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悲願

そう都合よくゴアがここに来るはずがない。

何せ気絶していたのだから。

さらには倒れてから経過した時間もわからない。


「(ギルドは……契約書は無事に届いたのか……?)」


ベッドから立ち上がる。

目まいと頭痛が走る。

それでも動かない訳にはいかない。


「(約束だからな……せめて設立までは……。)」


周りのカーテンを開け、扉を目指す。

扉を開けると、目の前は闇であった。

真っ暗だ。


「もう……大丈夫ですか?」


暗くてもうっすらと影が見える。


「その声はゴアか?」

「はい。」


部屋の灯りが顔にかかり、大きな耳があらわになった。

闇を着こなすものなどいない、のだろうか。


「部屋に入ってもいいですか?」

「どうぞ。」


静かにされど確かな足取りでベッドに向かった。

こうして二人並んで座るのはなんだか気恥ずかしいような。

二人の間にはしばし沈黙の間があった。

『俺』は記憶の混濁、軽い頭痛、そしてゴアという『異性』と並んでいる現在いまに、口を閉ざされているのだった。

ゴアもゴアで、『俺』の身を案じてくれているのか、自分から進んでこの静寂を壊すようなことはしなかった。


「……ギルドは……、ギルドはどうなった……?」


ある意味どう答えられても怖い質問だ。


「そうですね、希さん、あの後どうなったか、そこから話をしましょう。」


話には、質問の回答も含むのだろうか。


「……、ああ、聞かせてくれ。」

「そうですね……、まず、貴方が……、ギルド設立の書類に判を押した後、私は迷いました。」

「迷い?」

「……えぇ、迷いです。あの時私、いえ、私たちには、二つの道がありました。一つは、書類をイデに渡しに行くこと。もう一つはあなたを……、その…………。」

「?」


少し話しづらそうだ。

表情が硬いというか、ぎこちない。

ゴアもこの状況に少しは面食らっているのだろうか。


「その、希さんを手当てするか、と言う二つの道です。もちろん、どちらも行動に移すつもりでした。ただ……、どちらを優先するべきかは私にはわかりません。」


顔が下を向いている。

耳も少し萎れたような気がする。


「ですが……希さんが仰った様に、私たち、獣人はあなたを信じる、そういう約束でした。」

「そういえば、そんなことも言ったな。」



『立て、ゴア!獣人(お前ら)は言っただろう!俺を信用すると!』

『なら行け!イデ達もここを守ってるんだ。無駄にはできない!』


「(ゴアには……あの言葉の意味が伝わっているのだろうか。)」

「ですから……。」


ゴアがこちらを向く。


「……あの場にあなたを残し、イデに書類を届けました。」


両の眼に雫が溜まっている。

声も震え、かすれている。


「……勝手かもしれませんが、ッッ!」


しゃっくりをしている。

確かに、感情的に泣くとき、しゃっくりが出る気がする。


「それでも、あそこであなたを助けるのを優先するのは、貴方の意思を無視することのように感じました。」


絶望したような、涙を流しながら顔の筋肉が弛緩している。


「(そんな表情で見られると……。)」

「(でも……。)」

「(よかった。)」


ゴアは言葉の意味を理解していたようだ。

そう、あそこで書類よりも自信を優先するべきではない。

なにより、書類を優先すべきだ。

何故なら、俺たちは『対等』だから。

杯を交わし、誓い合った仲だから。

獣人たちから見れば、気絶してまで書いた書類だ。

何をするべきかは明白。


「ゴア……。」


ゴアの方に体を向ける。


「いいんだ、それで。お前は正しい。むしろ、あそこで俺の体を優先していたら、俺は今キレていたかもしれない。いや、俺だけじゃない。人族を抑えていたイデ、明かりのために残っていたザック、ふたまるまるで働く獣人達、みな怒こっているかもしれない。」


「だから……。」


ゆっくりとゴアに近づく。

座ったまま横にずらすように。

互いの右と左の足が触れ合う距離まで。


「もう……泣くな。」

「はい……。」


抱き合うようなことはしない。

俺たちは、『対等』な関係だから……。


「……ザックが明かりのために残っていたことを知っていたんですか?」

「さあな。」


少し笑ってから。


「ただ、あの状況でずっと残っていたのには別の理由もあるんじゃないかって。」


一呼吸おいて。


「そう思ったんだ。」


言葉を発する。


「お見通しなんですね。その後、外に出ると抗議している人族が増えていたんです。私が行った時にはすでに店の入り口は『入り口ではなくなっていました。』」


異世界特有の表現だろうか。


「そして、書類をイデに渡そうにも、肝心のイデが外に出られないようでは意味がありません。だから、ザックには、関係のない紙の束を握らせて正面から走って……、その、囮になってもらいました。人族はザックが書類を持っていると思ったのか、彼を追いかけて走っていきました。その隙にイデには裏口から出てもらい、役所に届けさせました。」


顔は濡れているようだが、もう新しい涙は出ていないようだった。

部屋の天井を眺めながら話は続く。


「そして今日、無事にギルド設立の書類が受理された知らせが入りました。それがこれです。」

「……、手紙か。」

「はい。ついに、獣人ギルドが発足しました。」

「希さん。」

「はい。」


ゴアがベッドを立つ。


「ギルドを……、いえ、獣人達を……、いや……。」


考えがまとまらないのか、手を口元にあて、顔は少し恥ずかしそうに後ろを向いている。


「……私の話を、そして、ギルドの証人になっていただいたこと、感謝します。」


頭は下げない。

対等だから。


「……ありがとうございました。」


体から搾り取られたような声だった。


「うん、俺からも、手当ありがとうな。」


二人向かい合い、笑いあう。


「それで、今日は設立を祝っての宴会があります。」

「希さんが今、眼を覚ましてくれてよかった。」

「一緒に行きましょう。」


答えは決まっている。


「おうっ!」


今日は祝うべき日なのかもしれない。

獣人達の悲願の成就。

早速イデの店に行こう。

外の空気を吸うと、少し頭痛も収まったように感じる。

空は夕焼け、日も傾いている。

道中、話をした。


「結局、人族はなんでうわさといえど、ギルド設立に気付いたんだ?」

「役所です。」

「役所?」

「はい。役所の職業もほとんどが人族に独占されているんです。」


支配し続けるため、支配層を変えることも拒否したってわけだ。


「それで、人族たちにうわさとして広まった、と?」

「そのようです。」


今日は風が強い。


「少し冷えるな。」

「お酒も出るでしょうから、体を温めましょう。ホラ、みんな待ってますよ?」


前を向くと、もう店だった。

遠目から見てもわかるくらい、獣人達がこちらを向いている。

手を振りながら。


「アンちゃん、やったな!」

「やりやがったぜ、アイツ。」

「信じてみるもんだな。」

「そらそうだ。アイツはわしの工房にも来たんだぞ。」

「へぇ。」


店中の窓から、杯を持って乗り出している。


「行きましょう。」


夕日に照らされた笑顔が向いている。


「ああ。」


宴は始まったばかりだ。

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