獣人ギルド始動
「本当にこいつが証人になるのか?」
「見たところ確かに人族のようだが……。」
「信用できるのかねぇ……。」
開門からの罵詈雑言。
人族と獣人の共生は難しいのだろうか?
僕はそう思わない。
「……いらっしゃいませ、希さん。」
ゴアがリードして椅子に案内してくれる。
きっと優しい娘なんだろうな。
椅子に座ると、視線が八方から刺さる。
今日は獣人で満席のようだ、僕を除いて。
ゴアが両手を胸の前で合わせる。
頭上で大きく破裂音がする。
「……はいッ!皆さん静かにしてくださいッ!」
いつもより血色がいいような気がする。
表情も少し柔らかいような。
「……かねてより、話していたギルドの証人がついに見つかりました。」
「その方は目の前にいますッ!希さんです!」
周りから歓声が上がる。
声というよりも叫びに近い。
ゴアは再び頭上で手を叩いた。
再び静寂が訪れる。
「……みなさんの言いたいことはわかります。人族がしてきたことを忘れたわけではありません。しかし、私は彼は信用に値する人だと、考えていますッッッ!」
より大きな歓声が上がる。
みな興奮ぎみだ。
よく見るとゴアの耳や頭の毛も少し逆立っているように見えるし、瞳もいつもより大きい気がする。
「そこで、彼には皆さんと親睦を深めていただこうと思いますッ!これは彼にも伝えていません!今ここで言いましたッ!」
イデが店員のエプロン姿のまま近づいてくる。
その手には一杯の飲み物。
「もし、同意をしていただけるのなら、杯を飲み干してください。」
それを聞いた聴衆は無言になり、場には差し出された杯と僕。
どうやら話を聞くだけだと考えていたが、何かすごいことに巻き込まれてしまったようだ。
それに異世界の得体の知れない液体を飲めときた。
しかし……。
「……確かに、このままじゃ得体の知れない人族だ。」
誰かが小さく、そうだ、と言った。
席を立ち、周りに体を回しながら両手を広げる。
「僕が……、いや、おれ自身が、獣人に何かをしたわけでもない。」
聴衆は少し気圧された。
なにも俺に驚いているわけではない。
恐らく、虐げられた記憶が体の自由を許さないのだろう。
「しかし、ここにいるほとんどは、何らかの搾取を受けてきた。」
辺りは無人の水面のように静かであった。
みなが放つ呼吸音と、グラスを机に置く音ばかりが聞こえた。
「人族の工作員ではないか?家族や仲間との信頼に足る人物か?」
「……確かに疑わしい。」
おもむろに杯を持つ。
「しかし、俺は何も知らない!知らないんだ!だから、みなさん……いや、お前らと体で!」
「心で!」
「……わかりあう必要がある。」
「……信頼に足る人物だといったなッ、ゴアッ!」
「……はいッ!」
「ならば俺も信じよう!」
杯を一気に飲み干す。
店は三度歓声に包まれた。
イデもゴアも杯を持つ。
「さあ、われらが発足する組織、その新たな仲間の誕生を祝おうではないかッ!」
店全体が震えるような声に包まれた。
最初の懐疑的な空気はどこへやら、あっぱれ祝え、ギルド発足の瞬間であった。
みな杯を鳴らし、酒をかっこむ。
そこに壁であった白いフードはなく、みな素顔を晒し、祝いあった。
そこには確かに種族の壁はなかった。
ゴアとイデが座る。
「すごい演説でしたね、希さん。」
「そうですね、いきなり話をしたのにあの対応はいい意味で予想外です。」
「ゴア、そういえばギルドの名前は決まったの?」
「……そうですね、獣人と人族の共生の約束、その意味をこめて。」
「混成種族で、どうでしょう?……希さん。」
「……希さん?どうしたんだろう、うつぶせのまま動かないや。」
イデがひっくり返すと赤面の少年が。
「ゴア、もしかして杯の中身も教えずに飲ませたの?」
「……そういえば、説明していませんでした。」
「ハハハ……。」
「おもしろい男だ。」
「杯の中身も知らずにそれを飲み干すとはな。」
「信じてみるのも手か……。」
嗚呼、意識が遠のいていく。
少年は深い眠りに落ちた。