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見山さんは決められない  作者: あけがえる
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00.新年の相談

 「今の仕事を選んだ理由か。」


 正面に座った中田が頬杖を突き、眉間にしわを寄せている。


 「そう。志望理由とか。」


 俺がそういうと、中田は急に背筋を伸ばし、目つきを鋭く、表情を厳しくした。


 「はい、私が御社を志望した理由は……。」


 中田は途中で言葉を止め、一拍置いた後、その表情を崩した。


 「そんなもん、覚えてないわ。」


中田はそう言って、手元のハイボールを口に運んだ。だよな、と口の中でつぶやき、自分もハイボールを口に運んだ。正面の中田は斜め上を見て、考えるような素振りをしている。


都内でも一位、二位の複雑さを誇る駅。そんな駅から歩いて少しのところにあるビルの居酒屋で、昼から飲んでいる。明るい色をした木の机、黒く背の高い丸椅子、居酒屋というよりはカフェを想像させるようなおしゃれなお店だ。中田は割とこういった小奇麗なお店を好む。


 「でも急にどうした。」


 そんなことを聞いてくるなんて、と中田は言いたげだ。確かに自分らしくない質問をしたと思う。数日前の出来事を思い出しながら、口を開いた。


************************************************************


 冬休みを利用して実家に帰省し、数日が経過した。帰省と言っても、会社の寮から数時間のところにある実家に、電車で行く程度だ。親戚の集まりに参加したり、おせちを食べたり、初詣をしたり、お雑煮を食べたりと、新年らしい行事をこなす以外にやることは特に無かった。行事をこなす以外には、正月の特番で時間をつぶし、家の犬の散歩をし、ご飯を食べる。それがここ数日の生活リズムになっていた。こんな自堕落な生活も残すところ僅か。あと二日したら寮に帰るつもりだ。やることも無く、時間を持て余していたところに、とある連絡が来た。


 『相談したいことがあるので、明日お昼でも食べませんか。』


 久しぶりに見た名前を液晶に見つけながら、極度のめんどくさがりである俺はその誘いに乗るのを躊躇った。これが仕事のある平日ならにべもなく断ったのだが、明日は特に予定も無い上に、そろそろこの生活にも飽きてきた頃だった。新年で蓄え過ぎたエネルギーを使って、外に出ることに決めた。


 家から歩いて駅前に向かう。外に出てみると、想像以上の人の多さにたじろいだ。新年に色めき立つ人々の群れを通り抜け、約束していた喫茶店に着いた。二階に位置するこのお店は、街中でよく見かけるチェーン店の一つだ。その中でも落ち着いた雰囲気があり、席ごとの仕切りがはっきりしているため、居心地が良い。木目調の椅子と床、白い壁、暖色の明かりが温かい雰囲気を作り出している。多少声を出して話していても問題ない。ふと時計を見ると、約束の時間までは十五分ほどある。店内は想像以上に混みあっていて、席が取れて良かったと安心した。暇であるが故に家を早めに出たことが功を奏したようだった。することも無いので、店内の雑誌置き場を物色し、旅行雑誌を手に取った。席に戻ったところで、店員さんがおしぼりとお冷を持ってきた。ここ数日の食べ過ぎもあってか、空腹感を覚えたのがいつだったか思い出せない。蓄えの増えたお腹を労わりながら雑誌を読む。雑誌の中の内容は、雪の白さが際立つ東北や北海道への旅行をオススメしていた。あまり寒さを好まない自分としては気乗りがしない内容だ、と考えていると、喫茶店のドアのベルが鳴った。音のする方を見ると、そこには見知った顔があった。俺の事に気付くと、彼女はにこりと笑いながら近づいてきた。


 「明けましておめでとうございます。」


 後輩の見山はそう言うと、ぺこりとお辞儀をした。


 「明けましておめでとう。久しぶりだね。」


 見山は新年の挨拶を済ませると、着ていたカーキ色のコートを椅子に掛ける。見山は大学のサークルの二つ下の後輩だ。俺が大学を卒業してから会うのは初めてなので、約二年ぶりの再会か。同じサークルに所属していた頃の見山は髪を茶色く染めていた気がするが、今は真っ黒になっている。髪型が当時はボブに近かった気もするが、今はもう少し伸びてセミロングの長さになっていた。


 「髪、黒くしたんだ。」


 何気なく口に出すと、見山は自慢気に答えた。


 「もう就活生ですからね。」


 見山も既にそんな年か。自分が就活をしていた頃は何年前だったか、と考えるくらいには自分の頭の中は社会人になっているようだ。まだ三年も経っていないくらいだろうか。ここ数年の就活時期というのは、当の就活生にも分からないくらい変動している。先日見ていたニュースでは、とうとう就活時期を撤廃する、と言っていた。それがいつからかは覚えていないが。


 「もうそんな時期なんだ。いつから面接解禁なんだっけ。」


 手元にあったメニューを見山に見せながら、聞いてみる。おしぼりの温かさに気が緩んでいた見山は、少し間を開けて答えた。


 「三月からですね。なんだかんだ、もう面接が始まってる会社はありますよ。」


 見山はランチメニューを眺め、ナポリタンのランチセットを頼んだ。俺はカルボナーラのランチにした。ご多聞に漏れず、就活時期前から選考を始めている企業は多い。業界によっては一月中に最終面接が実施するところもあるくらいだ。この時期から自分の行きたい企業を片手で数えられるくらいに絞っておいても良いくらいだ。


 「見山はどんな業界を狙ってるんだ。」


 自分の就活の頃はどうだったか、何て思いを巡らせてみる。割と幅広い業界を見て、最終的に今の会社に決めたのだ。特にこれといってやりたいことも無かったため、絞り込むのに時間がかかったのを覚えている。見山は一呼吸置いて、答えた。


 「そうなんです、相談はそれについてなんです。」


 目の前に座った後輩は、自信無さ気に、自信を持って、そう言った。


 「私、自分がやりたいことが分からないんです。」


 視線を逸らしつつ、窓の外を眺める。ちょっと寒気を覚え、この季節に窓際に座ったのは間違いだったかもしれないと思う。


 「やりたいことが分からないかー……。」


 後輩の言葉を深く考えることもせず、そのまま返す。何故なら、この相談の答えは俺には絶対に分からないからだ。

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