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魔法使いです。勇者のパーティを抜けたいです。【連載版】  作者: マルゲリータ
第二章 王宮魔法騎士団編
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魔法使いです。先輩のお通りです。

遅れました。更新です。

 

「それでは、みんなで仲良く遊んでください。それと、やんちゃで元気なのは良い事ですが間違っても王都郊外にある『暗い森』には行っちゃ駄目ですからね? 分かりましたか?」

「はーい」

「……ふん」


 ルーナがクソガ……子供達を諭すと彼らは素直に返事をした。若干一名ガキ大将ポジションのぽっちゃりが憮然とした顔をしていたのが気にはなったが。

 あ、目が合った。何ともムカつく表情で舌を出してきやがった。テメェ……一発ファイアボール食らわして焼き豚にしてやろうか、ああん?


「アベル君」

「……子どもは健やかに育って欲しいものですね、はい」


 横からミーニャさんの冷たい視線と声が突き刺さる。考えてる事も分かっちゃうとか何なの? 貴女エスパーか何かなの? それとも俺が分かりやすい顔の形してるだけかしら。後者の方が有力ですねこれは。


 ミッシェル先生の氷の瞳は底冷えするような、背筋が凍るような冷たさだったけど、ミーニャさんのはどちらかと言うとトゲトゲしてる。

 どちらにしろ雑草のような俺にとっては効果抜群である事に変わりは無い訳だが。


 ルーナが子供達を見送ると、くるりとこちらに振り返り戻って来る。

 俺の目の前で立ち止まりほんの少し身長差がある為、俺を見上げるような形でぴしっと人差し指を突き出した。


「アベルくんも、どんなに腹がたってもお子さん相手に手荒な事は絶対ダメですよっ。めっ!」

「う……はい、スミマセン……」


 先程子供達にやったのと同じように諭すように言われた……。これはつまりルーナにとっては俺とあいつらはさして変わらないという事だろうか。やばい、めっちゃ傷つくわ。ほげー。

 何だろう、この優しい言い方なのにグサグサ心に突き刺さる感じは。こちらを気遣うような雰囲気も相まって非常に居たたまれない。

 けどその「めっ!」ってやつはとても可愛らしかったのでもう一度拝んでみたいんですが……駄目ですか、駄目ですね、はい。


 気付けば陽は傾き始め、何処からともなく野良鴉の鳴き声が聞こえてくる。

 騎士団の宿舎に戻ろうということで俺達は踵を返す。


 今日の収穫と言えば、そうだですね……。


 不肖アベル・ベルナルド、絶望的に騎士に向いていないのではないかと思い始めました。





 王宮魔法騎士団が所有する宿舎に戻り、俺は共同食堂のテーブルに着いていた。


 騎士団が運営する食堂ということもあって、麦のパンに焼き魚など、全体的に質素なメニューではあるが味は非常に美味である。

 星二つ差し上げましょうシェフ。


 確かに美味しいが……何かが足りないのだ。

 焼き魚を静かに頬張りながらその正体を探ってみる。

 そうして気付いた。愛だ。愛が足りない。

 俺が以前実家で食していた料理の数々には妹の愛がふんだんに込められていたのだ。甘くも苦い親愛の念が食材の一つ一つに入魂されていたのだ。

 お兄ちゃんはそう信じている。

 だからなのか、俺が今こんなにも満ち足りない気持ちに苛まれているのは。

 嗚呼、離れてからようやく解る"普段通り"の大切さ。思い返せばいつもの日常がキラキラした黄金のような日々が脳裏に浮かぶ。


 ……何が言いたいかというとホームシックに罹ってしまったので我が家に帰りたいのです。


 騎士団に入ってからね、いきなり宿舎に入れられて知らない人達の中に放り込まれてね、「それじゃ仲良く共同生活してね♡」とかマジ地獄の拷問に近い処遇だと思うので裁判所に提訴しに行きたいです。

 ヤバいヤバい、「妹にお願いされたから仕方が無く手紙を出してやるか」みたいな、「やれやれ兄貴はつらいぜ」みたいなスタンスで街を出て王都に来たというのに、騎士団に入って一週間も経たない内に我慢出来なくなっている。

