私の教え子は、少し変わっている。
ブックマーク数が5000を超えました。単純に考えて俺の小説を五千人が見ているということか……?マジで?
期待に応えていきたいと思います。頑張ります。ありがとうございます
ミッシェル・K・ラングフォード。
祖母から頂いた私の名前だ。
幼い頃は騎士に憧れ、成長してからは教職に就くことが夢となった、魔法が大好きな普通の女の子だと、自分では思っていた。それが最初の失敗だった。
周囲の人間からは「氷のようだ」と、いつも言われていた。喜怒哀楽の乏しい人間だと、自分でも思う。涙を流したことすら記憶にない。
魔術学校の教師となり魔法実技の訓練を行った。それが二つ目の失敗だ。
私が最善だと考える選択をする度、生徒は一人、また一人と去っていった。『鬼教官』だと生徒たちの間で呼ばれていることは知っている。それも致し方ないと思う。
自分が普通ではないのだとようやく気付いた頃には、私の周りにはもう誰もいなかった。
ある時、特待生として学校に通う勤勉家な男子生徒が平民出身であるからという理由で、特待生制度から外そうと動く何人かの教師が居ることに気付いた。私はその教師たちに怒りと失望を覚えた。そんな事が許されてはならない。私はそう思い、一度は挫折した魔法実技の訓練を行うことを誓う。
だが、結果は変わらなかった。一日目にして生徒のほぼ全てが去り、二日目ではその男子生徒すらも私の訓練に辟易していることが見て取れた。その夜、彼を自宅近くまで送り届けた後に訓練の参加の是非を彼に一任した。
きっと彼は来ないだろう。
それでも途中で見放すことなど出来ない。私にもまだ勉強のサポートをすることくらいは出来るだろう。
私はこうして、また失敗を繰り返すーーはずだった。
次の日、彼は第二屋外訓練場に居た。
いつものように目線を斜め下に下げながら、たどたどしい口調で挨拶をしてくる。
アベル・ベルナルド。
私の目から見ても、少々変わっていると感じる平民出身の男子生徒。
それでも、彼もまた紛れも無く魔法使いの卵の一人なのだ。
「ベルナルド!目を閉じるな!相手の剣筋をよく見ろ!」
「ヒィ!」
悲鳴を上げながら及び腰で剣を振るうベルナルドに、私は再び斬撃を加える。
二人が持つのは真剣。しかし、ただの真剣ではない。
剣には魔法が掛かっており、刃が人体に届く直前には必ず停止する仕掛けが施してある。しかしそれはベルナルドには伝えていない。
実戦と同じような緊張感。
命の危機が眼前に迫る恐怖感。
それらが人を強くする何よりの材料だ。それらを超えてこそ、人は本当に強くなれる。
剣術指導が終わり、休憩時間をとる。
木の陰でへたり込むベルナルドに、私は一つ質問をした。
「ベルナルド。良き魔法使いに必要不可欠な要素とは何だと思う?」
「……はぁ、はぁ……た、体力とか、ですかね?」
体力……ふむ、悪くない答えだ。
体力の無い者は持久戦に弱いのは勿論のこと、不測の事態に直面した時動くことができるかどうかということに不安が残る。
けれど、魔法を専門に研究する魔法使いもこの国には多数存在し、彼らにとっては体力という要素は重要ではあれ、必要不可欠なものではないだろう。六十五点といったところか。
「『知恵』と『勇気』だ」
「…………?」
ベルナルドは疑問詞の浮かぶ顔でこちらを見る。説明がなければこの表情も致し方ない。
「『知恵』とは無論、魔法についての知識のこと。火を起こす魔法、風を操る魔法、傷を癒す魔法、空を飛ぶ魔法。その数は計り知れない。王国内に在る魔道書は確かに山のような数だが、それすらも魔法という神の御技の氷山の一角に過ぎない。魔法の知識とは実に膨大だ。だが、魔法使いになりたいのならその巨大な情報の海に飛び込まなくてはならない」
ベルナルドは私の話を熱心に聞いてくれている。彼は平時には人と目を合わせるのが苦手なようだが、こういった魔法の説明をしている時は真っ直ぐになる。勤勉家な彼らしいと、私は思う。
「そして『勇気』とは、魔法を使う魔法使いの心構えだ。奇跡を生み出せる魔法だが、その反面酷く繊細で脆い。描いた魔法陣が少し崩れただけで、適切な魔力の抽出が途絶えるだけで、魔法はその真価を発揮しなくなる。恐怖や焦燥といった感情こそ、魔法使いの真の敵なのだ」
ベルナルドはまた視線を斜め下に向けてしまう。きっと彼は自分には何が足りないのか、薄々理解しているのだと思う。
それを乗り越えられるかどうかは本人次第だ。私には背を押すことくらいしかできない。
私は膝を折り、ベルナルドと目線の高さを揃えた。
「貴様には未熟だが『知恵』がある。だから『勇気』を持ちなさい、ベルナルド。良き魔法使いに成る素養を貴様は十分に備えているのだから」
