策
「……悪いが、今日は少し休みたい。店の奥で休んでもいいか?」
「はい!もちろんです。」
イデの承諾を貰い、歩き出そうとしたときだ。
誰かに頭を小突かれた。
少し痛い。
「まったく。アイツらにつかまりやがって。」
獣人の一人だ。
「だが、良く帰ってきた。まだ俺たちは名前もよく知らないんだぞ。だから……。」
「次は戦ってやる。」
確かにそうだ。
イデやゴアはまだ話をしていたが、それ以外の獣人はまだ名前すら知らない。
恐らく4桁の人数はいるだろう。
いや、人族よりも多いなら、万を超える人数がいてもおかしくはない。
床から起き上がりながら、苦笑する。
「……そうだな!その時は俺も戦うよ。」
「ハハッ!そういうところは嫌いじゃないぜ。」
今の会話で盛り上がったのか、乾杯の音頭を背に受けながら店の奥に行く。
明かりをつけないと薄暗い。
今はそれが落ち着く。
ベッドに横たわる。
やはり体の調子がおかしい。
何と言うか、全身が痺れているような気がする。
そして、ある種の冷たさを帯びているということ以外、何も感じない。
「考えてもわからないか……。」
独り言だ。
暗闇で一人で喋るとより静けさが感じられる。
「希さん……いま大丈夫ですか?」
ゴアか。
俺が一人で疲れてるときはいつも来てくれているような気がする。
「ああ、横になったままでもいいか?」
「はい。」
ドアから耳だけが見えている。
可愛らしく動くのだなと、考えていた。
「すいません、疲れているでしょう。」
「そんなことはない。」
「なんていうか、こういう時だからこそ、話をしてくれる人がいる……そんな気がする。」
「そうですか……。」
「ああ。一人でいたいけれど、話し相手が欲しい、そんなときはないか?」
「少しわかるかもしれません。体調が悪いとき……とかですか。」
「そうかもな。」
窓から指す月光、いまはそれしか明かりがない。
窓と言っても、この部屋自体が地下にある。
部屋の天井近くの窓からは地面が見える。
道行く人々を照らす光がそのまま差し込む。
「ギルドの結成は確かにできました。しかし、今日の希さんの逮捕は明らかに私たちの妨害です。」
「強引に連れていかれたが、あれは違法なのか?」
「はい。あの後……、希さんが連れていかれた後に、彼らの言う令状を見ました。これです。」
「ふむ……。」
ゴアは、令状らしき紙に書かれた文字を、指でなぞりながら読み聞かせた。
「令状、贋作の希、上記の者に異民侵略罪の疑いアリ。教会まで至急、出頭せよ、と、あります。」
「そんなことを言っていたな。」
「本来、令状には法的拘束力があるとともに、書き手に責任が生じます。何しろ、相手に罪を問うわけですから、当然、いい加減に書くことは許されません。」
「なるほど。」
「そして、それはたとえ人族でも、罰せられることになります。私たちの活路はここです。」
「つまり、この令状には何か間違いがあると?」
「ええ。まず、名前です。誰がフォグ・ホープなどと、言ったのかはわかりませんが……。希さんの名前はノゾミですよね?」
「そのはずだな。」
「ということはですね……、教会側があなたとフォグ・ホープという人を間違えて連れて行った……、ということを主張しましょう。」
「と言っても、誰に主張するんだ?」
「相手は教皇、つまり、教会だ。さらに、人族と獣人との確執もあるんじゃないのか?」
ゴアの口角が少し上がる。
鼻から抜けるような、笑い声がする。
「先ほども言った通り、令状には拘束力と共に書く人に責任が問われます。本来なら、えん罪を主張して教会に行くことになります。」
「しかし、今回は教会側と争うことになりますので、教会を抑えることができる第三者が必要です。」
「そんなヤツ、いるのか?」
「はい、います。それは王室。つまり、この国の王です。」
「ほう……。」
政治の体制はやはり王室……権力を握っている者がいるらしい。
ということは、やはりここは村ではなく、国か……。
「幸い希さんはうちの証人ですから。」
そういえば、以前話していた。
『後は、ギルドの証人はその組織が何をしているかを委員会に報告する義務があります。』
『ですが……。』
『その義務と引き換えに、証人には王族に訴状を届け出る権利があります。』
「そういえば、以前、話をしてくれたよな。確か、委員会に活動を報告する代わりに……。」
「王族に訴状を届け出る権利がある……です。」
「(ということは……。)」
委員会に活動を報告する、その義務を果たした後にギルドの証人としての特権……訴状を王室に届け出る……、そこで無実を証明することができれば、全て解決するのではないか?
