めつつ、今日の夕食のことを考える。お昼は和食だったから、夜は洋食にしようか。でもこの説明会で疲れたら、夕食は手抜きにしてさっさとお風呂に入ろう。冷えた手先をさすりながら、マフラーの端を引っ張る。今年の冬は例年と比べて暖冬傾向だと聞いたが、私からしてみれば毎年寒い。


 一度も地上を歩くことなく、目的地のビルにたどり着いた。大きく、新しいビルに見える。入口辺りの作りが凝ったビルだ。見ると、目的の説明会がやっていることをアピールする立て看板があった。良かった、やってた、と一安心すると同時に、緊張する。ビルの中に入り、化粧室の案内を見つけ、そちらに向かう。歩きながら、先日の会話を思い出す。


************************************************************


 「インターン、ですか。」


 「そう、インターンだ。」


 俺が繰り返しそう言っても、見山の困惑の色は消えない。それもそうだろうと思いつつ、話を続けることにした。


 「今の見山にとって大切なのは、まず就活は何をするものなのかを知ることだと思う。だから、さっき興味があるって言ってた食品業界と広告業界のインターンに申し込んでみよう。まずは食べ終わってからにするか。」


 そう言って、意識をパスタに戻すことにした。くるくるとパスタを巻き始める。見山もそうですね、と言いつつ、質問をしてきた。


 「でも、私は食品業界と広告業界のことなんて何もわからないです。それどころか、志望動機を書けるほど興味のある会社もないです。」


 そういう気持ちも良くわかる。まず、見山はやりたいことが分からないと言っていた。じゃあ、見山がやりたいことが分かるのはいつなのかと言われたら、俺には分からない。だからこそ、見山にはまず試しに戦ってみてもらわないといけないのだ。


 「そうだよね。でも、とりあえず騙されたと思って、『食品業界 インターン』って調べてみようよ。イメージで好きなインターンを選んでみていいから。」


 そう言いつつ、俺はカルボナーラを味わう。見山は同意したような、してないような、そんな何とも言えない空気を醸し出しながら、ナポリタンを食べる。一度、就活の話から離れ、他愛のない会話をした。見山の同期、俺からみたら後輩が、サークルの誰々と付き合ったとか。去年の記録会ではこんな記録を残したとか。最近のサークルの飲み会ではこんなことがあって、誰々が吐いて散々だったとか。ついこの前まで大学生だったはずなのに、こういった話題が懐かしい内容のように感じる。最近の俺と言えば、こうやって見山とふと会話できるような話題を持っていなかった。


 パスタを食べ終え、食後のドリンクを頼んだ頃、話を就活に戻すことにした。俺も見山も自分のスマホをいじってインターンについて調べ始めた。


 「興味のあるインターンって、なかなか分からないですね。」


 つぶやく見山を眺めながら、当然の反応だと思った。説明しようかと思ったが、伝えきれる自信がなかった。そんな時は、まず手を動かしてみるに限るというのが俺の持論だ。俺はめぼしいインターンを2つほどブックマークしながらさらに検索を続ける。その中、ふと見山が口を開いた。


 「そもそも、インターンってなんですかね。」


 聞かれた俺も、スマホをいじる手を止めた。


 「俺のイメージは、お試しでその職業をやってみる期間、って感じかな。調べてみようか。」


 そうは言いつつ、正しい意味を問われると答えられない。インターンを調べる手を止め、インターンの言葉の意味を調べる。いくつか就活サイトの定義するインターンの意味が出てくるが、ここは純粋に言葉の意味を調べてみる。


 Wikipediaによれば、意味は以下の通りだ。


 インターンシップ(英: internship)とは、特定の職の経験を積むために、企業や組織において労働に従事している期間のこと。 商人・職人のための徒弟制度と似ているが、標準化や監査などはされていないため、指すところの内容は様々である。略称として、インターンとも呼ばれる。


 文章をそのまま読み上げると、見山は感心していた。


 「特定の職の経験を積むために、労働に従事している期間のことを指すんですね。」


 「まぁ、あくまでこれは英語のインターンシップの意味だからね。指すところの内容は様々である、って書いてあるし。」


 そう言った意味では、さっき思い付きで言った、お試しでその職業をやってみる期間、という言葉もあながち間違いではないかもしれない。


 「気になるインターンは見つかったかな。」


  俺の問いかけに、見山はうーん、とうなりながら答える。


 「そうですね、これとかどうですか。」


 俺の問いかけに対して、見山はピコン、とスマホでURLを送ってきた。タップし、中を開いてみると、誰もが知るような食品業界の企業の名前が出てきた。インターンの詳細を見ながら、いくつか気になる部分が出てきたので、見山に質問することにする。


