神々の最高傑作(ザ・マスターピース)
気が付くと辺りには何もなく、ただ自らの肉体と龍のみが、あった。
「ここは……?」
「龍の世界線だ。」
影が答える。
「相手の攻撃を受けて、気が付くとここにいた。なにもない、白い空間。今俺たちが動いているのかさえ分からない。」
異都望は、少しだけ長髪になっていた。
「それは……。」
「恐らく、さっきの光は龍の攻撃、世界線の行使だ。」
「……。」
「僕が色のないことは知っているだろう?」
そうだ。
話が確かなら、異望は、『色』のない世界線から来た。
「最初の龍の攻撃……、あれは音だった。ものすごく大きな音で、空中の僕たちを叩き落とす攻撃だ。でも、さっきの攻撃は違う。存在の性質を変えるあらゆる『色』を、そのままぶつけるような攻撃だった。だから、影に、モーフィングさせて、そのあと影で君たちを包み込んだ。」
「ある意味で賭けだったけれど……。」
「一体どういうことだ?」
少し笑い、答えた。
「『色』のない僕と影が交われば、世界線どうしが干渉すると考えたのさ。あの時、影も『色』を失っていた。だから、龍のあらゆる『色』の集合体をそのまま吸収することができたのさ。」
そして現状。
生きている自分たち。
それが言外の証明だった。
「互いに干渉しあう世界線、か。じゃあ、ここは……。」
「そう、全ての色があった元世界線さ。」
「恐らく、色のない僕の世界と対を為す……。」
「ということは……。」
「そうさ。影よ。」
「なんだ?」
「ここでアイツを追い返したら、影の力でここの世界線を僕と合わせろ。」
振り返ると龍がいた。
そして、それは黒龍ではなく、白竜であった。
全ての呪いと色を失った、龍だった。
「先ほどの攻撃は、自分自身を傷つけるものだったらしい。」
「俺たちが色を吸収したから、その分、有利にはなっているはずだ。」
いうなれば、龍の世界線を一つ潰したのだ。
しかも、力そのものを吸収した。
俺たちが、少しだけ龍に追いついた瞬間だった。
「異望よ……、さっきのことだが、いいぜ。」
「ん?」
「龍を追い返したら、結び付けてやるよ。」
「……ああ。」
優しく微笑み、瞳を閉じる。
こいつはこういう顔もできたんだな。
「行くぞ!」
白竜は色を失い、瞳は赤く、その他は白く。
わずかに黒を体に残すのみだった。
「ブラック・ソード、ん?」
右手から伸びた影は、虹色に発効していた。
しばらくすると、周辺を照らしたのち、そこには、クリスタルのような透明の鉱石のようなものが残った。
「これは……。」
龍はすでに咆哮を発していた。
白き闇の滅びを。
希はとっさに右手でそれをかばった。
本来はここで彼らの物語は終わるはずだった。
世界線の行使もなく、龍の攻撃の直撃。
しかし、奇妙にも彼らは無傷だった。
右手が異変を起こしていた。
龍の攻撃を吸収したのである。
あらゆる色にきらめくそれは、極彩色のつるぎとなり、全てをつらぬくだろう。
そして、希はその機会を逃さなかった。
「異望、頼む。」
「ああ。」
時を止め、反転する空間を作り出す。
白竜はやはり、黒龍に戻り、そして……。
「いっけえええええええッ!!」
剣を前に、龍の首をはねた。
それらは一縷の光となり、外の世界すらも照らした。
「ん?」
気が付くとそこは神々の世界であった。
しかし、地面の9割が鮮血で染まっていた。
「龍の血か……。」
そうだ、ついに、やったのだ。
この世界の概念悪を……。
「感傷に浸っているところ悪いが……。」
影が言う。
「奴は、お前の目の前にいる。」
ふと10メートルくらい前に眼を向けると、そこには人型くらいの龍が、丸くなっていた。
そして、人の頭が見えた。
「恐らく、奴はいま、あらゆる世界で見てきた存在を、形をまねて自らにしている。」
「それが人間だってのか?!」
「多分な……。」
「じゃあ、いま。」
「それはできない。あらゆる攻撃を試みたが……、だめだった。」
「そんな……、じゃあ、世界は滅ぶってのかっ!」
「落ち着け、俺達にはモノすごくいいことがあったんだ。わかるか?」
「……ああ。世界線同士の干渉のことだろ?」
「そうだ、異望と俺の世界線同士が干渉しあい、別の力が引き出せた、つまりこれは、神の百科事典で俺たちが見たことが正しかったってことだ。」
そうだ。
俺たちは見ていた。
百科事典を上り切り、そこにあるはずの13の言葉を……。
『これは……。』
登りき行ったそこには、『絶対』はなかった。
そして、そこにあった言葉は……。
「『相対』……、ですよね。」
後ろから声がした。
女神たる少女、ラスエルだった。
悲しい笑顔を向けながら、言葉をつづけた。
「絶対の神が失われてから、世界は混迷しました。そして、我々は恥知らずにも神を名乗りました。……絶対的な存在が、失われてしまったのに。」
「ですが、希さん、われわれは決めました。」
「世界の命運を決めるのは、あなたか、その竜か。それを決めるのは我々ではないと。ですので、手を出してください。あなたにこれを……。」
手には物質化した光、愛憎、希望、未来、次の世界を作るにふさわしいベクトル、それら万物が詰まっていたように感じた。
それはやがて体の一部となり、異都と影と希を結び付け、ついには全ての核がそろった。
……生物は完全を求める。
そして、ここに成った。
「それが、わたしたちの最高傑作です。それでは、ご武運を、希さん。いえ、最後の『希望』。」
龍は呼応するように体を作り、生まれた。
そこにはただ、最後の希望がいた。