「やはり、俺たちの立場上……、先に委員会に報告したほうがいいかな?」
「そうですね……、義務を果たした後に主張すれば、王室の心証もよくなるかもしれません。」
「とは言え、有罪判決を受けて抜け出してきたわけだが、それは大丈夫なのか?」
「尋問があったはずですが、どこまで受けましたか?」
「尋問規定に同意するところまでだ。」
「それなら大丈夫でしょう。」
「なぜ、どう言い切れるんだ?」
「そうですね……。」
顎に手を添え、何か考えている。
「尋問は悪魔でも尋問です。行う意味はやはり罪の断定、つまり、相手に自白させることです。」
「なるほど。」
「ですので、尋問の開始である規定に同意する段階で終わったのなら、裁判で有罪判決を受けていても、それを無効にすることができます。」
「判決を受けているのに、なかったことにできるのか?」
「はい。教会との闘いですから、やはり、王室の力が必要でしょうけれど。」
「ふむ。」
「というわけで、お疲れでしょうけど、これを……。」
紙束を渡される。
「これは?」
「ギルドの活動実績報告書と訴状です。」
「これから何をするかは、もちろん考えます。しかし、報告書と訴状がなければ始まりません。」
「わかった。今書こう。何か台を持ってきてくれないか?」
「わかりました。少し待っててください。」
「(ベッドに座るから、椅子はいらないよな……。)」
月光が差す窓を見る。
これから俺はどうなるのだろうか。
出会った事物を反すうする。
『これより、規定を言ふ。』
ああ、そういえばそんなことも言っていたな。
しかし、何か引っかかる。
これよりも少し前のことだ。
『これより、尋問を行う。』
いや、これよりもさらに前のことだ。
何かが心に引っかかるような。
胸の奥に釣り針がかかっているような、不安感。
『(おいおい、これって……。)』
そうだ、これだっ!
アイアンメイデン……、前の世界にあった拷問器具だ。
その他の道具はよくわからなかったが、あれだけは覚えている。
「(異なる世界なのに、同じ物が存在するなんてことが、あり得るのだろうか?)」
しかし、よく考えてみるとこの世界と、以前の世界には共通点がある。
まず、重力がある。
つまり、物理法則がおおむね一致している。
次に、呼吸ができることから、酸素があるはずだ。
「(女神が、あの少女が……、こちらの世界に合わせて体を作り変えているのかもしれないが。)」
もしそうなら、この仮定は崩壊する。
酸素ではない、何かを吸って生きているかもしれないからだ。
重力も、重力ではない、何か別の力が働いているからかもしれない。
しかし……。
「(物が落ちたとき、同じような気がするんだよな。なんて言ったっけ……、自由落下?)」
高いところから落ちたものは加速し続けて落ちる。
これも同じだ。
「(科学者でもない13歳が考えてもしょうがないか……。)」
「希さん、開けますよ?」
考えている間にゴアが机を持ってきたようだ。
「ああ……、そっちは持つよ。」
「ありがとうございます。」
不意の笑顔に弱い。
月明かりに照らされて、イデはとても綺麗に見えた。
「(そういえば……。)」
ゴアの表情も、初めて会った時から比べると、すごく柔らかくなったな。
そう言えば、いろんなことがあったな。
本当に……。
『一泊夕食付きで200ハスです』
『質屋はここを出て目の前にあります。』
『夕食は付けますか?』
『……ルームサービスです。』
『……出過ぎた真似ですが、よければこの後、食事に行きませんか?』
『……実はあなたを此処に呼んだのには理由がありまして。』
『……私のことはゴアと……、ゴアと呼んでください。』
『……希さんにお願いしたいこと、それは、この組織の証人になっていただきたいのです!』
『……おはようございます、希さん。こちら本日の朝食です。』
『希さん。』
「大丈夫ですか?」
「……え?」
