物の価値
向かいの質屋まではおよそ5メートルくらいだろうか。
宿屋から出て、本当に目の前にあった。
さて、ここでもまた問題がある。
「(おおよそ転生してからというもの、何か売れる物を持っていない。女神が転生させただけだ。服とかはあるが……。)」
未だに学校の制服を着ていることを思い出す。
宿屋のドアを思い出す。
「(金属を使用した鐘があったんだから、金属自体の価値はこの世界にもあるはず……。)」
制服のボタンや安全ピンはどれくらいの値が付くのか。
「(宿屋はこの世界のマナーを、質屋では物の価値の指標を。)」
学ぶことを再確認し、ドアを開ける。
涼しげな鐘の音が鳴った。
床は石造りのようだ。
おそらく、大きな岩を整地した後に質屋を建てたのだろう。
そして、床に大きな木製の土台を置いただけの簡素な部屋だった。
店主らしき男が土台の上に座っている。
「(第一声や行動が大事だぞ……。)」
そう言い聞かせ、歩いていく。
座っている男の前まで行き、視線を横に走らせる。
他の客が質として入れていった物品だろうか、様々な物が無造作に並べられていた。
剣のようなもの、服、布切れ、木製のたんす、ビンに入った青色の何かの液体。
やはりここは元居た世界とは違う世界なのだ。
「質を入れたいのですが。」
そう言うと、男は舐めるように僕を見た後、何を質に入れるか聞いてきた。
「(白い服を着ていないと、こんな顔をされるのか?)」
おもむろに制服の上着を脱ぐ。
そうすると上半身は白色のカッターシャツが出てくる。
「(白いフードとは違うけど、せめて色だけでも合わせておこう……。)」
「この上着なんですが、洗濯などの手入れをする分を引いて、いくら貸してくれますか?」
男は何も言わずに両手を差し出した。
服を渡せということだろうか?
「とりあえず、今から見てみるから、しばらく待ってな。」
そういうと、男はガラス玉のようなものを取り出した。
「(もしかして、あの球体がこの世界の眼鏡なのか?)」
用途は虫眼鏡と同じかもしれない。
しかし、突然手持ち無沙汰になってしまった。
他の客が入れたであろう質をみる。
よく見ると、奥の方に白いフードのようなものの姿が。
「(今日は最低でも、宿代とあの白いフードのようなものを手に入れることはしたい。この世界の倫理観がどうなってるかは知らないが、とにかく目立つのはよくなさそうだ。)」
「(そういえば、あと、二星間で宿の受付が終わるんだったな。)」
「すいません、どれくらいの時間がかかりそうですか?」
男は質から目を離さずに答えた。
「何星間と言うのは難しい。服自体は見終わったが、アンタ、これはいったいなんだ?」
それは制服に入っていた生徒手帳だった。
「服の価値を先に教えてもらってもいいですか?」
「そうだな。この服自体は50ハスくらいだ。ただ、この服に入ってたコレを質にいれるなら500ハスは貸せる。」
「服よりもそっちのほうが価値があるんですか?」
「そうだな、中身はいらないよ。この赤色の皮が思いのほか頑丈だから、貴族連中に売れるかもしれない。なにより、今まで見たこともない品だ。それだけで価値がある。」
どうやら、手帳ではなくカバーが高価らしい。
「(見たことないって……よくよく考えれば、元の世界から持ち込んだものだから、化学繊維ということになるのかな?)」
金属がようやく使用され始めた世界ならば、化学繊維は不思議なものに見えるだろう。
軽くて頑丈、変形にも強い。
「そうですか、なら、そっちだけを質に入れます。500ハス貸してください。」
「あいよ。」
そう言って男は、無造作に袋を投げた。
植物性の袋だろうか、僕と男の間に重量感のある音が響いた。
中を見ると、白色の正方形のナニカが入っていた。
合計20枚。
「一週間以内に借りた額を返せば、質はあんたに返す。返さないなら、この店の好きにする。いいな?」
「はい。後、あそこの白い布が欲しいんですけど、いくらですか?」
一泊おいて
「……25ハスだな。」
とだけ答えた。
「それなら、ここから払います。」
「あいよ、持ってきな。」
どうやら商品を買っても物を持ってくるわけではないようだ。
こうして、目立たない服と475ハスを手に入れた。
つまり、二日分の宿代と475ハスだ。
「(とりあえず、これを羽織って宿屋ですぐに予約しよう。)」
何もわからない異世界だが、見た目だけは整っていったように感じる。
しかし、これはただ準備が終わっただけに過ぎない。
これから、生活や価値観を調べなければいけない。
「(もしかして、一つの世界を救うのに50年くらいかかるのでは……?)」
一抹の不安を抱きながら、宿屋へと戻る。