1.
(……あれは、まだオレが七つぐらいの頃のことだったなぁ)
碧は、近藤家の門前をはしゃぎながら通った小さな子供を目にして、
今、頭を過った思い出を思い出すべく、中庭に面する廊下に腰かけた。
*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・
「つきしま、あお」
周りが男しかいないことに、若干緊張しながら自分の名前を言ったことを覚えている。
「今日から、この試衛館に入門する月島 碧ちゃんだ。みんな、仲良くするんじゃぞ」
碧は、雪の降る寒い日に、近藤周斎先生経営の試衛館に入門した。
「女なのに、剣術やんの~?」
たくさんの人にそう言われたが、碧はいつも思うことは同じだった。
(女の子は剣術やっちゃダメとかいう決まりないじゃん……)
女の子は、その頃から今までずっと、碧ひとり。
碧が剣術道場に入ったわけは、いたってよくあるものだった。
両親が亡くなって、親戚に預けられ、一月も経たないうちに厄介払いをするようにここに預けられた。
「あお!となりで、あさげ食べよう!」
「うん」
みんな優しくて、とても仲良くしてくれたけど、碧と一番の仲良しは
沖田宗次郎。
そのときから、沖田だった。
試衛館に入って、一番最初に声をかけてきた。
碧が剣の才能を発揮するのはそう遅くはなかった。
入門して一月もしないうちに、同い年ぐらいの門下生には勝てるようになり、
三月経つと、年の離れた門下生にまで負けることはなかった。
ただ、沖田だけは、いつやっても倒せなかった。
「そうにぃ。ゆきたくさんつもった!」
碧より二つ年上の沖田を、この頃はまだ“そうにぃ”と呼んでいた。
「あははっ、ほんとだ!!」
その日も、たくさんの雪が降っていた。
「ね、あお。……きょう、正月だから、すぐそこの寺で、もちつきやってるよ!」
めずらしく沖田がはしゃぎぎみに言うので、碧も行きたくなり、
“周斎先生には内緒”
二人でこっそりと道場を抜け出した。
にぎやかなそこは、普段、碧にはとても縁のない場所で、気づくと沖田の袖を掴んでしまっていた。
「あお!ほら、あそこ!!」
沖田が指さす方向には、つきたての餅が湯気をあげて並んでいる。
それから碧たちは、餅やりんご飴や、まけてもらって色々食べた。
「あお。うさぎつくる方法知ってる?」
「え?しらない」
帰ろうということになって、沖田が突然奇妙なことを言うので、興味津々だった碧。
「あお!できたよ!!」
沖田は、手のひらでぎゅっと雪を握りこんで小さい丸を作った。
それに、近くにあった赤くて丸い実を二つとって埋め込み、小さなはっぱを二枚とって差し込んだものを、ずいっと碧に差し出してきたのだ。
「うさぎだ!!」
「雪うさぎだよ」
「わぁっ、ありがとう!!」
今まで、友達がいたことなくて、ひとりぼっちだった。
沖田が仲良くしてくれて、碧は色々なことを知ることができた。
なんだか、心が温かかった。
外が真っ赤になっていることに気づかなかった碧たちは、
周斎先生と、その養子でいつも稽古をつけてくれている嶋崎(のちの近藤 勇)先生の分も作ろうということになり、夢中で雪を握りしめていた。
「あお!走って!!」
「待まってよ!そうにぃ!!」
急いで試衛館に戻ったが、遅かった。
「宗次郎!!碧!!」
「何をしていたんだ。説明しなさい」
門前には、鬼の形相で仁王立ちする嶋崎先生と周斎先生の姿が。
「せんせっ!あおたちねっ、」
「すみませんでした」
碧が頑張って説明しようとすると、遮って沖田が謝った。
「そこの寺でもちつきをしていて、あおにも食べさせてあげたいなって……」
「……宗次郎、」
「みて!せんせい!これ」
「これは……」
説教が始まる予感がして、なんとかして沖田を助けたいと、
碧は手に握りしめていた雪うさぎを二人に見せた。
「ごめんなさい。せんせい。……けいこやすんだら、おこられるのはあたりまえ……。
……でもっ、これ、ふたりでつくって。これがしゅうさいせんせいで、こっちがしまざきせんせい!!」
「……」
「……」
(おこってる……よね?)
何も答えない二人に、ついに碧はしょんぼりと肩を落とすと、
いきなり温かいものに包まれた。
「えっ?えっ?」
「しゅっ、周斎先生!?嶋崎先生!?」
どうやら、碧たちは、周斎先生と嶋崎先生に抱きしめられたようだった。
「宗次郎。碧」「ありがとう」
二人の声が重なって、すごくぎゅうっと抱きしめられた。
「でもな、出かけるときはちゃんと言え」
「二人に何かあったらと思うと、居ても立ってもいられん」
二人にまじめな顔で言われ、碧たちは“はい”と、
もうしないと誓った。
「あのっ、けいこやすんでごめんなさい!」
「いいんだよ。用事があるなら、きちんと言って。休んでもいい」
そう微笑むと、周斎先生と嶋崎先生は、碧と沖田の手を取って歩き始めた。
「宗次郎。碧。
……お前ら二人は、儂の孫のようなもんじゃ。儂は、二人が一番大切なんじゃ」
「せんせい……」
“大切だ”なんて、いつぶりだろうか。
もう、長らく言われていなかったその言葉。
なんだか目に熱いものが込み上げてきて、慌てて我慢した。
「さぁて、甘味処でも行くか!!」
いつの間にか雪は止んでいて、冷たかった手は、
心と共に温かくなっていた。