魔法使いです。先生とお買い物です。
王国大輪祭 一日目。
待ちに待った一年に一度のお祭りに、街は活気と熱気に包まれていた。
道には人が溢れ、道の両端を埋め尽くすように立ち並ぶ出店の其処彼処から陽気な呼び声が聞こえてくる。
広場では手品師や曲芸師が技を披露し、聴衆が喝采を浴びせていた。
それらを祝福するように頭上に広がる空は雲一つない青天井となり、太陽が燦々と人々を照らしていた。
そんな中を、俺は死んだ目で突き進む。
なんだこれは。人が多すぎる。人がゴミのようだ。右も左も前も後ろもリア充パラダイス。キラキラフィールド全開なんですけど!視界に入れたら闇属性の俺は光属性のあいつらに目を焼かれることになるだろう。やめろください。
地面だ。母なる大地を見つめるのだ俺よ。人間やっぱり地に足つけて生きないとダメなんだよね。もしかしたら陰キャ連合軍によるリア充駆逐用の地雷が転がってるかもしれないからね。安全、第一。
あ、なんかいい匂いする。おー肉だ!めっちゃでかい肉をナイフで切って食べるやつだ。いいなー美味そうだなーこれから魔術大会の開会式みたいなやつがあるけどこれ食って家帰ってリア充駆逐用地雷の作成に取り掛かろうかなー。この世が闇に覆われる日は近い……。勇者を讃える日なのに俺ってば発言が超魔王。
は!しまった!出店の肉に目を奪われている隙に『女の子が男の子にあーんをしている』シチュエーションが視界に入ってしまった!うおおお、目が、目がぁ!俺の目を焼いた罪であの二人には被告人になってもらおう。罪状は、うーん。『幸せを見せつけた罪』。流石に理不尽すぎて可哀想になってくるからやめてあげよう。
はぁ……何だかすごく悲しくなってくる。青春を謳歌する者たちの傍ら俺は一人競歩大会をしている気分である。人垣を掻き分け、進む、進む。あ、痛。あ、スミマセンスミマセン。急いでたんです。あら彼女さんお可愛いですね。お幸せそうで何よりです。ムカつくんでファイアーボールを食らえ。ボーン。
脳内でリア充どもを爆破させながら、俺はフラフラの身体で魔術学校へと辿り着いた。やばいよ。学校に辿り着くだけで既にグロッキーなんですけど。もう満身創痍だよ。こんなんで俺試合なんか出来るのかい?
「来ていたかベルナルド」
「あ、おはようございます先生」
「ああ。お早う」
ミッシェル先生だ。いつもの黒スーツ姿に今日は左腕に腕章を付けている。大会管理委員とかだろうか。教師っていう職業も結構大変ですね。
「……顔色が悪いな。大丈夫か?」
俺を見てほんの少し眉を寄せると、ミッシェル先生は俺の頰に手を当てて俺の心配をしてくれた。いやー大丈夫すよ顔色悪いのは元々……ってどぅほ!?
「だだだだ大丈夫です!も、元からこんな顔なんで!ええ!大丈夫っす!」
「……?何を慌てている?」
いや、そりゃあの。女性に全く免疫のない純情少年である俺にとってはですね。美人が近くに来てワンナウト、異性との単純接触効果でツーアウトな訳ですよ。心臓に悪いんでホントやめて下さい。けどちょっと嬉しかったりもする。乙男の心は複雑なのよ。
ミッシェル先生は無表情のまま首を傾げている。くっ!おのれ天然め!貴女はもう少しご自分の美貌に目を向けたほうがよろしいと思いますよ?まあ多分これは俺が男として認識されてないってことなんだろうけども。哀れ、俺。
「……まあいい。それより丁度良かった。貴様に聞きたいことがあったのだ」
「……なんすか?」
「開会式の後、何か用事はあるか?あるならば別に構わないが」
「俺の試合は二日目からなんで、今日は開会式が終わったら帰るつもりでしたけど……」
「そうか。ならば時間を空けておきなさい」
「? 何かあるんですか?」
ああ、とミッシェル先生は軽く頷く。何だろ。まさか特訓の最後の仕上げをするなんてこと言わないよね?流石にそんなことされたらあれよ?既に満身創痍の俺は本格的にノックアウトしちゃうんですけど。
そんなことを考えていると、ミッシェル先生は何気無くこう言う。
「街で買い物をしよう」
俺の思考が停止したのは言うまでもない。
青い空。活気に満ちた街。幸せそうなカップルたち。多くの人々が思い思いに祭りを楽しんでいる。
ふふ、今日は何て素晴らしい日だろうか。
おっと、ぶつかってしまった。すまないね青年よ。君の隣に居るのは彼女かい?何とも可憐な女性じゃないか。大事にするんだぞ?