我に返る。
思い出に浸りすぎていたようだ。
周りを見ると、当然だが、薄暗い部屋があるだけだ。
「いえ、何か考えていたようでしたので。」
気が付くと、机も運び終わっており、ゴアも自分が座る椅子を持ってきていた。
どうやって机を運んだか、覚えていない。
「……初めて会った時のことを思い出していた。」
少し驚いた様だった。
「いろんなことがあったな。」
「ええ。本当に。」
それ以外言葉が出なかった。
いや、本当は言葉なんて必要なかったのかもしれない。
双方が笑みを浮かべ、向かい合い、座っている。
そんな時間が少しだけ、少しだけ過ぎた。
「さあ、書類を書きましょう。明日には王族に会いに行きましょう。」
「そうだな。」
事は急を要する。
何しろ、権威が強いであろう教会からの脱獄だ。
明日にでもとらえに来るかもしれない。
そして当然のように、翌日の朝、奴らは店の前に現れた。
「どうですか、希さん。」
「ああ、やはりあいつら、俺がどこにいるかは突き止めていたようだ。」
ゴアに望遠鏡を持ってもらいながら、のぞき込む。
正確にはマジックミラーと言う物らしい。
どうやら、魔力と呼ばれるものがいるらしい。
それが俺にあるかはわからないからな。
『結局、王室に向かうにはこの山を越えるしかないんです。』
『そうか。』
昨夜のうちに出発したのは正解だった。
どうやら王族が住むのは、この国に来た時から目についた、あの城らしい。
結局は昨夜、書類と訴状を書いた後に、委員会と城に書簡……、手紙を送った。
そして、面会の可能時間は手紙の返事から12星間後であった。
迫害のために馬を買うことはできないので、獣人達の組織の一つから馬を借り、すぐに出発した。
しかし、王族に合うのにも問題があった。
それは城が街に対して後ろ向きに建設されているということだ。
面会の許可を取り付けたために、正門から会いに行くわけだが、街からは城に入ることができない。
そのために、一度町を出て、森を超え山を登り、ようやく城にたどり着くことができる。
今は森に入る前の、別の山にいる。
それは情報の漏洩を恐れてのことだった。
「人族がどこまで情報を得ているか、私たちにはわかりませんからね。とにかく最初の目標は無事に街を出ることです。」
どうやらここは国家の一つなのだが、城下町と城以外に主要な土地がないらしく、住民は街と呼んでいるようだ。
「皆さんには後で話をしに行きます。恐らく、この店も教会に狙われているので。」
そこで、俺たちがとった作戦はこうだ。
ギルドの証人は人族である必要があるために、俺が城に行く必要がある。
そして想定されるのは人族の妨害。
それから俺を守る護衛が必要だった。
それにはゴアとイデ、そしてザックと『壁の男』……、名前をジラーというらしい。
この5人を主要グループとし、他の獣人達にはできる限り店に俺がいるように振る舞ってもらう。
教会からの出頭命令には一度、従った。
『実は、教会の出頭命令に従った後の脱獄は黙認と言う形で認められているのです。』
『そうなのか?』
『はい。希さんが教会によって行われた裁判は、宗教裁判です。大方、獣人を嫌う人族の味方……、異民侵略の罪を着せられたんじゃないですか?』
『その通りだ。よく分かるな。』
『実はこの国ので有罪判決を受けると、王族に報告が行くんです。そして、そこで承認されてしまうと、もう脱獄も許されないんです。だから、私たちは今日と明日ですぐに王族のもとに向かわなければいけません。』
『報告は少し時間がかかるからか。』
『そうです。』
『ん?でも、壁の男は見張りを気絶させてたぞ。大丈夫なのか?』
『……、もしかして、ジニーさんのことですか?それなら……。』
『きっと大丈夫です。正体も見つかっていないようですし……。』
「(あの時、不意に壁の男って言ってしまったな。)」
名前を知れたから結果オーライか……?
