逆流捻転世界線ツイスト・タイミング 中編
自分の眼が見ている景色を理解しきれない。
ただ茫然と立ち尽くし、口は言の葉を吐こうとするが息がでない。
目の前にいるのは自分、そして女神。
「(いったいどういうことだ?)」
こちらの呼びかけが聞こえなかったのか、二人とも笑顔で何かの話をしている。
いや、一柱と一人と言うべきか。
「(今のは……、自分と女神……だよな?!)」
自分自身を客観的に見るという、不思議な体験に脳が混乱している。
しかし更なる洗礼を受けることになる。
「もしもし!聞こえますか!」
今度はおもいきり叫んでみる。
しかし相手側からの反応は帰ってこない。
しょうがないのでジェスチャーだけでも見る。
「(女神が俺に何かを渡している。妙だな……女神から物を貰うような約束はしていない。)」
すると残像の『俺』は女神から何かを受け取り、歩き出した。
それは探索した二方向とは別の方向だった。
「(東と西を探索したとすれば北側に向かっているな。)」
また見えない壁があるのではないだろうか。
不安を感じながら自身の似姿を追う。
それからは3週間ほど自分を監視した。
その結果、わかったことがいくつかあった。
それはこちら側からの音はあちらに聞こえないし、あちらの音はこちら側には聞こえない、ということだ。
だから『俺』と女神が何を話していたかは、聞くことができないし、こちらからの呼びかけにも向こうは応じない。
そう、最初の探索をしていた辺りは静かだったわけではない。
音が聞こえていなかっただけだ。
ちなみに『3週間』と言っているが、辺りは闇に覆われているために、正確な時間はよくわからない。
自分の残像が食事らしいものを取った回数で、おおよその日数を予測している。
次にこの3週間ほど『俺』の残像は何をしていたかだが……。
もう一人の自分を追いかけていくと、何かの街にたどり着いた。
なぜかこちらの方向には、見えない壁はなかった。
そして門番に何かを見せていた。
通行許可証だろうか。
そして慣れた足取りで街に入っていく。
自分も後を追う。
どうやら、音だけでなく姿も向こうからは見えていないようだ。
「(いいのかな……、これ。)」
そうこうしているうちに自分の背中が人込みに紛れていく。
大急ぎで追いかける。
「(まさか自分の背中を追いかけることになるとはな……。)」
見知らぬ館に入っていき、誰かと何かの話をしている。
何せ声すら聞こえないのだ。
何を話しているのか、誰と話をしているのか、まるで分らない。
手入れがされていない髪と無精ひげを生やした男と何かを話している。
そして家を出て、食事だろうか。
何かを食べている。
その後は何度か眼鏡をかけているあの男と話をしていた。
そして3週間後、『俺』は転生時の場所に戻ってきた。
「(ここは最初についた場所だぞ……。何をする気だ?)」
しかしおかしなことに、俺の像はなにもせず、突然発光し始めた。
「(一体何が起きてるんだ?)」
眩しくて目を開けていられない。
たまらず視線を逸らす。
光が収まってから目を開けると、そこには何もなかった。
「(『俺』がいない?!何故だ!)」
するとしばらく眺めているとその二人組は消えた。
その場に立ち尽くす。
あまりのことに足に力が入らない。
ここは元の場所だ。
転生時に着た場所。
それ以外何もわからない。
3週間前のままの、辺りは闇に覆われている。
「(何もわからねえ!何も!)」
「ちくしょおおおおあああああああああああ!」
言葉にならない言葉。
この世界にきてから3週間、何も話さず何も得ず。
目の前で何が起こっているかすらわからない。
『概念悪』や『世界線』など以前の問題だ。
言葉も、人も、何をしているかわからない。
3週間自分を見張り続け、得たものはない。
「(待てよ……、本当にそうか?)」
しばらく考える。
そういえば腹は減っていない。
この3週間、不眠不休でいても体調に変化は感じられない。
「(そうだよ、この3週間何があったかを思い出そう。せめて知識だけでも手に入れなければ。)」
何が起こっているのか意味不明の世界。
それでも『概念悪』と『世界線』を発見しなければならない。
「(まず、辺りの音が聞こえないだけでなく、街の人から姿も見えていないようだった。)」
「(つまり、干渉することも、されることもない?)」
ここまでは考えたことがある。
というより、いつもここで思考が止まる。
それ以上の考察の材料がないのだ。
「(一応街らしいものはあったし、人間も集まっているようだったが。)」
