神聖深淵補完世界線アビス境界詩紡録中編
「あぁ……、あっ……。」
少年は苦しんでいた。
体の色素は抜け、その左半身は病的に白い。
もはや匍匐の体制を保つのも難しい。
遂には両の腕を地面に預けることとなった。
その時、女神たる少女が近づき、囁いた。
「……希さん、あなたには話しておきましょう。」
「その前に。」
「これを……。」
女神と少年を、青い空間が包む。
「私の権能は、真名にあるように、最後の女神です。」
ラスエル……、どちらかと言うと天使に近い存在なのだろうか。
体は動かずとも、思考はできる。
「神を神たらしめる権能が、次の神の存在を許さないものだったのです。」
「そして、半ば強引に世界線の回収を任せられたのです。」
「こちら側の都合で、あなたの魂を酷使したのです……、そこは説明しておきます。」
「そして……。」
女神たる少女は、少年に世界線の言い伝えを話す。
すると、少年は顔を上げた。
「大……丈夫……、だ。転……生する時に、説明は……、受けた。」
青い空間は時間が止まっている……、転生する時に言っていた。
と言うことは、瀕死の状態ではあるがこれ以上、体の調子は悪化しないのだろうか。
「それに、最……後の……、女神……っていうのも……悪くない。」
女神には少年の言っていることが理解できなかった。
「この世界を救うから、もう神はいらないのかもしれないぜ。」
少年の体は回復に向かっていた。
「体の方は大丈夫だ。こうやって歩くこともできるから。」
「この空間を閉じてくれ。」
「……はい。」
青い空間が閉じていき、時が流れだす。
雨が降っている。
空は曇り空なのか、一面が白い。
雨の日の、埃っぽいにおいがした。
「なあ、ラスエル……、あれはなんだ?」
誰もいない広場、その中央に板状の何か。
石碑だろうか。
「あれは、神の百科事典です。私たちの真名をはめ込み、安定を図る。」
「この世界存続の要、です。」
「……つまり、この世界線自体が、神々に管理されている、と。」
しかし、おかしい。
女神の話によれば、13の言葉がはめ込まれているはずだ。
「……上の言葉が見えねぇな。」
神々が作ったという『何か』、『絶対』の代わり、それが見えない。
百科事典を見上げる彼の左半身はすでに色素が抜けている。
「……希さん、体調はどうですか?」
「ああ、歩いて話もできる分、だいぶ良くなったみたいだ。」
「……なあ、ラスエル。」
「はい。」
「さっきの話によると、俺にも『生命』と『核』と『色彩』はあるってことだよな?」
「ええ……、生命あるものですから、あります。」
「ついでに言うと、意識もありますから、『判決』もあります。『存在』、『時』や『空間』も希さんの肉体によって、あると言っていいでしょう。」
「『法則』は……?」
「それも肉体によってあるでしょう。体のなかは細胞や血液で、様々な『法則』によって活動していますから。」
「そうか。」
「『核』もありますよ。おおよそ、人間性と呼ばれるものです。」
「あの百科事典を作ったのは誰なんだ。」
「わかりません。」
「……。」
「『絶対』が失われたとき、『時』はその可逆性を失いました。『空間』も捻じれ、今となっては誰が作ったかは……。」
両目をつぶり、顔を横に振る。
「そうなのか……。」
百科事典の裏側から、一つの影が近づいてくる。
「ここにいたのか……、ラスエル。」
「あなたは……。」
一人の男だろうか。
しかし、何か雰囲気が違う。
ヒトナラザルモノ、と言ったところか。
「……評議会の一柱か。」
「その通り。よくわかったな。」
「ラスエルを敬称なしで呼べるのは、同じ神位だろうしな。」
「察しがよくて助かる。しかし、君も名前で呼んでいるのだな。」
「……転生者だしな。」
「して、ギフトは何を貰ったのかな?」
「……。」
ギフトとは何だろうか。
女神からは聞いていない。
「ギフト……?」
「まさか、我々から何も受け取らずに転生を引き受けたのかね?」
「ああ、まあな。」
相手はひどく驚いていた。
「まさか……、そういうことなのか?」
「……どういう意味だ。」
この男は誰だろうか。
白いローブに、白い髭。
年は不思議なことにわからない。
少年と呼ぶには老いており、老人と呼ぶには若すぎる。
「希さん、こちらは永遠神です。」
「へぇ。」
「永遠神、こちらは、私の担当の転生者です。」
「なるほど。ギフトもなしによくここまで来たものだ。」
「そのギフトってのは一体、何なんだ。」
「そうだな……、少年よ、ラスエルの過去は聞いたかな?」
「いや。」
「話してもいいかな?」
「……どうぞ。」
眼を逸らし、表情が暗くなったのを少年は見逃さなかった。
「いや、いい。」
即答だった。
「女神は転生者の過去を聞かなかったんだ。」
「俺も聞く必要はない。」
