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AEM  作者: 半田 慶一郎
1章
2/2

3581年 2月21日

目を開ければ知らない天井が映り、体を持ち上げれば見たこともない機材が並んでいた。

俺の覚えている最後の記憶だ。

左腕には管が通っており、右手には小さな赤色のバンドが付いてあり、名前を書く欄が空白のままになってあった。

そして、本を開いたまま寝ている若い男の人が窓際に寄りかかって寝ているという全く理解できない状況に俺は巻き込まれていた。


「ん…………起きたのか?」

「え……?」


若い男の人が壁から離れ、本を閉じる。


「ちょっとそのままでいてくれ、看護婦を呼んでくる」

「あ、はい……」


窓に本を立て掛け、スタスタと速い足取りでその人は部屋から出ていった。

結局取り残された俺が、ここで何をしているのかがわからないままだが、改めて布団をかぶり直した。


「あ~、こらこら、君、診察始めるタイミングで寝ちゃあいかんでしょう」


さっきの人が連れて来た看護婦は、布団を引き剥がし、俺のおでこに手を当てて熱を測った。


「ん~、熱は無し……っと、じゃあちょっと上の服脱いでみて?」

「はい……」


袖に手を入れ、服が裏返らないように一気に脱ぐ。そして自分の上半身を見たとき、一気に嘔吐感が込み上げて来たのを今でも鮮明に覚えている。

左の脇から右の横腹にかけて大きな切り傷があり、とても綺麗に縫合されてはいるが、切れ目の肉がぼろぼろでとても気持ちが悪かった。

今はもう何ともない。あれから何年も経っているからだ。


「うん、縫合部位からの出血は無しで、傷は治りかけてる。良い傾向だよ、そのまま安静にね?」

「うっ…!」

「ん……」


さっきの男の人が出したバケツをひったくるように奪い、全てを吐き出す。


「あ~、傷がショックだった?まあ仕方ないよ、大怪我だったんだから。生きてることが不思議な位のね」

「大怪我…?」

「あれ、覚えてないの?君、"ヒグマ"の腹の中から出て来たんだよ?」

「腹?」

「うん、覚えてないみたいだね、いいよ思い出さなくて。さ、寝て寝て」


肩を押され、ベッドに倒される。


「しばらくしたらもう1回診察に来るから、その時にまたいろいろ聞かせて。レオン、このままこの子の監視を続けてて」

「おい!シリアに任せたらダメなのか?」


レオンと呼ばれた男の人は少し嫌そうに反応をしたが、看護婦は振り返りもせずに手をヒラヒラさせる。


「まったく……」

「あの……レオン…さん?」

「なんだ?」

「トイレに行っても良いですか?」

「…………ついてこい」

「すいません……」




***




病室から出てレオンさんの後ろをついていく途中でいろいろな病室の前を通った。

痛みで大声のあがっている部屋や、医療バックを持って駆け込む医者のいる部屋、はたまた見舞いに来た人達と騒いでいる部屋もあった。


「レオンさん、1つ質問をしても良いですか?」

「なんだ?」

「一体ここは何処なんですか?」

「AEMのドイツ支部、南部棟の医療エリアだ」

「AEM……?」


急に歩みが止まった。


「まさか、AEMを知らないのか……?」

「あ、はい……」


見たこともないような動きで後ろに振り返り、俺の肩を掴んだ。

1本1本が細い指にも関わらず、そこからは考えられない握力で掴まれた肩は、ゆっくりと悲鳴をあげようとしていた。


「うっ…!」

「っ!すまない!!」

「い、いえ……、握力が強いんですね……」

「あ、ああ、まあ仕事柄、肉体労働が多いからな……」

「それよりもAEMって何なんですか?」


腕を組み、左手で顎を触って何かを考える仕草は、とても不思議な雰囲気を醸し出す。


「……………」

「……………レオンさん…?」

「AEMに興味があるのか?」

「ええ、はい……」

「……………」

「……………」

「……………この道を真っ直ぐ行けばトイレがある。先に行ってこい」

「あっ………はい……」


完全に自分の尿意を忘れていたのもしっかりと俺は覚えている。

それだけレオンさんの妖艶というべき不思議な雰囲気に俺は完全に引き込まれていた。




***




「すいません、お待たせしました……」

「ああ、問題無い」


先程来ていた看護婦が隣に来ており、2人はこそこそと何かを言い合っていた。


「それで、AEMってなんですか?」

「まずは診察と質問を終わらせるわ、話はそれからよ」

「だ、そうだ」

「え、ええ……」


どこか、この事について避けようとしているのは、幼かった俺も分かっていたし、何か理由があるのだろうとも考えていた。


病室に戻り、ベッドに腰かける。


「じゃあ、中断していた診察を再開するわね」

「お願いします」

「……………」


だが、診察事態はとても簡単に終わり、とてもあっけなかった。


「さて、じゃあ、レオン」

「ああ、あまり乗り気じゃないんだがな……」

「?」

「AEMについて、お前の質問に答えてやる、ただ……」

「ただ?」

「1度だけ言うが、お前はまだ拒否権(・・・)を持っている。それを使うもよし、使わずに受け入れるもよしだが、どうする?」


この質問は、今でも「理解できなかった質問ランキング」の1位に入っている。




***




「どういう意味ですか?」

「何もわからないような急な話なのはわかるわ、でも……」

「今のお前の状況を知った上層部はもう動き始めた、止められるのは今だけなんだ」


まったく意味がわからなかった。


「じゃあ、質問を変えよう」

「え?」

「AEMに所属するか、死ぬか(・・・)だ、選べ」

「ちょっと!レオン!!」


看護婦がレオンさんの頬を平手で打ち、乾いた音が響きわたる。


「事実だ」

「それでもっ!言い方っていうものがあるんじゃないの!?」

「上層部に弄られて、死ぬのを見過ごしたいのか?お前は」

「それはっ……!」


自分の知らない世界で話が難しい方向にどんどんと入っていくのが分かっていたが、口を挟めるようなものでは無いため、おとなしく問について考えるしか無かった。


「とにかくお前は死にたいのか、死にたくないのかを速く答えろ!」

「………何がおこっているのかわからないまま死ぬのは俺もさすがに嫌です」

「で?」

「生きようと思います」

「よし」


首筋に何かが刺さり、何か異物が流れ込んでくる。


「な、何を………?」

「体の力を抜いて、ゆっくりリラックスして後は任せろ……」


辺りにサイレンが鳴り響き、レオンさんが視界から消える。


「任せて……守ってみせるわ………」


名前も知らない看護婦に何か言われたような気がしたが、睡魔が強く、上手く聞き取れなかった。





***




タイヤが岩に乗り上げ、車体が大きく弾む。


「痛っ!」

「っ!ごめんっ!」

「だ、大丈夫です………ここは………?」

「アフガニスタン支部の近くよ」


窓に手を当て、外を見る。

見たことのない美しい景色の奥で、何かが赤く光っていた。


「あれは………?」

「………………っ!」


車が急停止し、後部座席から助手席に叩きつけられる。


「あれは、ドイツのある方角よ…………」

「えっ……?」


あの時は俺もまだ薬が残っているのかと錯覚する程、目の前が白くなった。


「レ、レオンさんは!?」

「まだドイツよ………」


泣きながらハンドルに頭を打ち付ける看護婦の姿は、今でも忘れてはいなかった。

また、何故詳しく知りもしないレオンという男が、ここにいないというだけで自分がここまで動揺するのかも、まだ俺は分かっていなかった。


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