魔法使いです。お祭りの始まりです。
「え、兄ちゃん魔術大会出るの?今更?」
「おう」
王国大輪祭二日前となった夜、夕飯を妹と食べながら俺は魔術大会に出場することを告げた。ちなみに夕飯はハンバーグ。うまい。
妹のエリーゼは猫目を見開き驚いた様子を見せる。次に目を細めて怪訝な表情で俺を見てきた。表情が豊かですね。
「毎年祭りにも大会にも行かずに引きこもってばっかりの兄ちゃんが一体どういう風の吹き回し?」
「ふ、特に理由なんかないさ。強いていえば魔術学校最後の年に俺の隠された力でも披露してやろうかと思ってな……!」
「は?」
ノリ悪いよー妹ー。あと冷たい。態度も視線も。道で蹴飛ばした路傍の石を見るかのような視線である。やめてよ!石くんが可哀想でしょ!ほら謝って!蹴飛ばしたこと石くんに謝って!ついでに兄に対してもうちょっと愛情を持って接して!
反抗期真っ盛りの妹である。あー昔はもっと可愛かったのになー。トコトコ俺の後ろを付いてきながらニコニコ笑って俺に菓子を奢らせていたあの頃の妹はどこに行っちゃったんだい?あれあんま今と変化ねーな。
妹は尚も疑いの目で見てくる。気分は探偵に問い詰められている時の容疑者のそれである。何だよ!そんな疑うなら証拠見せてみろ証拠を!セリフがどう考えても犯人だよ。それでも俺はやってない。
「本当に理由なんてないの?」
「……当たり前だろ。ただの気まぐれだって」
「ふーん……」
「エリーゼはどうなん?魔術大会には出ないのか?」
「……私は去年出たから。今年は出ないつもり、だけど」
「そうか」
結果が出せなければ特待生ではなくなり退学になるかもしれない。
俺の家は平民の中の平民程度の収入しかない。そんな平凡な家庭で俺と妹二人を魔術学校に通わせることなど不可能だ。妹は妹で、特に勉強や魔法に秀でている訳ではないが、アルバイトをして家計を助けている。
だが、俺がもし特待生制度から外されることになれば、二人のうちどちらかを選ばなくてはならない。
勿論、そんな事態になれば俺は兄として身を引くつもりだ。特別なことではない。当たり前のことだ。
こんなつまらんことを俺は妹に伝えるつもりはない。
まあそもそも魔法を勉強したのだってモテたかったからだ。特待生制度なんか初めは知らなかったし。結局モテなかったし……。結局顔か?顔なのか?ちくしょうふざけやがって。世のイケメンにハンバーグが二度と食べられない呪いをかけてやる。この世で最も美味しい料理(個人の意見)を食べられなくなるなんてお可哀想ですわねおほほほ。
「あ」
「? どうした?」
「もしかしてここ最近帰りが遅かったのも関係してんの?」
「え?いや別にそっちはそこまで……」
「あとあれだ。ミッシェル先生…だっけ?そんな名前の美人と一緒に帰ってたじゃん。万年ぼっちの兄ちゃんが」
「最後の一言要る?」
ミッシェル先生か。授業でスーツ姿なのは知ってたけど訓練中までずっと黒スーツ姿とかマジスかって思ったね。超動きづらそうなのに俺は全然動きに付いていけなかったよ。凄いねあの人。
氷のような無表情で、超スパルタ訓練をしてくるまさに名に違わぬ鬼教官。
前まではそんな風に思っていた。いや、今でもその評価は別に変わってないんですけどね。あの二週間の地獄ツアーを俺は生涯忘れないと思うね。何度死ぬかと思ったか。もうあれだよ垣間見るどころか川辺でバーベキューできるくらいには三途の河に慣れた気がする。嫌な慣れである。
この二週間でわかったことは、俺はあの先生の表面上しか見ていなかったということだろう。
氷のような無表情?いや、すごく小さな変化だけど表情豊かですあの先生。
