神聖深淵補完世界線アビス境界詩紡録後編
扉を開けるとそこは草原だった。
「洞窟の中に……、草?」
先ほどまでは洞窟の中にいたはずである。
「ここは、神々の魔力で作られた、別の空間だ。」
どうやら評議会はこの空間で採決を行うようだ。
「ここは最初の13の真名を持つ者たち、それらが各世界について話し合う場だ。」
「そこの小僧が何の用だ。」
草原にある円卓、その席にいるということは、当然、神の一柱なのだろう。
「……理想神から伝言を頼まれた。」
「『理想』は散ったが、失われたわけではない。」
「『理想』は全ての存在に散ったが、失われたわけではない。」
「……だ、そうだ。」
「その言葉、真かっ!?」
「そのはずだ。」
円卓を囲む11の神々は驚きを隠せないでいた。
「……ならば、貴様が『理想』に最も近いというのか。」
「それはどういう意味だ。」
「『理想』の者が言っていなかったか?」
「『理想』の自分、それに到った者だけが、謁見を許される、と。」
「ああ、何でも、理想の自分になると、理想神の世界線に飛ばされるようだな。」
「そうか……。」
先ほどから話をしているこの男……、逞しい体躯をしている。
身長は2メートルくらいありそうだな。
蒼白の眉間は、厳格さを知らしめている。
「俺がここに来たのは、理想神に伝言を頼まれたからだ。」
「それじゃあ。」
退室しようとしたとき、後ろから声がする。
「もう帰るの?」
何だこいつは。
「もう少しゆっくりしていきなよ。」
振り返ると、そこには『人』がいた。
目の下にはクマができており、頬はこけている。
「おまえ……、雰囲気がなんか違うな。」
「ああ、わかる?」
「一応、人間だよ。」
「俺を呼び留めてどういうつもりだ。」
「いや、何、これからどうするつもりなのかな~って。」
「当然、この世界線の『概念悪』を無くすつもりだが?」
相手は噴出した。
「あっはっはは~。」
「お兄さん、面白いね。」
「何も聞いてないんだ?」
両目に涙らしきものも見える。
「この世界線に『概念悪』はないよ。」
「何だと!?」
女神からも永遠神からも聞いていない。
いや、待てよ。
「ああ、体調が優れなかったから、聞いてなかったのかもしれない。」
「こいつの言ってることは本当なのか?」
振り返ると、おびえ切った女神がいた。
「……どうした?」
「ああ、聞いてないんだ。本当に、何も。」
そう言えば、評議会に入ってから、一言もしゃべってないな。
「……俺はそこの女神に選ばれた転生者だよ。」
「もう、6つは世界線を救出している。」
「へぇ……。」
「二人とも、そこに座れ。」
先ほどの大男が話をする。
「この世界の、仕組みについて話そう。」
円卓を囲む者たちは、いつの間にか三柱の神と、二人の転生者になっていた。
「我は絶対神、その代わりとして指揮を執っている。」
「『無限』神だ。」
「お前たち、転生者にはおおよそ二つの目的を任せている。」
「それは『世界線』の回収と『概念悪』の殲滅だ。」
「転生者は無作為に選ばれるわけではない。」
「そうなのか?」
「ああ、そうだとも。」
「神はその魂の強さを見極め、転生者を決める。」
「しかし、文字通りの転生、つまり、転生者は元の世界で一度死んでいる。」
「そのため、転生者が自らの死についてどのように捉えているのかが重要だ。」
「さらには、転生を拒否されることもある。」
ああ、あの取引は拒否することができるんだな。
「そして、その取引に応じた者たちが転生者となる。」
「転生者は世界線を救出する助けとして、神々からギフトを贈られる。」
「それこそが、最初に与えられる能力なのだ。」
「……もっとも、例外もあるようだがな。」
「なあ、ラスエル。この二人に過去を話すべきではないか?」
女神たる少女を見ると、顔を伏せている。
目元は見えないが、顔色は優れないようだ。
「……はい。」
「お二人は対照的なんです。」
「そう、それは私の過去、その過ちです。」
「私は世界線の救出を、他の神々よりも早くすることに使命を感じていました。」
「世界線を早く救出するために、他の転生者よりも多くのギフトを贈ったのです。」
「そして、贈るギフトがないまま選ばれた魂、終末に向かうこの世界を救う、転生者の中でも異端の存在、それがあなたです。」
「希さん。」
言葉は出なかった。
「……ご苦労だ。ラスエル。」
「ここからは我が話そう。」
「それでだな、どうして我々神と呼ばれる者たちは、どうして転生者に『世界線』の回収を頼むのだと思う?」
両目をつぶり、顔を横に振る。
わかるはずもない。
「それはだな、『世界線』から我々のギフトが作られるのだ。」
「『世界線』はその世界を、その世界たらしめる、いわば世界の特性なのだ。」
「そして、その特性が詰まった『世界線』は行使することで、法則を無視し、スキルとして使うことができるのだ。」
「いや……、法則を無視するというのはいささか語弊があるな。」
「行使することでその世界線の法則を、別世界に持ち込むことができる、とでもいおうか。」