「希さん、そろそろ移動しましょう。」
「ああ、わかった。」
いよいよ森に入っていく。
店の獣人達はうまくやってるだろうか。
結局彼らには何かしてあげられているのだろうか。
『次は戦ってやる。』
昨日の獣人との会話が思い起こされる。
「(いや、ギルドの設立に必要なことだ。ここで無実を証明するのが獣人達にとっても利益になる。)」
今はそう考える。
「ここから先は森です。危険な獣などがいますので、気を付けていきましょう。」
「ああ。」
「おう!」
「はい!」
「わかりやした。」
しかし、問題はまだまだある。
それはステータスだ。
正直、みなが武器の心得があるとは意外だった。
そう、俺のステータスはこの世界線に来た時に確認した。
名前は希、種族は人間。
体力は50だった。
ゴア曰く。
『そうですか……。それは少し想定外ですね。』
『そうか?』
『ええ……、しかし、それならば、護衛部隊を組みましょう。』
こうして、現在に至る。
ゴアは細い剣を使う。
レイピアだろうか。
イデは力があまりないために鞭を使うらしい。
悪魔でも威嚇用らしい。
アイザックは獣人の筋力を利用して、金槌と斧で、ジニーはもっぱら飛び道具らしい。
「一つ……いいか?」
「何でしょう。」
移動中、馬上でゴアに聞いてみる。
「この辺りにはどんな生き物がいるんだ?」
「そうですね、スライムとゴーレムくらいでしょうか。馬に乗っているので、ゴーレムとの戦闘は考えなくて大丈夫でしょう。」
「問題はスライムです。」
思わずイデも発言する。
「まあ、あっしらが守るんで安心してくだせぇ。」
「そうか。頼んだ。」
「おうよ!アンちゃんっ!」
「皆さん、ここからは一気に向こうの山まで走ります。もしも、小型の獣やスライムが出たら、できる限り戦闘は避けましょう。やむを得ず先頭になったら、鞭で威嚇しましょう。目標は……。」
大きく息を吸う。
「……戦闘数ゼロですっ!」
馬の腹を蹴り、手綱を握る。
見よう見まねでの乗馬だが、何とかゴア達の速度についていく。
一番の老馬を貸してもらえた。
そのためか、拙い挙動を察してか、馬が合わせて走ってくれている気がする。
すまない、こんな騎手で。
「右前方にスライム、ジニーさん、どうですか?!」
「距離的に大丈夫でしょう。ただ、イデさんの方にもう一匹いやがりますんで、そいつはちょっと危ないんでやります。」
目線を左に傾けるとそこには水の塊のようなものがあった。
大きさは2メートルはありそうだ。
「(でかい?!スライムって言っても馬よりでかいのか?)」
水のような巨体は、確かに近づいてきている。
すると、ジニーがおもむろに小さい袋を投げた。
袋は空中で開かれ、黒い粒がスライムに降りかかった。
その後に、大きな鉄球のようなものを投げた。
すると、スライムは突然動かなくなった。
その場で震えているだけだ。
「(……すごいぷるぷるしてる……。)」
「今のは……?」
「へぇ。砂鉄と磁石です。スライムは全身で物を取り込みやすから。あの大きさだと、さっきの磁石の重みで動けないはずでやす。」
なるほど、そういう対処方法もあるのか。
皆が武装してきたから、てっきり殺すしかないのかと思っていた。
「(これが飛び道具の強み……か。先手で勝負が決まった。)」
今回のような防衛線には一人は欲しい、そんなところだろうか。
「このまま森を抜けて、山の麓まで一気に行きましょう!」
「はい!」
「おう!」
「へぇ、了解です。」
皆気合十分だった。
「ここまでくれば大丈夫でしょう。森の動物たちもここまで追いかけては来ないはずです。」
見晴らしのいい、山への入り口。
ここからは先頭をゴアとザックを、後衛にジニーとイデを配置する。
そして馬の脚を考え、全員馬からは降りる。
手綱を引きながら山を登ることになる。
山を登り始めて、最初に広い場所に出た。