 もうホント超心細い。俺のホームは文字通り自分の家だけなんだよ。それ以外は全てがアウェイの爆心地なんだよ。

 あぁ早く妹に手紙書いて今すぐに返信を貰いたい。あのアットホームな毒舌を味わって安心したい。


「--ル君。アベル君! 聞いていますか!?」

「……あ、ハイすいません聞いてませんでした!」

「正直で結構ですがちゃんと聞いていて下さい!」


 心中で涙をちょちょぎれさせつつ妹に出す手紙の内容を考えていると、俺の名前を呼ぶトゲトゲしい声が聞こえてきた。思わず俺は半ば反射的に返答してしまう。

 テーブルを挟んだ斜向かいから注がれるキッとした視線の主は言わずもがなミーニャさんである。どうやら俺が会話を聞き流していた事を咎めているようだ。


 そうだった。確か明日の巡回ルートの打ち合わせだか何だかで一緒に食事を取ろうという事になったのだ。

 現に俺の隣ではロバートが「うめー」と言いながらマイペースに食べている。

 そして俺の真正面にはルーナが座り、横のミーニャを「まあまあ」と窘めていた。


 ミーニャは尚もじっと俺の方を見据えて来る……え、何? まだ何かあるんでしょうか。

 ミーニャさんは真剣な表情のまま口を開く。


「…………お魚が好きなんですか?」

「え、いや別に」

「別に好きでは無い、という事は嫌いという事ですね」

「極端な曲解だな!? いや普通だよ、普通。好きでも嫌いでも無くって感じだ」

「そ、そうでしたか。失礼しました」


 ミーニャさんはパッと懐から小さな紙束を取り出してペンで何かを書き連ねている。一体何をしているんだ。

 そしてこの問答の意味は何だ? よく分からない……。


「はいはーい! オレは魚好きだぜ! 牛とか豚とか肉も好物! けどどっちかと言うと肉より野菜派!」

「貴方のは聞いていませんが……肉より野菜派とは意外でした」


 ロバートが手を挙げて会話に割り込んで来る。それをジト目で受け流しながらも、再びミーニャさんは紙に書き込んでからパタンと紙を閉じて懐にしまう。


「さて、話の続きですが、明日は今日回りきれなかった王都の西側を中心に--」

「おーおー、食事時でも仕事やってますアピールかい? 大変熱心な事だなぁ?」


 突如、四人が顔を合わせて話をしている所に横槍が入る。

 そちらに目を遣れば海藻のようにふにゃふにゃと垂れ下がる黒のロングパーマの男が下卑た笑みを此方に向けてきていた。


「だ、誰? 知り合い?」

「さあ? 知らね」


 俺は横のロバートに聞いてみるが、髪切った方が良くない? と言いたくなるこの男の事は知らないようだ。

 ルーナとミーニャさんも困惑した様子で眉を寄せている。


 成る程、新手のナンパか。無視しようそうしよう。


「……で、王都の西側中心に四人で行動するんだっけ?」

「……そうですね。別行動にするとまた何をやらかすか分からないので、明日は行動を共にしようかと」

「あ、信頼が物凄い速度で失われている」

「〜〜〜〜っ! 無視してんじゃねえぞアベル・ベルナルド!」


 俺達が視線を戻し何事も無かったかのように話を続けると、ロングパーマの男が額を赤く怒張させて叫んだ。

 俺の名前を。……え。

 女子陣二人目当てのナンパかと思いきや、標的はまさかの俺。

