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魔法使いです。勇者のパーティを抜けたいです。【連載版】  作者: マルゲリータ
第一章 魔術学校編
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魔法使いです。先生とデートです。多分。

 

 辺りはすっかり暗くなり、街灯の灯りが橙色に照らす夜道を俺とミッシェル先生は二人並んで歩いている。街は来たる王国大輪祭に向けて着々と準備を進めているようで、垂れ幕やら装飾やらがそこかしこに散在している。

 もう肩は貸してもらっていない。ちょっと残念。いや嘘。ものすごく名残惜しい。あの感触を俺は人生でもう一度味わえるだろうか。なんか望み薄そうな気配がするのであの素晴らしいプレシャスメモリーは墓場まで持って行こうと思います。幸せを抱いて溺死します。ドボーン。


「ベルナルド。貴様の家の方角はどっちだ?」

「あ、もうこの道真っ直ぐ行けば俺ん家ですね」


 気付けば見慣れた一本道だ。ここは商店街みたいになっててそこかしこから美味しい匂いが漂い、毎回誘惑に負けそうになってしまう。まあ毎回誘惑に負けて何か買っちゃうんだけどね。無駄遣いするなって妹によく言われております。でもやめられない止まらない。

 おーバルターさんの肉屋の肉まんだ。あれよく売り切れてるのに今日は残ってるっぽいな。食べたいねー。でも無駄遣いしまくったからお金無いねー。仕方ない諦めるか。


「……ベルナルド。あれが食べたいのか?」

「……へ?いやー見てただけで…」

「ふむ。少し待っていなさい」


 ミッシェル生徒は顎に手を当てるとバルターの肉屋にトコトコと歩いていく。待っていなさいと言われたので俺は待ちます。さながら星空の下を主人を待って空を見上げる犬の如く。あら詩的で素敵な表現ね。ワオーン。

 あ、店主のバルターさんめっちゃテンパってんじゃん。まあ仕方ないね。ミッシェル先生美人だからね。

 でもそろそろそのデレデレ顔を止めた方がいいと思いますね。後ろの奥さんが徐々に般若みたいな顔になってるから。気付いてーバルターおじさーん夫婦の危機だよー。ミッシェル先生が買い物終わったっぽい。あ、今バルターおじさんが自分の状況に気付きましたね。冷や汗ダラダラ流してる。ファイト!おじさん!心の隅っこで菓子食いながら応援してるから。


「待たせたな。これでいいか?」

「……いやあの、悪いっすよ。お金を……今手持ちにないですけど」

「気にするな。先程も言っただろう。私の奢りだ」


 ミッシェル先生はそう言って両手に持つ肉まんの内一つを俺に差し出してくる。相も変わらず氷のような無表情で。なんかこれ以上遠慮すると石にされそうな気がするので貰います。おーほっかほか。いや熱い熱い!めっちゃ熱いわ!肉まんをお手玉する俺。ミッシェル先生、余裕で持ってる。凄い。何が凄いかは分からんが。


 俺は一口肉まんを齧る。チョー熱い。でも美味い。星、三つです!なんかねあの、中の肉がジューシーで口に入れた瞬間蕩ける肉汁がまたジューシーで……語彙力ゼロかよ俺は。食レポの仕事は無理そうだ。食レポをする有名人の入ったお店の厨房で一人皿洗いでもしてよう。なんかすごいしっくりくるのが悲しいね。


「美味しいか?」

「めっちゃ美味いです」

「そうか」


 俺を横目で見ながらミッシェル先生が聞いてくる。美味いです。ええ。めっちゃ。貴女の手から渡されたってのもたぶん加点対象になってる気がするね。おっさんから渡される肉まんvs美人から渡される肉まん。満場一致で美人の勝利!フーフー!大穴狙いの俺、全財産を失い、夜の街へと颯爽と消えていく。完。


 あれ食べないんですかミッシェル先生。なんかじっとしてますけど。じっと俺のこと見てますけど。え、やだやめて!石になっちゃう!後生だ!この肉まんだけ食べさせてくれ!ダメです。ほげー。ピキピキー。