そこで歩みが止まった。
「皆さん、ここらで休憩しましょう。お弁当もあります。」
用意してくれていたのか。
「何から何まですまない。」
「いえ、これも成功のため、ひいては希さんの無実の証明のためです。」
ザックが薪を割っている。
もう山と森を往復したのだろうか。
薪を釘のようにとがらせて、それを地面に打ち込む。
即席のバーに手綱を巻き、馬を休ませる。
俺たちも休もう。
「実際、このままいくと城にはいつ着くんだ?」
用意してもらった、ホワイトネックのサンドを食べる。
スポンジ・スライムのジャムを塗って。
「このままいけば2星間もかからないはずです。」
体感で1時間未満か……。
「山を越えると言っても、半分も登りませんからね。」
「どういうことだ?」
「城は守りを固めるために、地形の悪い場所に建てるんです。」
イデの知識が光る。
「そのため、ここからはほぼ城までまっすぐです。いま私たちが休んでいるように、この先にも開けた場所があります。そこに城はありますよ。はい、スポンジのジャムです。」
「ああ、ありがとう。」
どうやら、作為的に森と山を越えなければたどり着けないように、城は建てられたようだ。
装備と準備に不備はない。
飯もうまい。
休ませている馬たちも、野菜を頬張っている。
振り返ると、街並みが見える。
もう、こんな高所まで来たんだな。
「止まってはいられませんね、私たちも……。」
街に視線を送りすぎたか。
ゴアも察してくれているのだろうか。
「そうだな。」
こうして食事をしていると普段を思い出すな。
と言っても、ほとんどこんな風に食事を取るのは初めてだけれど。
イデも飲み物を注いでくれたり、ジャムを渡してくれたりする。
それが出会った時の店員と、何か被っているのかもしれない。
「ただ、なんかさ……。」
「希さん……?」
「こんな事態なのに落ちついてるんだよな。お前らと出会ったのも、最近だけど、何か懐かしい、そんな感じがする。」
クスッと息が漏れる音がした。
「最近、騒がしいことばかりでしたからね。」
「そうね、事件と言ってもいいくらい。」
「そりゃちげぇねぇな、ハハッ!」
昼食の後、少し休憩を取ることに。
焦る気持ちを落ち着かせるのも重要だ。
弁当などの手配もそうだが、ゴアの、彼女の指導者としての資質が遺憾なく発揮されている。
この部隊もそうだ。
皆がそのスキルを発揮し、様々な場面で対応している。
草むらに寝転がる。
今日も空は青い。
少しばかり眠ってしまおうか。
『あなた、この子の名前はどうしますか?』
『そうだな、男なら望、女なら静希でどうだ?』
『いいわね……。』
何だ今の夢は。
黄昏に横たわる女性と話しかける男性……か。
涼しげに草を踏む音がする。
「希さん、そろそろ出発しましょう。」
「ああ。」
腕を伸ばすと、ゴアは起こしてくれた。
「いよいよだな……。」
「ええ……。」
爽やかな風を背に受け俺たちは出発した。
馬の調子も良さそうだ。
「ゴア、出発の前に、書類と訴状を。」
「はい、こちらです。」
黒い筒と青い筒を一つずつ。
一つ筒……、なんて考えてる場合じゃないよな……。
こうして山を登ることになった。
「山には気をつける生き物はいないのか?」
「そうですね、実を言うとここからは衛兵などとの接触が考えられます。ですので、あまり危険な動物もいないんです。管理が行き届いてますから。ただ、野鳥には気を付けてください。光っている物を持っていこうとするので。」
「わかった。」
しばらく歩くと、確かに門が見えた。
「あれか……。」
「ええ……。」
歩いていくと、両脇に兵士が来た。
「止まれ!この先は王城なるぞ。面会の許可は取り付けか?」
「……ゴア。」
「はい。こちらが許可証です。」
「確かに、王族のサインだ。王への謁見、並びに城への進行を許可する。」