 え、何。アチラの人なの? いやあの気持ちは全く嬉しくないし吐き気を催すほど気持ちが悪いんですけど俺はノーマルなのでお帰り下さい。


「な、何で俺の名前を……」

「そりゃ知ってるさ。今年の魔術大会優勝者の名前を知らない奴の方が珍しい。俺の名はグロック、騎士団で言えばお前らの先輩に当たるな」


 青ざめた表情で俺が恐る恐る聞くと、ロングパーマは聞いてもないのに自分で名前を名乗ってきた。


「巡回で市民の皆さんからせこせこポイント稼ぎってか、御苦労な事だ」


 …………成る程、これは新手のナンパでは無く、やっかみ或いは後輩にやたらと先輩面をする面倒くさい輩だ。

 なんかいつもこんな事に巻き込まれている気がするよ。学校の頃の高慢ちきなお嬢様を思い出すね。

 シモンズの方は睥睨するような高慢さであるのに対して、グロックの方は何と言うかヌメヌメネチネチと意地汚い言い方だ。

 俺はどちらかと言うとこっちのグロックの方が嫌いだ。……かと言ってシモンズの株が上がる訳では無いけども。

 俺は一つ小さな溜息を吐きつつ、億劫そうにグロックに応対する。


「何か用ですか……?」

「いやなに、先輩として騎士団のマナーを教えてやろうと思ってな。まず初めに、新人は先輩が飯を食べ終わるまで食事をしてはいけない。そして二つ目に、平民風情のお前らがこんな食堂の真ん中で食べるなど論外だ。さっさと部屋の隅っこの窓際に移動してチマチマ目立たないように食べてろよ」

「…………」


 "お前ら"とは、ルーナも含めてという意味だろうか。

 段々と怒りが湧いてくる。それが爆発するよりずっと前に、起爆した奴が居た。

 ミーニャさんだ。猛然と立ち上がりグロックを睨め付ける。


「何ですかその差別的なルールは! 『王国魔法騎士団心得』の何処にもそんな事は明記されていません! 今すぐに撤回して下さい!」

「不文律ってやつだよ。知らないのも無理は無い。何せお前らは入ったばかりの新人だからなぁ?」


 俺は視線だけ動かして周りを確認する。

 どうやら他の騎士達は何が起こっているか把握出来てはいない様子だが、ただ喧しい怒鳴り声に非難の視線を向けているのが見て取れた。

 ここで悪目立ちして被害が大きくなるのは、"騎士団に入って間もない内に騒動を起こした"俺達の方だろう。

 先に言っていたルールに従うのは癪だが、今回は仕方が無い。


「ふざけないで--」

「分かりました。ご忠告痛み入りますグロックさん。ミーニャさんも落ち着いてくれ」

「な、何ですかアベル君!?」

「ルールなのだから仕方が無い。俺達が場を移動すればそれで済む話だ」

「そうだなー。べっつに食う場所が変わった所で飯の味は変わんねーし」

「行こうルーナ」

「は、はいっ!」


 ロバートも周りの視線を感じたのか俺の提案に乗ってくれた。

 ミーニャさんは尚も憮然とした表情ではあるが、渋々といった表情で従ってくれる。

 グロックは拍子抜けした様子で俺に薄ら笑いを向けてきた。


「おいおい、こっちの女がこんだけ言ってんのにお前は何もないのか?」

「……特には何も」

「……ふん。嘆かわしいな。この程度の、況してや平民風情の軟弱者が今年の優勝者とは、魔術学校の威光も堕ちたものだ。以前は数々の才気ある若者を輩出する名門校であったというのに。なあ?」