嗚呼、先程までの俺とはまるで違う。世界が七色に色づいている。リア充を見たところで心に何の黒い感情も芽生えてはこない。
これが、余裕というものかーー。
「ベルナルド。何故貴様はにやけているんだ?」
「……さあ。何故でしょうか」
貴女が隣に居るからです。ミッシェル先生。
街は祭りの真っ最中。そんな中で先生と二人でお買い物。これはどう考えてもデートだ。満場一致の賛成を受けてデートだ。審判のジャッジを聞くまでもなくデートだ。
俺にもこの世の春というものが到来したのだ。これでもう誰にも陰キャなんて言わせない!今日から俺はパリピでウェーイなイケイケ陽キャラ集団の仲間入りを果たすのだ。……いやなんか全然話が合わなそうだから仲間には入らなくていいかな。テンションがウザいんだよねあいつら。もう少し慎みを持ちましょう。
「それで先生。これから何処に行くんです?」
「もうすぐ解る」
焦らすなぁもう。きっと買い物とか言いつつ食べ歩きツアーを敢行するのだろう。きっとそうだ。あとは、あのあれだ。劇でも観に行くのかな?うーん。……デートなんて俺にとっちゃ都市伝説のレベルだったからな。何をするのか、何処に行くのか全く分からん。得体が知れないんだぜ。
まあきっとクールビューティな先生のことだ。多分俺が想像も出来ない素晴らしいデートプランがあるのだろう。ここはやはり年長者にお任せした方がいいね。うんそうしよう。でミッシェル先生、結構歩いたんだけどまだ着かないんです?
「着いたぞ。此処だ」
「ほうほうここは……」
『武器と防具ならお任せあれ! 万屋金銀堂』
武器屋だった。
すげーやミッシェル先生。貴女はいつも俺の想像の大気圏をぶっち切って行きますね。
なぜ?なにゆえ?武器屋?あれか?ミッシェル先生にとってはここが最高のデートスポットなのだろうか。うわーこの剣めっちゃ斬れ味よくないー?この鎧もチョーピカピカだしー。みたいな、そんな感じなんですかね。絶対違うね。
「貴様は毎年魔術大会に不参加だったことをうっかり失念していてな。ベルナルド、貴様は自前では杖しか持っていないだろう?それも年季が入ってボロボロだ。これを機に新調するのも良いだろう」
「あ、はい。そうですね」
成る程ね。大会用の武器やら鎧やらを買いに来たってことね。オーケー、俺、把握。
だが待って欲しい。それなら最初から武器屋に行こうで良かったじゃん?なんでわざわざ俺に希望を持たせるような言い方をなさったんですミッシェル先生?デートだなんだとはっちゃけてたさっきまでの俺が馬鹿みたいじゃないですか。返してよ!俺の淡い純情の期待を返して!
「ふむ……ベルナルドは剣メインよりも魔法を主軸に置いた方が良さそうだな。防具も鉄の鎧ではなく戦闘用のローブが良いだろう」
ちらりと俺は横目で先生の表情を窺う。
いつものような無表情。だがほんの少し目を細めて眉がキリッとしている。真剣そのもの、といった具合だ。
そんな顔を見ていると、俺は何というか色々と気が抜けてしまった。
デートだ、買い物だ、と俺が勝手に騒いでいただけだった。先生はいつだってこんな感じだ。真剣で一本気な、生徒思いの教師なのだ。
俺は一つ息を吐くと、ミッシェル先生の隣に立ち陳列されている杖を見始めた。
結局、俺は戦闘用ローブと軽量の片手剣、そして新しい魔法の杖を購入することになった。
ミッシェル先生がお金を出してくれた。いや、俺もせめて半分くらい出すって言ったんだけどね?俺が財布出してお会計をしようとしたら店番のおじさんが「お題はもう頂いております」とか言ってもう会計済ませちゃってたのよ。ヒュー!クールゥ。
俺が荷物を貰って店に出る。ミッシェル先生は荷物を持とうとしてくれていたが、俺は断固として譲らなかった。ここで先生に荷物まで待たせてしまったら俺の存在意義がミジンコ並みに消失しちゃいます。
残りカスみたいななけなしの男のプライドとやらを全力で発揮しましたとも、ええ。けどこれめっちゃ重いね……。舐めてましたわ。あ、やばい今腰がなんか変な音を……。超重い。
プルプル震えながら店に出ると。
「あ」
「あら?」
ばったりと嫌な顔に出くわした。
「あらあらあら。貧相な平民が、これまた貧相な品を持って震えているなんて。滑稽過ぎて思わず失笑しちゃうわ♩」
貴族戦闘力25。レイ・シモンズだった。