200
階段を上ると眩い日差しが目に沁みる。
「おはようございます、希さん。」
逆光で顔がよく見えない。
「……その声は……、イデか……?」
「はいっ!」
太陽よりも眩しいような笑顔だ。
「おはよう。まだ昼にはなってないのか。」
「ええ、まだまだこれから、といった感じで。みなさん朝食のセットをよく頼んでくれます。」
獣人達は互いに助けあうために、同族の店をよく利用するとはイデの証言だ。
「何か手ごたえはありましたか?」
「ああ、ザックっていうおっちゃんと仲良くなれた気がする。」
「……あはっ!」
突然笑い出すとは、どうしたんだろうか。
「ザックさんをおっちゃんと言えるのは希さんだけかもしれませんね。」
「ええ、……確かに。」
ゴアも声に出していないが笑っているのだろうか。
顔を隠しながら震えている。
「早く次に行こう。」
なんとなく恥ずかしい。
「そうですね。次は200(にいまるまる)ですから。」
「あら、そんなに回って大丈夫?」
「ええ、希さんの覚悟を皆が受け入れているうちに回っておきたいんです。」
「このまえの杯を受けたときのことか?」
「ええ、そうです。」
「なるほどね。……確かに早い方がいいか。気を付けてね。今日は陽射しが強い。ピュイジュースを持っていきな。」
「……いいのか?」
「なあに、場所を貸してるとはいえ、今日はこっちの仕事で一緒に回れないからね。気にせず持って行ってよ。」
「ああ、ありがとな。」
イデも素の自分を出してくれているのか、口調が初対面の時とだいぶ違う。
いい傾向だと思いたい。
「それでは行きましょうか。」
「ああ。それじゃあ、行ってくる。」
「……いってらっしゃいませ。」
その声は初めて会った時と変わらないような、響きのある声だった。
店を出て、通りを歩く。
ゴアのいる宿へと戻る道だ。
「希さん、今から行くのもまた、表向きは施設ということを知らせていない場所です。声に出すのも難しいので……、その……手をつないでもいいですか。」
どう返すべきだろうか。
「……ゴアが嫌じゃないなら。」
種族が違うためか、言動に気を遣う。
対等な立場なら、許可を取ってきたゴアには許すべきだろう。
しかし、手を取るのは向こうからだ。
「(というより、手をつなぐのを嫌がる人族が大半なのだろうか?)」
白い衣を着ながら、手をつなぐ。
「(こんなに温かいのにな。)」
宿に帰る途中、普段は言ったことのない道を通る。
それは、道の両脇に店が並ぶ通り、その裏通りだ。
軒下には日が差さないためか少し空気が冷たい。
右手だけが温かい。
「(声にできないようなところ……黙ってついていくしかないか。)」
人通りはない。
昼前なのに、日が差さない場所があったとは。
ちょうどこの街を囲っている壁と店の裏側に来た。
つまり、この国の一番外に近い場所……なのだろうか。
ゴアは立ち止まり、壁をニ、三回叩いた。
すると、声がした。
「壁の向こうは……?」
男の声だ。
「オリジンアニマ。」
すると、壁が動き出した。
石つくりのドアのようだ。
「よう、ゴアじゃねぇか。」
「お久しぶりです。」
これまた髭を携えた男が出てきた。
「その兄ちゃんが言ってた?」
「ええ、そうです。」
「入んな。衛兵共が来る前にな。」
こうして、ふたまるまるという場所に来た。