一部、俺の過去を見ているようだったがな……。
「ほぅ……。」
目を細め、感心しているようだった。
「面白い。しかし、この世界の説明は私がしよう。」
「いいのか。」
「ああ。」
「……、ア……れ……?」
意識が遠のいていく。
どうやら限界の様だ。
転生したときのように、意識が肉体を抜けていくのがわかる。
見下ろすと、自身の肉体が転がっている。
ゲームやファンタジーに出てくる、魂が出た状態はこんな感じなのだろうか。
肉体の死が近づいているのか、ラスエルや永遠神も見えなくなった。
辺りは真っ暗になった。
「……しかし、死んだのなら、意識も無くなるはずだろ……。」
冷静に考えると、ここは世界線が違う。
『法則』も違うのかもしれない。
それが様々な世界線に行って学んだことだ。
思考をめぐらせているとき、頭上から光が降り注ぐ。
目を向けると、そこには桜色の髪を持つ者がいた。
「……あなたは……。」
両目をつぶり、穏やかな笑みを浮かべている。
「私は理想神……。」
「ここに俺を呼んだのか?」
「いえ……、しかし、あなたが私の前に現れたということは、あなたは到達したのです。」
ゆっくりと目を開き、こちらを見つめる。
「あなた自身の『理想』に。」
13の言葉に対応する者、つまり、対応するものの近くに神はいるということだろうか。
「理想の『俺』になったから、理想神に出会うことができたと?」
「そうです。」
「しかし、ラスエルから聞いた話だと、あなたは散ったと、言っていたが。」
「はい、ですから、ここは先ほどとは別の世界線なのです。」
「俺に何か用か。」
「はい。神が転生者と会うのは、役割を託すためですから。」
「一体なんだ。」
「……評議会の……他の神々に、伝えてほしいのです……。」
「『理想』は全ての存在に散ったが、失われたわけではないと……。」
「『俺』が理想の俺に慣れたように、全てのものは理想に向かっていくと?」
「はい……そのように伝えてくださいませんか……。」
女神から聞いた言い伝えにある通り、『理想』は儚く、理想神も脆さを感じさせた。
「いいだろう。しかし、この世界線はどうやって作ったんだ。」
「ラスエルも青い空間を作ります。あれと同じように考えて頂ければ……。」
「そうか……。」
「それでは、お願いします。」
「……伝えるだけの命があればな。」
「はい……、それでは、肉体に戻しますね。」
「……さん!希さん!」
目を覚ますと、そこには泣き顔の女神が。
「よかった、本当によかった。」
大粒の涙を流しながら、少年の身に乗り出している。
「……大丈夫だ。ちょっと『理想』の神と話してた。」
「理想神と会ったんですか?」
「ああ、どうやらそうらしい。」
「他の評議会の神に伝えてほしいことがあるんだと。」
「ほぅ……。」
「永遠神、案内してくれるか?」
「構わないが、君の肉体で耐えられるかね……この世界線の深淵に。」
永遠神が言うには、この百科事典の下に、深淵と呼ばれる場所があり、評議会の神々はそこにいるという。
しかし、深淵の底、その道中、『神聖』を持たない俺の肉体では耐えられないという。
「深淵と言っても、あれはただの地形ではない。生きているといってもいい。『堕落』した者たちの、負の力が中和されず、君の肉体を蝕むだろう。」
「……それでも行くかね?」
すこし笑っている。
「ああ、どのみち死んだ身だ。理想の神との約束もある。」
「そうか……、ならば、私の権能も使うがいい。」
そう言うと、肩に手をかけられた。
「君に、『永遠』の力を。」
温かい。
何か力を感じる。
流れ、力の流れだ。
「これで、少しは楽になるはずだ。行こうか。」
そして、三者は百科事典の裏に移動した。
「ここだ……。」
広間の端まで移動すると、階段があった。
階段を下りて、百科事典の裏に行くと、さらに道が続いていた。
洞窟だろうか。
周りからは異様な力を感じた。
「これが深淵の力か。」
「そうだ。さきほどの『永遠』の権能で、君の状態は今の体調を保つだろう。しかし、『絶対』が失われた今、それも保険に過ぎない。幸運を祈る。」
「最悪、どうなるんだ?」
「……精神が耐えられずに発狂し、深淵に取り込まれる。」
「そうか……。」
「では、行こうか……。」
こうして、この世界の深部へと進むこととなった。
「希さん、体調はどうですか?」
「ああ、特に異常はない、と思うが。」
共に階段を下りていく。
『永遠』の権能のおかげだろうか。
体調は深部へ進む前と、変わりないように感じる。
ただ、時折体が震えているような気がする。
すこしづつ、深淵の力に影響されているのだろうか。
「ここだ。」
「この扉の向こうが評議会だ。」
「覚悟はいいかな?」
そんなもの、とうに決まっている。
「ああ、行こう。」
永遠神は笑い、扉を開いた。