「……希さん。」
「なんだ?」
兵士たちが見ている前で、俺以外の4名が跪く。
「許可を得たのはギルドの証人であるあなただけです。私たちはここで待ちます。武運を。」
「……そうか、危ないようならここから離れていてくれ。俺は俺でやるべきことをやってくる。」
「はいっ!」
「……こちらが許可証だ。無くさぬように。」
こうして、イデ、ザック、ジニー、そしてゴアの視線を受けながら、王の城へと入った。
開門し、通り過ぎるとすぐに閉じられた。
冷たい風が背から通り抜ける。
そうだ。
例え一人でも、やるしかない。
城には大きな庭があった。
噴水と花壇、シンメトリーのデザイン。
王族なのでこれくらいの庭は権威の誇示にもならないのだろう。
庭の真ん中を通り、城の扉の前で止まる。
ここにも二人の兵士がいた。
許可証を見せ、しばらくすると神官らしき人が出てきた。
「ここからは私が案内します。こちらへどうぞ。馬は直近の者にお任せください。」
「はい。ただ、老馬なんです。優しくしてやってください。」
そう言うと女性は何も言わずに笑った。
扉を開けるとそこはまぎれもなく城であった。
赤い絨毯、装飾の入った窓や天井、宙づりのシャンデリア、王族とはこうも豪華な生活をしているのか。
女性の足取りに合わせ、階段を上る。
と言っても、入り口から直進しているだけか。
大きな扉の前まで案内してくれた。
扉の大きさは5メートルはありそうだ。
両脇にはやはり兵士がいる。
黄金の鎧に緑の宝石、まばゆい姿で立っている。
「……ここです。ここが、玉座の間です、希さん。」
謁見の許可を取り付けたんだ。
俺の名前くらいは知っているか。
「はい。ご案内、ありがとうございます。」
三回ほど扉を叩く。
しばし待つと返事が来る。
「誰だ。」
「王姫、レイナです。本日、面会予定の希様です。」
「入れ。」
「はい。」
すると、両脇の兵士たちが扉を開いた。
案内の女性が王族と言うことに驚きながらも、俺は入室した。
「案内ご苦労だった。下がれ。」
「はい。」
こうして、王との一対一の面会が始まった。
王は金色の玉座に座り、俺を一瞥すると……。
「お前が希か……。」
とだけ、聞いた。
おもむろに跪き、答えを述べる。
「はい。私が希です。」
「要件は何だ……。」
低い声で静かに放つ言葉の節々に、その威厳が感じられる。
「はい。教会に無実の罪を着せられています。公正な裁判のために、第三者として公平な判決を下していただきたく、参上しました。」
「そうか。して、被せられたであろう、その罪は何だ?」
「はい。異民侵略罪と、そのように聞いています。」
王の眉間にしわが寄る。
「面を上げよ。汝の身の上はわかった。して、その裁判の判決によって、一体何が変わる?」
「はい。私は獣人ギルドの証人です。無実が証明され、獣人達が労働力として活躍すれば、国はより豊かになるでしょう。」
王はどうしたのだろうか。
何か、この国に嫌悪しているような気がしてならない。
「して、どのようにしてそれを証明する?」
「はい。委員会に報告書を提出しています。それによって、獣人達の力を皆知るでしょう。」
「そうか……。して、仮に我の許可が出たとしよう。汝が争う相手は誰だ……?」
「罪状を請求した教皇となるはずです。」
沈黙が流れる。
王も顎に手を当てている。
「いいだろう……。王の名において許可しよう。王族裁判を行い、それに参加することを。」
「ありがたき幸せ。」
「誠に大義であった。去れ。」
「はい。それでは失礼します。」
扉まで歩き、振り返りお辞儀する。
目的は達成した。
「(これで、獣人達の地位も……!)」
王の間から出ると、案内の女性がいた。
よく見ると、女性の瞳には十字の模様が見えた。
クロスアイと言うのだろうか。
しばらくすると、その模様は消えた。
何か能力を使用していた……?
