魔法使いです。卒業です。前編
今回で一章最後だと言ったな。あれは嘘だ。
申し訳ないです。書いてたらどうにも長くなりそうなので前後編で分けることにしました。ごめんね。なんでもしまむら。
それではどうぞ。
魔術大会が終わってからしばらくして。
ここ魔術学校の生徒たちの雰囲気が変化したのが感じ取れた。
なんというかこう、話の話題が進路であったり、最期にみんなで旅に行こうというものだったりと、どうにも『別れ』を連想させるようなものに変わってきているのだ。
「それもそうか」
俺は静かに呟き、視線を動かして窓の外を見遣る。晴れ渡る快晴の空が映る窓辺にひとひらの枯葉がゆっくりと流れ落ちた。
数日後には卒業式が開かれ、俺たちは晴れてこの学校を去ることになる。
「なんだか寂しげな顔をしてるなアベル。感傷にでも浸ってるのか?」
「……別に何でもいいだろ。なんか用かライアン」
窓の外を見て物憂げでミステリアスな雰囲気を作っていた俺の視界に突如として金髪イケメンの面が混入してきた。ライアンだ。
今日はハーレムは連れていないらしい。俺は半ば条件反射的に声を低く威嚇するように返事をした。
そんな俺を見てライアンは苦笑して肩をすくめる。
「相変わらずつれないな。職員室に行っていたんだ。進路の件で少し話があってね」
「へー……」
進路か。そういえばコイツの進路は何だろうか。別にそこまで興味があるわけじゃないが、ちょっと知りたくもある。
でもわざわざ聞くのもなんか……。
「騎士団に入ろうと思ってるんだ」
「……騎士団?」
そんな俺の視線に気付いたのか、はたまた偶然か、ライアンは自分から俺が欲する答えを口にした。
「どこの騎士団だ?」
「はは、そこまで教える義理はないよ」
「……んだよケチな奴だな」
俺がこれ幸いとばかりに追加の質問をするも、ライアンがそこまで親切に教えてくれるはずもなく、コイツにしては珍しく不敵な笑顔を浮かべさらりと受け流される。
率直な感想を言えば、コイツのそんな表情もやっぱりイケメンだからその面をぶっ飛ばしたい。
俺は顔面に正拳突きをお見舞いしたい欲求を抑えつつ、気になることを聞いてみた。
「何処を目指すのかは知らないけど、そもそもお前の成績で行けるのか?」
「俺の希望の所だと、五分五分といったところかな。入団試験で巻き返すしかない。それについてラングフォード先生からアドバイスを貰っていた」
「なるほどな……おいちょっと待てミッシェル先生と、だと?」
「ああ。あと『龍斬り』のカリオストロも一緒にね」
オイオイオイそれはマズイぞ。カリオストロといえばミッシェル先生を性懲りもなく狙い続けるファンクラブ(非公式)会長だ。何をされるか分かったものじゃない。
ミッシェル先生に写真を強要したり握手を求めたりするかもしれない。
『守らねば』という使命感に駆られる俺だったが、冷静に考えると俺より遥かに強いミッシェル先生を守るとかそれ足手まといになるだけなのでは?
