魔法使いです。休日なので王都に行きます。③
マイア菓子店から離れ、十分が過ぎた頃。
人がすれ違うのがやっとという程の道幅を俺とエリーゼは歩いていた。
道の沿線に並ぶは露店の数々。彩豊かな果実を並べた店、太陽の光を反射しキラキラと輝く装飾品の類を陳列する店、どこかの部族の物であろう奇妙な紋様が描かれた衣装が乱雑にぶら下がる店など、その種類は多種多様で目を引くものばかりだった。
ここは王都の市場と云われる所。
家族連れや鎧を着た者、冒険者と思われる者すら皆一様に品物に視線を奪われ、市場は今日も賑わいを見せていた。
「人多い……キモチ悪くなってきた……」
「貧弱もやし、じゃなくて兄ちゃんしっかりしてよ」
「うぅ……」
「はいはい。兄ちゃん行くよ」
そんな中で俺はというと、ごった返す人の群れに囲まれ既にグロッキーであった。人酔いというやつである。助けて……。
俺は妹に手を引かれながら人垣をすり抜ける。妹のエリーゼはそんな俺を呆れた声で励ましつつ、時々興味の惹かれた露店の前で立ち止まり品々を見定めていた。
どちらかというと品物を物色する頻度の方が高い気がする。というより全然こっちを気にかけてくれない。エリーゼちゃん? もうちょっと兄を大事にしても罰は当たらないと思いますよ? なんだ、お前にとってはそんな安物のアクセサリーの方が大事なのか? 私とそいつどっちが大切なのよ! 言ってみなさいよ!
まあそんなことを口にした瞬間に妹は俺の手を離しさっさと行ってしまうだろう。なので俺、静かに身を縮こませて妹の後を付いていきます。その様子はまるで散歩に渋々付いて行く怠惰な犬のようだ。わんわん。うぷ……。
「あ」
「……? どうした?」
「あれ」
すると突然エリーゼが立ち止まり何かを見つけたようだ。なに? オリハルコンのネックレスでも見つけたの? でもお兄ちゃんの懐事情からだとローンを組まないと買えないよ? 愛しの妹の為とはいえお兄ちゃん流石にそこまでは……ちょっとだけ考えさせてくれ。いややっぱ無理だわ。
オリハルコンのネックレスじゃないことを祈りつつ、俺はその視線の先を追ってみる。
するとそこでは若いお姉さんが果物売りのおじちゃんに絡まれていた。
「まあまあいいからこれも持っていきぃ!」
「いえ、値引きもしていただいたのにそこまでされる訳には……」
「ええってええってぇ! こーんな別嬪さんに食われて果物も幸せっちゅーもんだぁ!」
「しかし……」
絡まれているというよりは押し売りを受けていた。いや売ってはないから押し売りではないのか……? じゃあ何かというと……わからん。ゴリ押し? 違うな。
タイトな黒のジーンズに白のシャツを着た金髪の女性は遠目から見ても困っているようで……ってかあれミッシェル先生じゃんか。
先生はいつもの氷の無表情の中に、ほんの少し困ったように眉を寄せ手をウロウロとさせている。そんな先生の様子を見て俺は。
ーー震える足を奮い立たたせ果物売りのおじちゃんの元へと足を向けた。
「行くぞエリーゼ。先生を助けるんだ」
「そんな大げさな話じゃないと思うけど……。じゃあまずはこの手を離してよ」
「それは断る」
「…………」
背後から妹のジト目を食らっているような気がするが俺はそれを無視してミッシェル先生の元へと馳せ参じた。
未だ果物の入った袋による攻防戦を繰り広げる両者に横槍を刺すように、俺は露店の前へと身を踊らせる。
二人がこちらに気付いたようなので、俺は渾身のキメ顔と共に紳士らしく話しかけた。
「奇遇ですねミッシェル先生。どうしました? 何か……お困りですか?」
「うわぁキモ」
「……? あぁアベルか。それにエリーゼも」
何だか後ろの方から小声で俺を罵倒する言葉が聞こえた気がするが、俺はそれを無視してダンディズム溢れる雰囲気で話を進める。イメージはさながら先ほどの菓子店の店長である。
「ええ……遠くから先生のお顔が見えたもので。これも何かの縁だと思いこうして参上した次第です。」
「どうしたアベル。口調が変だぞ?」
「おふ」
首を傾げてミッシェル先生は俺の身を案じるように先ほどより深く眉を寄せてしまった。
あれ、俺が来たせいで余計に場がカオスになった気がする。助け舟を出したらそれが泥舟だったみたいな。そんな感じがする。