「謁見は無事終わりましたか?」
「はい。」
「それでは、出口までご案内します。」
「ありがたき幸せ。」
女性は少し照れたようだった。
出口でもお辞儀をし、門を出て、ゴア達と再会。
こうして俺たちは無事に王との謁見を終えた。
「もう店には帰りません。昨日のうちに獣人達に話をしていますので。」
どこに行くかはわからないが、ゴアは我に秘策あり、と言った感じか。
彼女に従おう。
山の麓まで降りたときに、指示があった。
「希さん、こちらへ行きましょう。こちらに私たちが管理する施設があります。」
山の裏側、また森林部に入っていくと、大きな岩があった。
「ザックさん、持ちあげてください。」
「任せな嬢ちゃん。」
おいおい、持ちあげるといっても、5メートルはあるぞ、この岩。
杞憂だった。
ザックは岩を持ちあげた、
地面には巨大な穴がある。
「ここから降りるんです、さあ行きましょう。」
梯子がかかっており、一人づつ降りる。
「ここはいったいどこなんだ?」
「私たちが管理している地下の施設です。」
降りると獣人達がいた。
「今日、店で戦ってもらった人たちです。ここに集まるように招集をかけていたんです。密偵を送り、王族の書簡が届くまで、ここで生活するんです。」
「なるほど。」
「それで、王族の回答はどうでしたか?」
店にいた獣人達に見つめられながら、答える。
4000の瞳がこちらを向いている。
「ああ、何とか裁判は行ってくれるようだ。」
歓声が上がった。
遂にここまで来たかと、みな涙している。
「そういえば、案内の人が王族みたいだったんだけど……。」
「どうしたんですか?」
「いや、何か笑ってたような気がするんだよな。」
「姫は心が読める……そんな噂を聞いたことはあります。」
「そうなのか?」
「ええ、ですが王族にまつわる伝説のようなものです、本当だったのでしょうか……?」
こうして一周間が過ぎた。
裁判当日、俺たちは城に向かった。
裁判の傍聴は、その性質上、今回に限り獣人達の傍聴が許可された。
地下施設にいた2000人はそのまま城に向かうことになった。
「それではこれより、王族裁判を始める。」
「教皇、この者の罪を。」
「フォグ・ホープ、上記の者は獣人に対し、人族から不当な手段で財を奪い、また、不当な手段で財を獣人に流したことから、異民侵略罪の疑いアリ。」
「以上か。」
「はい。」
なんだ、なんだ。
教皇と王族の力は拮抗しているのではなかったのか。
王のほうが明らかに権力が強そうだが。
「それでは、証人喚問を行う。」
「被告人は無実を証明する人物はいるかね?」
「それは……、私です!」
「ゴア・ライト……、汝、偽らんと証言すると誓うか?」
「はい。誓います。」
「それでは、証人の発言を許可する。」
「はい。まず、先にあげられた教会側の令状ですが、罪の疑いがかけられているのはフォグ・ホープという人物です。この方の名前はノゾミです!」
人族の傍聴席からも動揺が見て取れた。
「……次に、異民侵略罪についてですが、この方がこの国で行った経済活動は、ピュイの実の運搬と、ギルドの証人だけです!これは相場で行けば日給で200ハスも行かず、その金額を獣人に流したところで現状が変化するほどのことは起きえません!」
さらに困惑は広がる。
裁判所内の人族はみな周りを見回している。
自分を見失ったように。
「静粛に!王の御前なるぞ!静粛に!」
ふと見上げると、姫がいた。
「(姫は心が読める……か。本当ならばどれほど簡単に真実を伝えられるだろう。)」
裁判中なのにため息を漏らす。
姫はそれをみて笑っていた。
「(まさかな……。)」
伝説は伝説。
