脱出
「旦那様はここでお待ちください。先には見張りがいるはずですんで。」
そう言うと、男……以前あった『壁の男』は壁を登り、城の廊下の天井にぶら下がるようにして移動した。
前方からは確かに誰かが近づいてくる足音が聞こえる。
『壁の男』から渡してもらった松明を持っている手が震える。
廊下はそこまで明るくない。
レンガや石で作られている。
そのためか月光が廊下を照らす程度である。
「(もしかして、この城が石でできているから、この石と石のつなぎ目に手をひっかけて移動しているのか?)」
こちらが衛兵に見つかるのではないかと思うほどに松明は爛爛と燃えている。
光のせいか、眼が闇に慣れない。
注意深く『壁の男』を見ている。
懐から何かを出した。
見張りだろうか、そう思われる兵士のちょうど頭上まで移動していた。
そして鈍い金属音がした。
「旦那、もう大丈夫ですぜ。」
「いったい何をしたんだ?」
他の見張りを警戒して、少し足ばやく駆ける。
「何、コイツで頭をちょいと……ね。」
右手には金槌が握られていた。
なるほど。
「あの金属音は見張りの兜と金槌がぶつかった音か。」
「へぇ。ささ、気が付く前にこちらへ。」
「城の構造は把握しているのか?」
廊下を走る。
できるだけ足音を消して。
「へぇ、この先に広場がありやす。そこから抜け出しやしょう。」
「わかった。」
「ここです。」
噴水に花壇、踊り場のようなところに出た。
月光に照らし出されて幻想的な空気を纏っている。
噴水の奥に、人が落ちないように柵がある。
そこにロープがかかっている。
「これで降りやしょう。ささ、どうぞ。」
「……わかった。」
「ただ、使ったことはないから早くは下りれないかもしれない。」
「構いやせん。ささ、どうぞ。あっしはここでかぎ爪を見てやす。」
ロープにつかまりながら会話をする。
一分一秒が惜しい。
「大丈夫か?見張りとか。」
「へぇ、最初にあった兵位なもんです。ここは少し手薄でやすね。」
「そうか。」
そして、慣れない手つきでロープを伝うようにして降りた。
無事、二人とも脱出できた。
「ここはもう城の外でやす。しかし、見回りの兵がまだいるようなところでやす。こっちに行きましょう。」
そう言って二人闇に紛れた。
こうして脱出は成功した。
しかし、問題は山積みのように感じた。
「(仮にここから抜け出しても……どうやってこの世界の概念悪を取り除けばいいのだろう……。)」
イデの喫茶店まで無事に帰ることができた。
扉を開けると皆、店で待っていた。
帰ったのは翌日の朝方であったというのに。
「希さん、よくぞご無事で……。」
イデに抱き着かれる。
顔を胸に埋められる。
苦しい。
「みんな、心配かけたな。何とか帰ってこれた。」
周りの獣人達もまだ、店にいた。
皆笑いながら、暖かい空気に包まれていた。
「おかえりなさい、希さん。」
ゴアも目に涙を浮かべていた。