白い布
「(さて、今夜の宿を取ることはできた。)」
宿を取るのも一苦労の異世界である。
「(今度からは女神にその世界の通貨をいくらか貰おう。)」
「(貰えるかどうかはわからないけど。)」
ここは宿の一室。
木製のベッドと窓が一つの簡単な部屋である。
今後の方針を考えていこう。
「(とりあえず、手持ちのお金で明日の宿も取ることができる。その間に金策をどうにかしないと、生活すら厳しくなりそうだ。)」
収穫はもう一つ。
白いフードのようなものだ。
これを羽織れば、ようやく好奇の目を向けられることもないだろう。
「(実際、周りに溶け込めるのはでかい。風習とかもわからなければ周りの人を見て学ぶしかなさそうだ。その際に目立っているのはあまりよくなさそうだ。難癖つけて、犯罪者に仕立て上げられるかもしれない。)」
だからこそ、服装を揃えられたのは大きい。
「(金策を練ろうにも、この世界について知らなさ過ぎてどうしようもないような……。市場があるようだし、労働という概念はありそうだが……。)」
市場では果物のようなものが売られていた。
ならば、生産するのに畑が必要なはずだし、市場に運ぶ人もいるはずだ。
そこで働いてい給料をもらう……くらいしか思いつかない。
「(郷に入っては郷に従え、街を探索するしかないか。)」
自分でこの街を調べるしかなさそうだ。
そんなこんなで、いろいろ考えているとドアがノックされた。
「はい。」
「お夕食が出来ましたので、下の階までお越しください。」
受付の女性だった。
「はい。」
どうやら夕食の時間の様だ。
ありがたい。
この世界で何が消費されているか、食文化を理解するのに役立ちそうだ。
下の階に行くと、階段わきの机に誘導された。
なるほど、ここで食事を摂るのか。
しばらく待っていると、女性が夕食を運んでくれた。
「本日の夕食は、ピュイの実とキノコのシチュー、紫パン、エラボウと空ソウのマリネです。」
献立を教えてくれる。
値段の相場がわからないが、サービスはなかなかのようだ。
「それでは、ごゆっくりどうぞ。」
そして女性はまた受付に戻っていった。
とにもかくにも、わからないことだらけの異世界で初めての食事だ。
この日始めての食事でもある。
食べよう。
栄養がなければ体は動かない。
たった一人で異世界にいるのだ。
体が資本であり基本のはずだ。
「(……いただきます。)」
両手をあわせて、食器をとる。
どうやらこっちにもスプーンはあるらしい。
まずは、一番大きい皿のシチューから食べよう。
湯気が出るくらいあつい。
ふと気づくと、辺りは暗い。
もう夜であったか。
日が出ているうちは暖かかったのだが、意外と寒い。
そんなわけで、この温かいシチューがありがたい。
白い液体を一杯、口に入れる。
塩味と木の匂い。
さらには海鮮系の出汁を感じた。
うまい。
この世界にも塩と魚、そして煮込み料理があることが分かった。
「(さて……次はピュイの実か?……行ってみよう。」
そう、このシチュー、実は赤色のナニかが入っている。
恐らくそれは宿屋に来る途中、市場で見たモノだ。
そう、あの赤い果実のようなものだ。
「(ピュイの実っていうのか……、さて、どんな味がするやら。)」
スプーンですくい、しばらく眺めていた。
赤色の球体の集合体みたいな果実だ。
いや、果実のようなもの……か……?
頬張ると柔らかい木の実の様な食感だ。
噛んで見ると、口の中で割れた。
「(ん?……これ……?)」
どうしよう、すごく辛い。
タバスコを濃縮したみたいな味だ。
舌が痛い。
吐き出そうにもなんか受付の女性がこちらを見ている。
仕方ないので、すぐに飲み込むことにした。
「(滅茶苦茶辛かった……。喉どころか、食道や胃が熱い。)」
恐らく、あの味の濃さは利用するためにある。
つまり、そのまま食べるのではなくシチューの中で割って、辛口に味付けするのではないだろうか。
顔を赤くしていると、受付の女性が飲み物を持ってきた。
その……笑いながら。
「大丈夫ですか?……フフッ。」
漏れてんぞ。
「こちらはサービスのルブジュースです。……フフッ。」
まだ笑うか。
「ありがとう。」
渡されたモノを飲む。
少し粘り気を感じるが、甘い飲み物だ。
薔薇とブルーベリーのにおいを混ぜたような、そんな風味。
一口飲むとすぐに口内の辛みは引いた。
「助かったよ。うん。」
「それでは、ごゆっくり。」
異世界ではこういう風に半ば実験のように、確かめながら生活をするしかないのだろうか。
その日の夕食はよかった。
少なくとも、温もりと、少しの笑いのある食事だった。
「(受付の女性はあんな風に笑うんだな……。)」