事実かどうかは今はいい、そう言い聞かせることにした。
「なるほど。双方の意見はこれで出たか。」
王の威厳は裁判でも健在か。
「はい。ご判決を。」
「して、判決の前に、両者の望みを聞こうではないか。」
「ハッ!」
「異端分子の排除を。それを望みます。」
「獣人達の迫害の禁止を望みます。」
「ノゾミと言ったか、汝自身の無実は望まぬのか。」
「今回は私の立場上でもそうですが、獣人達の迫害の禁止、これが実現されれば、事実上の無実になります。」
「……そうか。」
「それでは当を出そう。今回の教会の逮捕は違法なものである。事実証明の書類も推測の域をでず、また、フォグ・ホープなる人物もこの国には存在しなかった。よって、ノゾミ、この者を無罪とし、また、教会からはその統治権をはく奪する。」
「しかしっ!」
「異民侵略罪を施行したのは王族であるが、それは外部からの侵略を守るためだ。国内のオリジン・アニマを迫害するためのものではない。」
王は教皇をひと睨みするとともにその威光を知らしめた。
「……双方意見があるかね?」
獣人達の迫害も終わる。
大方の予想を裏切ったこの判決は語り継がれるだろう。
裁判は終了、みながそう考えていた時。
ノゾミは手を挙げた。
「はい。教会への調査を依頼します。」
「……どういうことだ。」
「悪魔でもこれは獣人ギルド側の情報ですが、教皇が国家転覆をはかっているとのことです。教会に張っている決壊には誰も見たことないものが使われており、それは強大な力を発するとか。ですので、調査の依頼と共に、その調査への参加も希望します。」
「ふむ……、いいだろう。許可する。国家騎士団と共に調査するように。」
「今日、そのまま向かってもいいですか?」
「いいだろう。」
こうして裁判は終わった。
教皇には国家転覆の罪が証明され、禁固刑となった。
喜々として俺たちは店に帰ることになった。
「希さん、アレは……!」
店の前を見ると、万は超える獣人達が店の外で待っていた。
通り一面を覆い尽くすほどの獣人達がいた。
そうだ、迫害は終わる。
もう、隠れて生活する必要はない。
既に太陽は傾く黄昏時。
夕日に照らされ、みな涙を浮かべながら敬礼をした。
俺も敬礼を返す。
そこに言葉は必要なかった。
国家騎士団と調査するまで2星間ほど余裕があったため、そのまま宴が開かれた。
獣人達は皆喜んだ。
酒を飲み、熱い抱擁もされた。
イデからも、ゴアからも。
ザックも、イギーも、みな喜びの頂にいるようだった。
わかっている、みなよく耐えた。
この偉業を、努力は実を結んだ。
店の内外に獣人があふれ酒を飲んでいる。
人族ももう迫害はできない。
すると国家騎士団が来た。
店の住所を教えておいてよかった。
俺はそのまま教会に向かうことになった。
帰路の途中、ゴアから聞いたのだが、実は教皇の反逆を知らせたのは獣人だ。
忍びに長ける者がいるらしい。
その者によると、教会の地下に、見たこともないモノがあるらしい。
それを取りに行く。
地下の階段を下りていくと、部屋がある。
儀式に使う物が置かれている部屋だ。
さらにその奥に尋問……、もとい拷問部屋がある。
あのアイアンメイデンがあった場所だ。
さらにその壁に隠し扉があるとのこと。
壁を叩くと確かに音が違う。
国家騎士団に大型のハンマーで壁を粉砕してもらう。
すると、十字形のガラス管のようなものがあった。
そして、十字の真ん中に『何か』が入っていた。
黒い影のような二重螺旋の『何か』。
結晶の様だが、中の影は動いている。
それを取り出す。
すると、青い光に包まれた。
「(なんだ?何が起こった!)」
国家騎士団はたまらず、剣を構え距離を取った。
そして俺の体は消えた。