『世界線』にそんな利用方法があったとはな。
「しかし、それではなぜ神々は自ら世界線を行使しない?」
無限神に質問を投げかける。
「それはな、我らが神だからだ。」
「そなたらは人であり、死にもすれば、成長もする。」
「……言葉はよくないかもしれんが、不完全な存在なのだ。しかし、不完全ゆえに成長することができる。」
「数多の世界を駆け巡り、世界線を回収するのは成長することのできる人間が適任と言うわけだ。」
「しかし……。」
恐らく、どこかで見た物語のような世界線もあるのだろう。
「もちろん、神々がスキルを持ち、世界線を回収することはできる。」
「しかし、世界線によってあまりに多様な世界が構築されている。」
「成長しない神々ではどこかで詰みの状態になるのだ。」
数多の世界に潜り、成長し、そして世界を救出する。
これは人間が適任ということか。
「それにな、実を言うと神々に匹敵する力を持つようになった転生者もいる。」
「数多の世界を駆け巡るうちに、めまぐるしい成長を遂げて……な。」
「それにな、我らは神を名乗ってはいるが、人の考える神とは全く別の存在だ。」
「この世界線の神という存在については知っているな?」
ラスエルから話は聞いた。
「ああ、何でも世界に最初に現れた言葉に対応する者たち……だろ?」
「左様。ラスエルは転生する時、なんと説明した?」
「確か……。」
『私は、そうですね、あえていうなら高次元生命体でしょうか。』
「高次元生命体だと……、言っていた。」
「そうだ。つまり、世界線も、能力も違うが、人間と同じ生命体だ。」
「……おかしくないか?」
無限神が笑う。
「そうだ。同じ生命体なのに、なぜ我らは成長しないかだ。」
「これが世界線による特性だ。」
つまり、俺がもと居た世界線の特性は、成長する生命体と言うことか。
「もっとも、我らからすれば、能力の行使とギフトの贈呈ができないお前らのほうが、変わって見えるのだがな。」
「俺のいた世界線の特性は、『成長』なのか?」
「左様。数多の世界線があるのに、どうして転生者は一つの世界線から選ばれたか、それがわかっただろう。」
何と言うことだ。
と言うことは、転生者はみな地球出身か。
「さて、今回の議会は終わりだ。」
こうして、来た道を帰り、百科事典のところへ戻る。
「無限神、俺はここで何をすればいい?」
「……この世界線に招かれた転生者は、その働きを評価され、招待されたということだ。」
「我らが住む、世界線にな。」
「さきほどあやつが言っていた、『概念悪』がこの世界線にないのは、『神聖』を与えられた我らの世界線だからだ。」
この世界線の特性は『神聖』だったのか。
「それに……お主、何やら別の存在と『混じって』おらぬか?」
異都 望のことだろうか。
「お主の体のことも、少しはいたわってこの世界線を歩いてみてはどうか。」
そう言うと、無限神はどこかへ歩いて行った。
その時だった。
空を、大きな影が覆う。
「……なぁ、ラスエル、あれはなんだ?」
「わかりません、見たこともない存在です。」
空全体を覆う、大きな体躯、そして翼。
「こいつは……ドラゴンじゃないか。」
翼のある、大きなドラゴン。
いや、空を飛んでいるからワイバーンか。
あまりに体がでかすぎる。
顔も尻尾の先端も見えない。
翼と胴体だけで、この世界の空全体を覆っている。
体全体が紫がかった黒で、
「ラスエル!この世界には神と招待された転生者しかいないんじゃなかったのか!」
「そのはずです……、こんな、こんな……。」
あまりの出来事に言葉を失っている。
「クソっ!」
振り返ると既に無限神の姿はなかった。
女神でもわからないことが起こっているのだ。
転生者の俺にわかるわけがない。
評議会に行けばまだ神がいるかもしれない。
来た道を走り出す。
「頼む……誰かいてくれ、誰かっ!」
扉を開けるも、そこはもぬけのからだった。
「(神もいない、空にはよくわからない化け物が飛んでいる。)」
そう、先ほどラスエルが質問に明確な答えがあれば、この世界線でよくおこることとして、解釈することができた。
しかし、女神は取り乱し言葉を失っていた。
「(何らかの緊急事態ってことだ。)」
「(どうする……。)」
再び百科事典まで戻り、空を仰ぐ。
やはり空は覆われており、世界に光が失われた。
次第に暗雲が立ち込め、落雷が鳴り始めた。
空を直視する。
雷が落ちる。
『俺』は異世界の闇で雷に打たれた。
死んだ。
はずだった。
目覚めると、左目の視界は無く、辺りは薄暗くよく見えない。
辛うじて自分の体、そして左側から指す光が見えるだけだ。
「おまえは……。」
「……まさか、ここで目覚めることになるとはね。」
既に色素を失った左半身からは、白色の光が差し、片方の眼からは陽光のように緋があふれていた。
「異都 望か……。」
「そうだよ。君は言ったじゃないか、俺の中で生きろってね。」
「まさか、ここで目覚めることになるとは思わなかったけど。」