街も明るいとは言えなかった。
此処ほど闇に覆われてはいないものの、空にあたるものが見えなかった。
どんなに見晴らしがよくても5メートル先が見えればいいほうだ。
「(この3週間では光を見なかった気がする。太陽がないのだろうか。)」
だとしたらこの世界線の生き物たちはどうやって生きているのだろうか。
思考が行き詰まる。
焦ってきたのか、気付いたら親指の爪を噛んでいた。
「(ん?)」
違和感を感じる。
何だろうか。
「(そうか、3週間も爪を切っていないのに、爪が伸びていないんだ。)」
「(まさか……。)」
目頭を指でなぞる。
眼垢もない。
汚いかもしれないが、鼻と耳に指を入れてみる。
「(耳垢も、鼻くそも指につかない。)」
なぜか体の機能が止まっている。
髪の毛を一本引っ張る。
ちぎれない。
全身の力を込めてもちぎれない。
「(おいおい、自分自身にも干渉できないのか……?)」
そのときであった。
目の前が突然光だし、再びあの二人組が出てきた。
最初に見たときのように、何かを談笑している。
「(何だと!?)」
そう、また希と女神がその場所に現れたのだ。
希はまた女神から『何か』を受け取り、街の方へと歩き出した。
頭で思考することはできず、二度目の監視が始まった。
「(ここに監視がいて、そう、何かを見せるんだ。)」
すると希の姿をしたモノは、やはり慣れた足取りで館へと乗り出した。
眼鏡をかけた、あの男と話をしている。
「(そうだ、コイツは3週間前にちょうど話をしていた。)」
「(……同じだ。全く同じ。)」
ちょうど3週間前、自分の姿をしたモノを監視し続けた。
それと全く同じことが繰り広げられている。
同じ時間に同じ物を食べ、同じ場所に出かける。
「(繰り返されている。同じことが。)」
そして3週間後……、また転生時の場所に戻ってきた。
そして残像は、やはり突然発光しその姿を消した。
「(……そろそろか。)」
三度空間が発光し、男女のペアが出てくる。
自分自身に似た何かと、女神。
女神から何かを受け取り、街の方へと歩き出す希の残像……。
「(今回は追いかけない。)」
念のため、目頭、耳、鼻を確認する。
やはり垢は出ていなかった。
髪はちぎることはいまだ不可能であった。
「(すこし……、少しだけこの世界について知れた気がする。)」
わかったこと、それはこの世界はループしている、と言うこと。
恐らく先ほどの自分自身を追いかけても3週間前、6週間前と同じことをするだろう。
だから今回は追いかけない。
恐らく、3週間後にまたここにきて突然姿を消すだろう。
次に、この世界での視界の悪さだが、これの原因はいまだ不明。
ただ、その闇に紛れ俺の後をつけているものがいるようだ。
何かをしてくるでもなく、自分自身についてくる。
「(一体だれが、何のためにしているか、それもわからない。)」
危害を加えてこないためにこちらも無視し続けている。
また、この世界では『ステータス』の確認はできない。
『偽善世界線』だけの仕様だったようだ。
「(本来、体力や身体能力を数字で確認できるのがおかしいんだけどな……。)」
最後に、人や物に干渉できないと考えていたが、あれは間違いだった。
どうも時間が繰り替えしているならと、人々の行く手を阻み、ループからの脱却を試みたのだが……。
スッと自分の体を突き抜けて、人や馬車は移動していく。
つまり、俺の体は物質として存在していないのかもしれない。
道行く人とぶつかることさえできない。
俺は幽霊か?!
……しかし、誰も見ていない物には干渉できた。
持ちあげることもできたし、投げることもできた。
どうやらループしている人々や、人の意思決定にかかわったもの以外には干渉できるようだ。
試しに道端に『木の枝っぽい何か』を置いたら、少しだが、人々は足の動きを変えた。
つまり、直接干渉はできないが、物を置くことで間接的に干渉することはできる。
「(これくらいか……。)」
結局、辺りを覆う暗黒物質の正体は不明だ。
暗闇なのかすらわからない。
ちなみに6週間ほど喋っていないので、精神状態が自分でもわかるほどに悪化している。
ものすごい孤独感。
心臓に穴が開き、そこから生ぬるい水を注がれているような気分だ。
そのために3日に一回……、自分の残像が9回食事を取るたびに叫ぶことを習慣化した。
今では気分が悪くなると、叫ぶようになってしまった。
サヨナラ理性。
「(まあ、叫んでストレス解消して、考えようとしているから理性も生き残ってはいるんだろうけれど……。)」
人は簡単には獣になれない。
それ故に傷つく。