神聖深淵補完世界線アビス境界詩紡録前編
そこは草原などは無かった。
異世界は希の知っている場所ではなかった。
気が付くと重力に似た力が全身を包み込み、地に足がついた。
「ここは……。」
女神の口上はここで途切れる。
「(ここは……。)」
「(こうして移動してくると、『初々しい時』を思い出しますね……。)」
女神の思考が過去へと遡( さ か の ぼ )る
『……今回の転生者は選りすぐりの魂です。』
『今回はあなたが導いてみてください、ラスエル。』
『私がですか……?』
『ええ……。』
この『力』を使い始めたころの私は、あまり賢いという評価は得られませんでした。
そう、それは……。
『できました!』
『概念悪の殲滅、及び、世界線の回収が完了しました!』
『ほう、随分と速いな、ラスエル。』
『後でレポートを提出するように。』
『はい!』
相手の期待、それすらも上回る速度での各世界線の救出……、私はそれに躍起になっていた。
そして、その想いの強さは自らに帰ってくることになった。
『ラスエル、後で評議会に出席するように。』
『はい!』
『(来た!)』
『(私も評議会の一員になれるでしょうか……。)』
しかし、神々の判決は私の意思に反するものだった。
『ラスエル、これは一体どういうことかね?』
『……質問を明確にしてください。』
別の神が言う。
『それでは質問だが、今回の世界線救出において、君は転生者に何を贈ったかね?』
『レポートにある通りです。』
『……言語解析、状態表示、そして……。』
他者が言葉を遮る。
『上限解放に上昇値上昇、その他諸々……、君のレポートは確認させてもらった。』
『どうやら、君は我々の想定した期間よりも速く、世界線を救出しているね……?』
『はい!』
『それは素晴らしい。大変すばらしいのだが……。』
『お前はこの世界を壊す気か!』
『え……。』
……そうですね。
この時既に、失われていたのかもしれません。
『我々の目的は、可能な限りの世界線の救出だ!』
『一人の転生者にここまでのモノを送るのは大変危険だ!』
聴衆がざわめく。
『こっちはギフトを抑えて危険な運用しているのに、どうしてお前がそこまでのモノを転生者に与えるのだ!』
弾圧は続く。
『待ってください!』
『今、「運用」と言っていましたが、転生者も意思を持っています!』
『一度死を経験したのにもかかわらず、我々の都合で使命を押し付けるのですから、当然、手厚いギフトが必要です!』
『その転生者は死なないんだろうな!』
『え……?』
円卓の中心に座するものが口を開く。
『……ギフトも無限ではない。』
『我々は、できるだけ多くの世界線の回収を目的に、ギフトの分配を行っている。』
『当然、必要最低限のギフトで世界線を回収することが望ましい。』
『しかし、このように我々の中での意思が別れたままあるのは、最善とはいいがたい……。』
「して、ラスエル『君』、君の反論を聴こうじゃないか。」
この時、私は評議会への承認が行われないことを確信した。
「(ここまでのことをしておいて、何を平然と……!)」
「はい!」
『私は……。』
今にも意識が途切れそうだ。
異都 望との対面から体調が優れない。
体は熱を帯び、視線の焦点が定まらない。
女神からの説明は何かあるのだろうか。
座り込んだまま、言葉だけでも拾おうとする。
「ここは……。」
だめだ、これ以上は聞き取れない。
目まいが酷く、音も聞こえない。
ここはいったいどこなんだ。
立ち上がることもできない。
膝に、腰に、足に、力が入らない。
跪いた状態から倒れこむ。
「(希さん……、あなたも、ここまでなのですね……。)」
自らの概念悪を取り込んだ場合、多くは自らの特性を失う。
それは、自己崩壊を意味する。
「あ……、あぁっ……、ふぐっ……。」
目に見えて色素が抜けていく。
それは崩壊の予兆だ。
「(希さん……。)」
転生者に説明すらできない女神はもう不要でしょう。
結局、最後の言葉……、ロスト・ワードは現れなかった。
終わったのです。
この世界も、転生者も、女神も。
「(言い伝えがある……。)」
その昔、世界には13の言葉だけがあった。
それらは存在、絶対、生命、無限、永遠、色彩、空間、判決、核、神聖、法則、時間、理想であり、それらを現す者が顕れた。
対応した者たちが顕現し、それらは対応する言語で呼ばれた。
そして、世界にはその者たち以外のものは一切なかった。
全てはそこで完結していた。
空間は広がり、他の者を包む。
時は有り、自在に変化する。
存在は在り、世界を存続させる。
色彩は煌めき、属性を与える。
生命は胎動し、生けるものを産み出す。
判決は下し、他の者に認識を授ける。
法則は遍き、全てを統一する。
核は潜み、その特性を生む。
永遠は続き、全ての終わりを防ぐ。
神聖は尊き、清らかな尊厳を与える。
理想は儚き、完全を求める。
無限は紡ぎ、連続性を持って全てを繋ぎとめる。
絶対は独立し、他の者を超越する。
ある時、全てを超越した『絶対』が失われた。
これにより、『空間』は捻じれ、他の者たちが混ざり合った。
『時』はその可逆性を失い通り過ぎていき、全ての『存在』が他の者たちに依存したものになった。
『永遠』は途切れ、『無限』の糸は切れてしまった。
『法則』は歪み、『例外』を産み出すこととなった。
『生命』と『核』と『色彩』は混ざりあった。
『判決』は掻き消え、全ては曖昧になった。
『神聖』は失われ、堕落したものが世界に満ちた。
『理想』は散り、全ての存在に宿った。
こうして、『理想』の座に『例外』がはめ込まれ、世界は狂い始める。
そしてついには、『例外』と三つの者、すなわち『生命』、『核』、『色彩』のトリニティと混ざり合い、それらには『神聖』が与えられた。
「(この例外中の例外が、私たちだとされている。)」
そして評議会の神々は、この13の言葉の失われた2つ、絶対と理想を除く神々からなる。
この世界の始まりの13の言葉、それらを表す13人、この13人に対応した言葉を真名という。
残された11人は互いの真名を集め、『絶対』に似た『何か』をはめ込んだ。
その『何か』は『絶対』の座に対応し、『理想』の代わりに『例外』が鎮座した。
世界は周りだし、安堵が漏れた。
しかし、その時はまだ知らなかった。
世界が狂い始めていることに……。