翌朝
『た……て……。は……に…て……。』
朝、早くに目が覚めたのだろうか。
窓から見た空はまだ暗い。
「夢……か……。」
昨日の少女の顔が離れない。
夢にまで見るとは。
「(本当は……何を言っていたのかは理解している。)」
「(しかし……。)」
「僕にどうしろと……。」
部屋で呟くは独り言。
体育座りの体勢で膝のシーツに顔を埋める。
わからない。
酷く取り乱しているのだけは理解できた。
奴隷制度、それは、支配者のための制度なのだろうか?
僕にはわからない。
世界を救えだの、悪を滅ぼせだの言われてもどうしろと言うのだ。
巨悪を相手に一個人の力でどうしろと?
おまけに異世界の常識や知識、そういったものが欠落しているのだ。
周りから見れば狂人のようだろう。
「(そうだよ……このままこの世界で暮らせばいいじゃないか。前の世界のように学校や教師もない。一労働者として暮らせばいいじゃないか。)」
「(……でも……。)」
無力さを感じながらも少年の良心は死んではいなかった。
苦しい。
奴隷の少女を助けたい。
でも、それは異世界人の常識である。
異世界の常識とあまりにも違いすぎる。
助けたいという気持ち、それとともに押し寄せる自らの無力さ。
もうかれこれ、2星間は立っただろうか。
「(こちらの世界の時間も体感でわかるようになったのか……。そろそろお昼時かな……。)」
身支度をしよう。
こういう時だからこそ、体を大切にしていこう。
「……何か食べないと。」
ぽつりつぶやく。
気持ち悪い、ものすごく。
それでも、何か栄養のあるものを取ろう。
そう考えていると、不意にドアがノックされた。
「……ルームサービスです。」
鈴の音が鳴った。
どうやらもう昼に近いらしい。
返事も忘れ、ドアを開ける。
受付の女性も何も言わずに部屋に入る。
ベッドの前まで歩いて、振り返らずに背中で語った。
「……今日は何か召し上がりましたか……?」
そのまま持っていた箒で部屋の清掃を始める。
「いえ……、その、なんというか……。」
いままで事務的な受け答えしかしていなかったので、少々(しょうしょう)驚いた。
「さっきまで寝てました。」
「……出過ぎた真似ですが、よければこの後、食事に行きませんか?」
「え?」
突然の誘いに困惑する。
しばらくの間沈黙が流れ見つめあう。
「……申し訳ございません。それでは……。」
「待ってください!」
肩が跳ねる。
「すいません、いきなり誘われたものですから。昨日から確かに、気分がよくないです。」
女性は憂鬱そうな表情を浮かべる。
「ですが、以前約束していただいた質問をまだしていませんでした。よければ、食事中に質問してもいいですか?」
女性は驚いたような顔だった。
そして、両目に少しばかりの涙を浮かべているようだった。
両頬も少し赤い。
「……はい。それでは、この部屋の清掃が最後ですので、しばらくお待ちを……。」
そう言って、普段の、受付の顔に戻った。
その後は淡々(たんたん)と掃除をしていた。
数日間しか見ていないが、それでも普段通りの速さで、慣れた手つきで、箒を動かしていた。
女性をよく見ると……。
「(尻尾と耳が少しだけ動いてる……?どういう表現だろうか。)」
少年はまだ知らない。
この世界のことも、他人のことも。
「(しかしよくみると……。)」
「少し顔が赤いかな……。」
この呟きで女性の顔がさらに赤くなることも。