 とまあ、変なこと考えてないとちょっと、ね。あのやめて下さいミッシェル先生。美人に見つめられるだけで俺の心臓のビートはクライマックスへ突入しちゃうんです。チェリーボーイハートなんです。頬が赤くなっちゃうの。ぽっ。マジ恥ずかしいっす。


「ベルナルド、どうだった私の訓練は」

「……んぐ」


 え、いや普通に地獄でしたけど。むしろそれ以外に何と形容すればいいんでしょうかね。あの世の内の天国じゃない方?回りくどいわ。


「貴様も辞めたくなったか?」

「えっいや、えーと…」


 おおう核心突いてくるぅー。何だこの質問は!?どう答えるのが正解だ!俺の魂はYESを叫んでますけどね!満場一致でYESですよ、ええ。もう崖から飛び降りたくないよ。もっとあらあらうふふな優雅な時間を過ごしたいよ。だがここでYESと答えようものなら絶対零度の視線を喰らう気がします。軟弱者には死を与えられる気がします。


 俺が目を泳がせ、どう答えようか迷っていると。ミッシェル先生はほんの少し目を細め自嘲気味にこう言う。


「ふ、隠さなくていい。私に非があるのは分かっている」


 予想だにしなかった言葉に俺は思わずミッシェル先生を凝視してしまう。そんな俺の視線から逃げるようにミッシェル先生は空の遠くに視線を預けていた。


「昔から、人に教えるのが下手だった。こと魔法実技においては、特にな。加減というものが私にはよく分からんのだ」


 いつもと変わらぬ氷のような無表情、けれどその綺麗な蒼い瞳にはどこか寂しさが映っているような気がした。

『加減』。確かにミッシェル先生の特訓は地獄と呼んで差し支えない。

 けれど、先生は。

 思い返せば飛行魔法の訓練も、剣術の指南も、魔法の避け方も。ただ『全力』だっただけなのではないだろうか。全力で新しい魔法使いを育てようとしていた、それだけだったのではないかと、俺は勝手に想像してしまう。


「けど俺、先生の授業は結構好きですけどね」

「……!」


 俺の口から勝手に飛び出した言葉に、ミッシェル先生はほんの少し目を見開く。今のってもしかして驚きのリアクションなんですか?変化小さすぎない?表情筋凍ってない?大丈夫?


「そうか、ありがとう」


 ミッシェル先生の口角がほんの少し吊り上がり仄かな微笑みの顔になった。


 俺、堪らず目を背けます。いや無理だって。反則ですよ反則。こんなん見つめ合えるリア充とかって一体どんな神経してんの?お前その肝っ玉超合金で出来てんじゃない?俺にも分けてよその超合金。そうすりゃ目を背けるまでの時間が三秒くらい延長できる気がする。しょぼい変化だな。元の素材が俺の時点でお察しください。


 俺が逃避するように肉まんに齧り付き熱さで舌を火傷した時、聞き慣れた人の声が聞こえた。聞き慣れた人ってか妹の声だった。


「あれ、兄ちゃんこんなとこで何してんの?……うわっ凄えー美人!」

「あ、エリーゼ」

「貴様の妹か?」


 エリーゼ・ベルナルド。俺の自慢の妹。世界で最も美しい妹。猫目が特徴的な妹。

 血繋がってんの?ってよく聞かれるけどちゃんと繋がってるよ?けど俺なんか目じゃないくらい超綺麗。

 きっと遺伝子が美形の美少女にしたろ!って思って兄の分の美形因子も持ってっちゃったんだね。ナイス遺伝子。いや、本当はちょっとくらいこっちにも残して欲しかったんですけどね。んーまあでも妹が可愛いから、ノープロブレム。

 恐らく図書館の司書のアルバイトから帰って来たところなのだろう。肩からバッグを引っ提げ俺とミッシェル先生を交互に見ながら困惑の表情を浮かべている。うん、気持ちは分かるよ。


 ミッシェル先生は困惑中のエリーゼに一歩近付き軽く会釈をして自己紹介を始めた。


「初めまして。私はミッシェル・K・ラングフォード。貴様の兄の魔法実技の講師をしている者だ」

「あ……ご丁寧にどうも。エ、エリーゼ・ベルナルドです。バk……兄がお世話になっています」


 エリーゼちゃん?今バカ兄貴って言おうとしなかった?ねえ、気の所為だよね?俺の空耳だよね?