「………………っ」

「大方、おおっぴらに出来ない事でもやったんだろう。ズル賢さくらいしか取り柄も無さそうだしな」


 薄っぺらい耳障りな挑発に、ざわ、と俺の心の隅で暗い感情が波打った。

 喉から出そうとしていた言葉が詰まり、呑み込むか吐き出すかを選ぶ前に。


「貴方が何を知ってるっていうんですか! アベルくんの良いところは私がいっぱい知っています! アベルくんは絶対にそんな卑怯な事はしません!」


 背後から慣れないような大声が聞こえた。

 思わず振り返れば、微かに震えながら声を絞り出すルーナの姿。

 本音を言えば驚いた。あの日覗き見てしまった部屋で剣を抱き一人泣く彼女や、子どもに優しく嗜める彼女の顔しか知らなかった俺にとってルーナのこんな表情は新鮮だった。


 ミーニャさんやルーナにここまで言わせて、すごすごと逃げ帰るのは…………余りに無礼というものだろう。彼女達に。


 俺はグロックに向き直り、彼に近付く。

 うざったいロングパーマに顔を顰めそうになるが、ぐっと堪えた。

 俺は出来る限り敵意を収めて口を開く。

 この心優しく忠告してくれた先輩に、ささやかな復讐をお返ししてやる為に。


「そういえば後学の為に一つ聞きたいんですが。良いですか? グロックさん」


 俺が質問の許可を得ようとすると、グロックは片眉を上げて怠そうに返事をする。


「……なんだ?」

「魔法陣の種類は主に二つ。人が魔力を消費して描く仮想陣と実際のインクや塗料を用いて描き出す魔方陣とがあります。かつて古代エルフ族から継承され、今日我々人間が使う魔法の主軸は前者の仮想陣です。魔方陣のデメリットは拘束時間の長さと使用に必要な贄の調達、描いた魔方陣が消えれば効力を失うという三点が挙げられます。ここまではいいですよね? グロックさん」

「あ? 何を--」

「そこで質問なのですが、難易度の高い上級魔法を使う際にはどちらの方がより効率的だと考えられますか?」


 敢えて無視を決め込み、質問を投げかける。

 グロックはふん、と鼻を鳴らして答えた。


「仮想陣に決まっている。そもそも杖を長年使う俺達にはそちらの方が慣れ親しんでいるしな。当然の事を聞いてくるんじゃない」

「残念ですが、不正解です」


 俺が苦笑いを浮かべてそう言うと、グロックの頬がひくひくと痙攣するのが見えた。


『この場合は魔方陣が優勢だ。仮想陣は使用者一人のみが完成まで描かなければならないが、魔方陣では複数人での同時進行が可能になる。この条件が揃う状況ならば、より強大で複雑な魔法を発動する時は魔方陣の方が発動までの所要時間が短くなる。魔法は何も一人だけの力では無い。覚えておくといい。きっと役に立つ時が来る』


 俺は脳裏でミッシェル先生の授業を思い出し、その時の説明を掻い摘んで説明する。


「複数人で協力すれば、短時間で魔方陣を描く事が可能になります。よって魔方陣が正解です」

「お前、『複数人』が条件など言っていなかっただろうが!」

「はい。『一人のみ』とも言ってませんが」


 ニコニコと嗤う俺と額に血管を浮き出させるグロック。

 精霊との契約や魔法能力向上の薬を摂取したりすればその限りでは無い。

 本当に魔法を熟知している者が聞けば穴だらけの理論武装であり、賭けでもあった。

 グロックがもし知識を持っていれば俺は赤っ恥をかいていた事だろう。

 だがそんな程度リスクの内に入らない。コイツの鼻を明かせる可能性があるのなら、俺のそんな小さな体裁など幾らでも売ってやるよ。


 そして最後に。



「分からなかったんですか? この程度の問題が?」という顔を作れば完成だ。



「キ、キサマ……!」

「差し出がましいようですが、グロックさんはもう少し勉強なさった方がよろしいのでは?」


 それでは、と俺は形式だけの礼をしてその場を離れた。

 これで奴の悪感情は全て俺に向くだろう。ルーナやミーニャさんの分も含めて。


 それは別に構わない。学生時代高慢ちきな貧乳女で慣れているし、何よりもミッシェル先生に鍛えられたメンタルがあるからな。


 ……実を言うとこれからの事を思うとちょっと憂鬱だし怖いけども。


 けれどまあせめて、彼女達の溜飲を下げる事ぐらいは出来ただろうか。


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― 新着の感想 ―
途中まで読めば、もっと読みたくなるのだが最初の主人公のウザすぎる思考がそこまで読めなくしていたのだと思う。本当に惜しいなぁ。連載版では無い方も読み直してきます。
[一言] 久しぶりに読み直しに来ました。連載再開されてなくてちょっと残念…(´・ω・`) やっぱりこの作品が1番だ
[良い点] 面白い [一言] 続き待ってます
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