逆に俺がミッシェル先生に守られるまである。やだわ俺ってばヒーローに守られるヒロインみたい。男女逆だよオイ。でも実力的にしっくりきちゃうのが残念過ぎる……。
「そういえばアベル。ラングフォード先生が君を呼んでたよ。推薦の件で話があるって」
「え、そうなの? いやお前それ言うの遅すぎだろ。そういうのは初めに言うもんだぞ、ミッシェル先生が待ち惚けしてたらどうすんだよお前の顔面偏差値毟り取るぞ」
「ああ悪……? 最後のはどういう意味だ?」
「いやこっちの話」
俺は早口でまくし立てて会話を終わらせると、すぐさま職員室へと向かう為に席を立つ。
先生が 来いと言うなら すぐに行く。
クソイケメンに構ってる暇などない。ライアンの奴は未だに疑問符の浮かぶ顔をしていたが俺はそんなこと気にせず職員室へと足を向けた。
「顔面偏差値毟り取るってどういう……?」
うるさいよ。勢いの余り出たネタを引っ張るんじゃないよ。ちょっと恥ずかしいだろうが。
「失礼します。ミッシェル先生はいらっしゃいますか」
職員室の扉を開け俺は中に入る。
室内にはちらほらと生徒が教師と話している姿が見えた。
彼らも俺と同様の理由でここに来ているのだろう、生徒、教師、双方とも真剣な様子で会話をしている。
奥の方で椅子に座るミッシェル先生が俺の入室に気付いたようで、綺麗な碧瑠璃のような瞳が俺を捉えた。
「入っていいぞアベル」
「あ、はい、失礼します」
ミッシェル先生に招かれ俺は急ぎ足で先生の下へと向かう。
「座りなさい。……椅子に、だ」
「わ、分かってますよ?」
「貴様には前科があるからな。釘を刺しておかねば」
そういえば俺ってば初めてミッシェル先生にお呼ばれした時に地べたに正座したことがありましたね。今もちゃんと言われなかったら地べたにいってたかもしれない。危ない危ない。
俺は近くにあったもう一つの椅子を引いて座った。それを確認するとミッシェル先生はおもむろに話し始める。
「さて、以前提出して貰った王宮魔法騎士団への推薦状だが、無事に受理され返答が来た。『アベル・ベルナルド、貴殿の王宮魔法騎士団入団を認める』とのことだ。やったなアベル」
「あ、ありがとうございます……!」
推薦はほぼ確定だと知らされていたとはいえ、こうやって正式に認められるとやはり嬉しいもので。
俺は自分の頬が喜びに赤く染まるのを自覚した。俺はなんだか恥ずかしくなり顔を隠すように、そして何より目の前の先生に感謝を込めて、頭を下げる。
「全部、先生のお陰なんです。先生が俺に教えてくれたから……だから、今の俺があるんです。本当にありがとうございます」
「……顔を上げろ、アベル」
ミッシェル先生の言葉の形は命令、しかし優しさの内包する声が俺の耳を撫でた。
俺が顔を上げると、先生の真っ直ぐな眼差しと俺の屈折した視線が交錯する。
いつもの癖で俺は目を逸らしてしまいそうだったが、今この瞬間だけはそれがいけない事のような気がして、俺は勇気を振り絞って堪え続けた。
ミッシェル先生の唇が優しく言葉を紡ぐ。
「感謝するのは私の方だよ。私の訓練が意味あるものだったと、貴様が示してくれた。失敗ばかりだった私の教えを、貴様が証明してくれた。だから、ありがとうアベル。貴様の努力が報われたことが私にとって何よりの誇りだ」
先生の言葉が、その視線が、真っ直ぐに俺へと注がれる。木漏れ日のようなその温かさに俺はつい目を逸らしてしまった。
あれだね、やっぱ癖ってのはそんなすぐには直らないね。悪癖なら尚更である。
ミッシェル先生は、だが、と瞼を閉じて否定を口にする。
「一つ訂正するなら、全てが私のお陰ではない。他でもない貴様自身が努力したことがこの結果を勝ち取ったのだ。私は貴様の背を押す役割を果たしただけだ。ただそれだけだよ。アベル、魔法使いにとって重要なことは?」
「知恵と、勇気です」
「ああその通り。だがアベルの場合にはもう一つ、『自信』も追加しておこう」
「……そりゃまた、難しいことを注文しますね……」
「今すぐとは言わない。大事なのは目標を明確にすることだ。忘れることなく、ゆっくり少しずつ進んでいけばいい。そうすればいつの日か自然に身につくようになる」
「……そういうもんですかね」
「そういうものだ」
キイ、と先生の椅子が微かな音と共に回転する。ミッシェル先生は窓の外に目線を移し、遠い彼方を覗くように話し始める。