「妹も居るようだし此処ら辺りでいいだろう。エリーゼこれは貴様が食べるといい」

「あ、え?き、貴様?ありがとう、ございます」


 ミッシェル先生は自分の分の肉まんをエリーゼに手渡す。あれそれ先生の分じゃなかったんですか?そんな簡単に食べ物渡せるもんなの?俺だったら自分の分は例え何を犠牲にしてでも他人には渡しません。この肉まんは俺のモンだ!誰も触るんじゃねえぜ!

 俺の人としての器、フリーマーケットで格安セールされてそう。小せえ上に薄汚れてるとかもうどうしようもないね。


 俺が自分の小ささと世界の広さに打ちひしがれていると、ミッシェル先生は俺を見ながら呟く。


「ベルナルド。貴様の思うようにしろ。今日にも言ったように訓練は自由参加だ。私は生徒(きさま)の意思を尊重する」


 俺と妹の間を抜け、来た道を戻りながら、ミッシェル先生は肩越しに俺達に別れの挨拶を済ませた。


「それでは。夜更かしせずしっかり休息を取るように」


 遠くに小さくなるミッシェル先生の背中を眺める、俺と妹。なんだろもうあの人のペースに呑み込まれたままだったね俺達。あれが大人の余裕というやつか……。


「私、貴様って呼ばれたんだけど……」

「全員にあんな感じなんだ。気にするな」


 妹の呟きに俺が返答をする。実際ミッシェル先生あんな感じだからね。平民だろうと貴族だろうと生徒なら全員二人称は貴様だね。平等だね。みな平等に子豚ちゃんだね。ブヒブヒ。


「ふーん…まさかあんな美人とデート?」

「ああ勿論。そうだよ」

「……なんだ違うのか。つまんない」

「ええー」


 肯定が否定になってる。俺ってばいつ文法の勉強間違えたのん?

 まあ俺の冗談に冷たい返しをしてくるのはいつもの事なので、俺は気にせず受け流す。嘘。心の中は悲しみに暮れている。妹よ。何故兄をそのように蔑ろにするのだ?どうしてそんなに冷たいのん?え、日頃の行いが原因?あ、ごめんなさいそうですね悪いのは俺ですねはい。


 それにしても、と思う。


 きっと、明日の放課後俺が第二屋外訓練場に向かわなかったとしても、ミッシェル先生は俺を咎めはしないだろう。根性無しの俺を叱責することも怒りを露わにすることもない。

 あの先生はきっとそういう先生だ。

 生徒に責任を押し付けず、あの人は自分が悪かったのだと、非は自分にあると言うだけなのだろう。


 実を言うと俺だって逃げ出したい。怖いのは嫌だ。ツライのも嫌だ。キツイのも嫌だ。

 けれど。

 ミッシェル先生の瞳に一瞬だけ映ったあの寂しそうな色がどうにも脳裏から離れない。


 ちくしょう。ズルいすよ先生。


「……はぁ。しゃーないなぁ」

「……どうしたの?」

「エリーゼ。明日から俺、帰るの遅くなるから」


 乗りかかった船、いや乗せられた船か。だとしても一度乗船したならば、最後までやり通さなきゃな。そうすりゃ俺の格安セールの器も、少しは値札が付くだろう。


「……夕飯は?」

「いる」


 二週間の地獄の特訓に耐えるためにも、早めに眠りにつくとしよう。

 先生の仰る通りに。






 けどやっぱ怖いから妹よ今日は兄ちゃんと一緒に寝な……あ嘘ですごめんなさいその拳を下ろしてくださいエリーゼ様。

ラブロマンスってどう描けばいいのか、俺にも分からない。

愛って……なんだ……?

次回はミッシェル先生視点で書こうと思います。

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