 「何でこのインターンを選んだんだ。」


 見山は考え込んでいるようだ。そんなに思い入れのある企業ではないようだが、それもそのはずだ。


 「やっぱり、有名な会社ですからね。知っている会社ですし。インターンにも参加しやすそうだったので。」


 そう、このインターンは参加しやすい。何故なら、一日だけのインターンで、応募者は全員参加できるインターンだからだ。それに見山が知っている企業だと言うのも大切だ。選ばないといけないのは、見山自身だからだ。


 「そうだね。このインターンもありだと思う。じゃあ、俺のおすすめはこれかな。」


 今度は俺が見山にインターンのURLを送る。見山がインターンの内容を読んでいる間に、俺は外を眺める。お昼を過ぎ、外の人手も減ってきたように思える。新年の休みが終われば、また仕事が始まる。この休みが続けば良いと思う反面、現実的な自分がいて、休み明けにはあれとこれとそれをやらないといけないなと考えてしまっていた。


 「この会社は知ってます。でも、このインターンは難しくないですか。だって、エントリーシートの提出が必要じゃないですか。」


 見山の声で現実に引き戻された。見山の意見はその通りで、俺が送ったインターンは一日だけの開催だが、エントリーシートの提出が必要だ。応募すれば全員が参加できるわけではない。ただ、そこが重要なのだ。


 「エントリーシートを書く練習になるから、そのインターンはおすすめだ。見山、お前はいつエントリーシートを書く練習をするつもりだったんだ。」


 「えぇっと、三月からですかね。会社の説明会に参加して、行きたい業界を選んで、会社を決めて、エントリーシートを書き始めると思ってました。」


 間違いではないが、良いやり方ではない。


 「じゃあ見山、今言ったやり方で就活を進めて、一番最初にエントリーシートを出さないといけない企業が、第一希望の企業だったらどうする。」


 見山はむむむ、と考え込む表情になった。


 「それは困りますね。できれば何回かエントリーシートを書いてみて、練習したいです。」


 「俺もその方が良いと思う。でも、人気の企業ほど、エントリーシートの提出期限は早いよ。採用数に対して応募人数が圧倒的に多いからね。それで十分に優秀な学生も集まるだろうし。」


 今の就活は売り手市場だなんて言われているが、有名企業に関してはそんなことは関係がない。有名企業は常に買い手市場だ。有名企業にいきたいのならば、きちんと周りの就活生より秀でていなければならないと思う。問題なのは、その秀でている部分が何になるのか、と言う点だが、今はまだその話には至らない。


 「そうですよね。言われてみれば当たり前の事なのに、全然思い当たりませんでした。」


 見山は自分に言い聞かせるようにそう言っているようにみえる。新年にこんな話をしているが、あと二ヶ月後には就活が始まるのだ。それがあと二ヶ月しかない、なのか、まだ二ヶ月ある、なのか。ただ、俺がやるべきことは、見山を追い詰めることではない。


 「まだ二ヶ月あるしね。今言った、エントリーシートの練習になるってことも含めて、三月の就活のことを考えながらインターンを選んだほうが良いと思う。」


 俺が見山に送ったインターンは食品業界と広告業界の二社分だ。両方ともエントリーシートが必要で、広告業界の方は面接もある。受かる可能性はあまり無いように思えるが、それでも受けて、経験値を積むことが重要になる。そして、これをやっている学生とそうでない学生では、就活の進みやすさに大きな差が出る。


 「わかりました。そうしたら、ここのインターンに申し込んでみます。」


 「そうだね。さっき見山が選んだインターンも含めて、いくつか申し込んでみて。それで、エントリーシートができたら、就職課で見てもらうでも良いし、俺に送ってもらえば添削はするよ。」


 「添削してくれるんですか! ありがとうございます。絶対書きます。」


 笑顔で答える見山を見ながら、俺は運ばれてきた食後の紅茶を飲んだ。俺が提示したインターンのエントリーシートの提出期限は1月中旬だ。見山が期限までにエントリーシートを完成させることができるかで、就活への本気度を確かめられると思いつつ、俺は数日後に迫った出社日に対して憂鬱な気分になるのだった。

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