妹は心底嫌そうな顔で力の限りを尽くして俺の手を離そうとしてくる。きっと同じように変人だと思われたくないのだろう。だが俺も力の限り妹の手を握り締めているため、離れられない。道連れである。よし。何がよしなのかわからんが、とにかく、よし。
「なんだいあんちゃん。この人の彼氏かい?」
「いいえ違います」
「違うっ!」
「ううっ……」
おじちゃんが小指を立てるサインを出して来た。何だか表現古いな。まあ俺は嫌いじゃないけどもね。何より俺が先生の彼氏だと思ったってところが何よりポイント高いね。百万アベルポイントをおじちゃんに贈呈しよう。いらね。
しかし現実は非情である。
おじちゃんの彼氏サインをミッシェル先生は解答を間違えた生徒に言うように当然の如く否定し、何故か後ろのエリーゼが声を大にして否定してきた。
前と後ろからのダブルアタックである。アベルくん大ダメージ。ほげー。
「この子達は私の生徒ですよ」
「ほー! アンタ教師だったんかぁ!? 羨ましいぜあんちゃん! んじゃついでだ、あんちゃん達も持ってきぃな!」
「ああ……ありがとございますおじちゃん……」
もう一つ取り出した袋を俺に渡しておじちゃんは良い笑顔を浮かべてきた。
有無を言わせない迫力に負け、俺はそれを受け取る。ついでにミッシェル先生も受け取らされていた。
また来てくれよなぁー! とおじちゃんは笑いながら俺たちを見送ってくれた。あれ、俺何のために馳せ参じたの? 結果だけ見ればただたかりに来たようなものでした。
「……なんか俺らまで貰っちゃってスミマセン……」
「……ん。中々押しの強い主人だった。謝ることはない。先程会計の時に多くチップを払っておいた。恐らくそれで採算が取れるはずだ」
「あ、そうですか……」
先を見通す先生のご慧眼に俺は感服するばかりである。あれ、そうするといよいよ俺があそこに割り込んだ意味が……。うん深く考えないようにしよう。あ、林檎入ってる。やったー。
ミッシェル先生が俺たちを見て質問してくる。
「それにしても、今日は二人ではるばる王都までやって来たのか?」
「はい、買い物です」
「……そうか。兄妹の仲が良いのはいい事だ」
「仲良くなんてないですっ!」
にこりと柔らかな笑顔を浮かべるミッシェル先生に俺は思わず見惚れてしまう。その隙にエリーゼが俺の手をぱしりと振り払った。ああん……。
「そうなのか? エリーゼ」
「ぅ……そ、そうです」
「……ふふ、エリーゼぐらいの年頃では難しいか」
不機嫌そうに目を逸らすエリーゼにミッシェル先生は優しげな視線を送った。
俺はそんな二人を見ながら、ふとミッシェル先生がなぜ多くの果物を買ったのか気になった。
「そ、そういえば先生。どうしてそんなに果物を?」
「ん? ああこれか。これは…………いや」
「どうしたんです?」
途中で言葉を切った先生に俺は不審に思った。先生はふむ、と唇に手を当てて数秒思案した後に俺の方を向いた。
「アベル。それにエリーゼも。これから少し時間はあるか?」
「……? まああると言えばありますけど」
「……え」
「ああでも、この後妹と服屋に行く予定が……」
「私の思いつきだからな。そこまで時間は取らせないさ。それに貴様達二人の時間を邪魔するつもりもないから安心したまえ」
ミッシェル先生は視線を俺にではなく、後ろのエリーゼに向けながらそんなことを言う。
……よく分からないが、まあ、時間を取らないというなら別に構わないだろう。ちょっと寄り道が増えるだけだ。
俺はそんな軽い気持ちで先生の誘いを快諾する。
「それでこれから何処に?」
「本来ならばまだ先のことではあるのだが……まあ顔見せくらいして損はないだろう」
「あの、話が見えないんですが……」
何だ? 先生は何の話をしてるんだろう。
何だかちょっと妹の機嫌も悪くなってるし。
……でも何故だろうか。嫌な予感がする。
「それでは行くか」
「……あの先生、先生。行くって何処にです? あれですよねオシャレなレストランとかですよね? ね?」
「いや違う」
ミッシェル先生はそう言って振り返り、いつもの無表情でこう言い放った。
「貴様の進路である『王宮魔法騎士団』の訓練場だ」
…………やっぱ嫌な予感って当たるんですね。