「……ちょ、あの先…スカ……が、あの…!」
なぜか視界の中でベルナルドはあたふたと挙動不審に慌てている。目線が下に行ったり上に行ったりと忙しない。
何だろう。彼を見ていると時々、昔飼っていた犬を思い出してしまう。生徒に対して失礼だ、と私は己を叱責する。
「ベルナルド、返事は?」
「……あ、えと、はい!」
「うん。良い返事だ」
さて、訓練を再開しよう。
王国大輪祭まで三日と迫った訓練最後の日。
私とベルナルドは崖の上に居た。
「じゃ俺、行ってきます」
「ああ」
ベルナルドは崖から飛び降り、飛行魔法の魔法陣を展開する。最後の日まで上手く発動することは出来なかった。通常時でさえ扱いが難しい魔法だ。高所から飛び降りている最中に魔法陣を描き維持するということがどれほど大変か、私は身を以て知っている。
空中に淡い光が走り、飛行魔法が発動する。
ベルナルドは落下の速度を落とし、完全に空中で静止した。
最終日にして漸く成功だ。私は普段使わない頬の表情筋が吊り上がるのを自覚した。
やはり私にとって生徒の成長が何よりも嬉しいことであるのは間違いないらしい。
「ベルナルド!上がってこれるか?」
「………ちょ、ちょいっと待ってください!まだ操作が……!」
「そうか分かった。無理せず………っ!?ベルナルド!!」
「え?」
崖の中腹、丁度ベルナルドの真上から岩が剥がれ落ちるのが見えた。運悪く落石が発生したのだ。
まずいこのままではベルナルドに直撃してしまう!
私は杖をすぐさま取り出し、魔法を繰り出そうとする。
どうする!?ベルナルドに予め付けておいた飛行魔法を使うべきか?それとも防御魔法で安全を確保するべきか?
逡巡する私の額に冷や汗が浮かぶ。一瞬のような時間、しかし体感では永遠のように感じた。
私はその一瞬で決断を下し魔法を発動しようと杖をーー!
「『風の盾』!」
ベルナルドが魔法名を叫んだ。
風の障壁に阻まれた岩が砕け、奈落へと落ちていく。
しかし、ベルナルドの身体は空中に浮いたままだ。
ベルナルドは飛行魔法を維持しながら風魔法も繰り出したのだ。
魔法の多重同時展開。
高難易度の魔法技術だ。それをベルナルドは咄嗟に、しかも空中で行った。
信じられない。凄い子だ。素直にそう思った。
しかし感心している場合ではなかった。どうやら飛行魔法の維持も既に限界だったようで、ベルナルドは必死な顔で私に助けを求めていた。
私は飛行魔法を使いベルナルドを崖上へと戻してやる。
ベルナルドは手を地面につき肩で息をしている。
「あ、あの、ミッシェル先生。まさか今のも訓練の一環とかですかね……?」
「いいやあれは偶発的事故だ。大丈夫か?何処か怪我はしてないか?」
「あ、そうですか、スミマセン」
私は膝を折りベルナルドの様子を見る。一応、目立った傷などは無いようだが……。
ベルナルドが私をちらりと見ると、目を見開き勢い良く顔を背けた。
う……。確かに偶然だったとはいえ安全管理を徹底していなかったのだ。怒っていて当然か。
「ベルナルド、すまなかった……貴様が無事で本当に良かった」
「え、いやなんで先生が謝るんです?どっちかと言うと謝るのは俺の方っていうか……」
「……?何故貴様が謝るんだ?」
ベルナルドがよく分からないことを言っている。私の注意不足が招いた危険だったのだ。貴様は私を責めて当然だと思うのだが……。
「それにしても、あんな場面でよく同時展開など出来たな。素晴らしい判断だった」
「……先生が言ってたじゃないすか。『勇気』を持て、みたいな、そんなことを。だから咄嗟に思いついてやれたんだと思います」
「……そうか」
私の言葉を聞き、行動に移すことができる。
ベルナルド。貴様が自分自身をどう評価しているかは分からないが。
私は、真面目で勤勉で素直な貴様は、優秀な魔法使いに成れると思っている。
知恵と勇気と、そして優しさを兼ね備えた良き魔法使いに。
「勇気……勇気……勇気か…」
「ん?どうした?」
一人でぼそぼそと呟くベルナルドに私は不審がる。
そうして突然ベルナルドは今までとは違う、凛々しい表情を浮かべて私を見つめてきた。
な、なんだ?変だぞベルナルド。
「先生。勇気を出して俺は言いたいことがあります」
「あ、ああ。なんだ?」
「先生がしゃがむと、その……スカートの隙間から……あの、パの付くあれが見えてしまうんです……」
……………………。
「……あの、その。……すまない」
「いや俺の方こそスミマセン」
私はスカートを手で押さえ謝り、ベルナルドは目を逸らしながら地面に手をついて謝る。
……何とも締まらない最終日だ。
萌える(熱血)先生は好きですか?