剣術指導の時は眉がキリッとなるし、俺が何か出来るようになると口角がちょっと吊り上がる。時々穏やかな口調と目で為になる話してくれるし、膝を折るとその奥にはパン……おおおぉまた思い出してしまった煩悩退散煩悩退散。
くっ、おのれミッシェル先生め。あんな無防備にやられると思春期突入中の俺としてはちょっと色々と悶々としてしまう訳ですよ。スカートを手で押さえながら目を逸らすミッシェル先生を少し可愛いとか思っちゃったよ俺ってば。あのあとめちゃくちゃギクシャクした。
とにかく何が言いたいかっていうと、ミッシェル先生は『鬼教官』なんかじゃなく生徒のことをよく考えてくれている良い先生だってことだ。きっとやり方が不器用なだけ、なのだと思う。
現に二週間経って俺の魔法やら剣術やら体術やらなどは飛躍的に成長した。以前の自分とは比べ物ならないくらいに。それは偏に地獄の特訓の成果だろう。
だから。
「あながち間違いでもないかもな……」
俺の退学を許せないと言ってくれた。
全力で俺を鍛えてくれた。
そんな先生のために、俺も頑張ってみようと思える。自分の出来る範囲で。
「大会俺が出るのは二日目からだからさ。暇だったら応援にでも来てくれ」
「……暇だったらね」
「エリーゼが応援してくれたら百人力、いや千人力だからさ、な?」
「行けたら行く」
「…………来てくれたら兄ちゃん何か奢るよ?」
「どんだけ私に来て欲しいんだよ。しつこい」
妹の鞭のような言葉に俺はポロリと涙を流す。ぐすん。俺はツンデレだって信じてるからね?兄ちゃん放って友達と遊びに行ったりなんかしないよね?去年と同じことになんてならないよね?
妹は最後まで約束はしてくれなかった……悲しみ。
翌日。
午前の授業が終了する。次の日の魔術大会に備えるため今日は半日授業なのだ。俺は荷物を持ち帰宅しようとすると、隣の席の金髪イケメン野郎が話しかけてきた。ライアンだ。
「聞いたよアベル。今年は魔術大会に出場するんだって?」
「あーまあ。成り行きで」
「そうか。なら俺と当たることもあるかもしれないな」
「……そうだな」
そうなったら覚悟しておけよライアン。お前に特に恨みがあるって訳じゃないが、お前がイケメンだったのが悪いんだ。恨むなら自分の顔面偏差値を恨め。
「え〜当たったとしても絶対ライアンが勝つに決まってんじゃーん」
「その通りですわね。ライアン様は素晴らしいお方ですから」
「はは、もちろん負けるつもりはないけど、勝負はやってみなきゃ分からないさ」
いつの間にかライアンの周りにはイケメンに群がる女子たちがいた。
本人の前でよくそこまで言えますね。俺の存在が認識されてないのでは……?あ、女子どもの瞳にハートマークが浮かんでる。完全にあれはイケメンしか眼中にない顔ですわ。俺のこと石ころくらいにしか思ってない目ですわ。
なるほど。じゃあ今俺が何しても気付かれないってことかな。スカートでも捲ったろか。ぴろーんと。やーいバーカバーカ。どうせお前らなんかダセエパンツ履いてんだろ悔しかったら俺にパンツ見せてみろバーカバ…あ、超睨まれた。怖……くはないな。ミッシェル先生の眼光に比べれば子犬程度だね。もっと修行してから出直してきなさい。
ふん。言いたい奴には言わせておけばいいさ。
この魔術大会で、目に物見せてやるぜ。
見てろ女子ども。そして出来ればそのまま俺のこと惚れちゃってください。俺のことをチヤホヤしてください。
え、その可能性はゼロだって?そんなご無体な。
王国大輪祭が、始まる。
雨がしとしと降ってる中で、俺はしこしこ小説書いてる。風情だね。趣だね。雅だね。
皆様風邪を引かないよう、お気を付けください。人肌恋しい時は俺に言ってください。
すぐさま駆けつけて、物置にある湯たんぽあげます。