「思えば、不思議なものだな。ほんの少し前まではさして接点も無かったというのに……」
「ま、まあそうですね。先生は『鬼教官』として生徒に怖がら……じゃなくて一歩離れた所に居るような雰囲気がありましたし! 俺も、ちょっと近寄り難いかな〜という感覚が、あったようななかったような……」
「随分と遠回しな表現だな。本音はどうだったんだアベル?」
怖かったです。とかぶっちゃけたらどうなるんだろう。いやホントスミマセン、あの時は全然先生のこと知らんかったんです。
だからそんな真っ直ぐな視線で俺を射抜かないで下さい先生。何だろう、さっきまでは日向のような温かさだったのに、今では灼熱の熱線のようである。マジ溶けそうです。ごめんなさい。
「そうか、怖かったか」
「!? え、いやいや、そんなことないっすよ」
「顔に書いてあるぞ?」
「……」
「……ふふ」
目を逸らす俺を見てミッシェル先生は口元を少し上げるように薄く笑みを浮かべる。
俺の完璧なるポーカーフェイスを見破るとは、流石ミッシェル先生。さすミッシェル。
いや俺のポーカーフェイスなんて多分誰でも見破れそうなものだけども。
「実を言うとな、私も貴様のことを努力家だが変な子だと思っていた。どちらかと言うと悪い意味合いの方が強かった」
「え、初耳なんですけど。ひどくないです?」
「職員室に呼び出されて何の迷いもなく地面に座った生徒を私は初めて見たぞ?」
「…………」
ぐうの音も出ない。客観的に見てそれは確かに、うん。変な子呼ばわりされてもおかしくないですね。
ミッシェル先生は何とも楽しそうな雰囲気になってらっしゃる。いや、表情自体は全く変化してないけど、なんかこう、身に纏う空気感が楽しそうだ。
何でそれが分かるのかは、俺にもよく分からない。
まああれだけ短くとも濃度の高い時間を過ごせば、些細な変化も分かるようになるということだろうか。ちょっとした優越感である。
「……そうだった。初めは一人の生徒のはずだった。他と変わらず……」
「……? な、なんです?」
ミッシェル先生が珍しく小声で何事かを呟いた。
それは断片的にしか聞こえず、俺は思わず問い質してしまう。
だがミッシェル先生はそれには答えてくれず、代わりにじっと俺のことを見つめてきた。その視線は温かいものでも、熱いものでもない。
理解の追いつかないそれに俺は疑問符を浮かべ怯んでしまう。
「アベル」
「……はい?」
「卒業式にはガウンを着る予定か?」
「ま、まあ。せっかく卒業式ですし。といってもお下がりですけど」
卒業式にはアカデミックドレスを着用するのが慣習だそうで、俺も例に漏れずガウンとよく分からん三角帽子を着るつもりだ。
晴れ舞台ということで母は新品を買ってくれると言ってくれたが、俺は今は亡き父の物を着ていくと言って拒否した。
サイズはぴったりで着るのに支障はないのでわざわざ新品を買うのも勿体無い気がしたのだ。その金は妹に使ってやって欲しい。一番良いものを頼む。金に糸目はつけねーぜ。払うのは俺じゃなく母さんだけど。
あとはまあ、なんというか、ちゃんと卒業しましたと父さんに報告しようという気持ちも少しある。
ミッシェル先生は視線を一瞬たりとも揺らすことなく俺に尋ねる。
「頼みがあるのだが、聞いてくれるか?」
「先生の頼みなら大抵は聞けますが……」
何だろう。付き合ってくれとかそういうのか、とかそんな淡い期待はもう持ってないけどそれでもやっぱりちょっと期待しちゃう。
「卒業式の日。杖とローブを持って来てくれないか」
「……? いいですけど……一体何に使うんです?」
「確かめたいことがあってな」
「はあ……」
つい、とミッシェル先生がようやく視線を離す。ついでに俺の緊張もようやく解れる。
そして困惑する俺を尻目にゆっくりとこう言った。
「アベル。卒業式が終わったら第二屋外訓練場に来なさい」
作者にとってはこの会話がアベルとミッシェルのデート回のようなものです。そんな感じで書きました。
アカデミックドレスとは、アメリカの卒業式とかでよく着ている黒くて長いローブみたいなのに三角帽子被る向こうの礼装のようなアレです。
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